東芝は10月17日、量子コンピューター研究の過程で誕生した、独自アルゴリズムを搭載する超高速な金融取引マシンのコンセプト実証機(PoC機)を開発したと発表した。同機は、リアルタイムで変化する外国為替市場の「裁定取引」において、膨大な通貨の組合せパターンの中から利益率が最大となる取引機会を90%以上の高確率で発見し、売買注文の発行までをマイクロ(100万分の1)秒レベルで完了することを可能とする。今後外部から金融工学のエキスパート人材を募集し、Fintech分野での新規事業開発を目指すとしている。
PoC機は、膨大な組合せパターンの中から最適な解を選び出す「組合せ最適化問題」を高速に解くことができる「シミュレーテッド分岐アルゴリズム」(SBアルゴリズム)を搭載し、SBアルゴリズムの専用処理回路、専用インターフェース回路、為替レートマトリックス管理回路、取引アルゴリズム処理回路からなる裁定取引システムを1つの回路チップ(FPGA)に実装したマシン。学術的に定式化された多数通貨間裁定取引モデルをもとに、組合せ最適化問題の1つである「重み付き有向グラフにおける最適経路問題」を独自アルゴリズムによって高速に解くことで、高確率で利益率が最大となる裁定機会を瞬時に選ぶことができる仕組みだ。
具体的には、0.001秒程度かつ不定期な時間間隔で発行される8通貨15ペアの市況パケットを取り込み、膨大な選択肢の中から最も利益率が大きくなる通貨交換手続きを見つけ、その情報と取引アルゴリズムに基づき決定した注文パケットを市況パケット到着後0.00003秒以内に発行するというもの。この応答時間は、為替の変動タイミング間隔を大きく下回り、すべての可能性ある取引のうち利益率が最大となる裁定機会を検出する確率は90.96%を記録。また、収益性がプラスとなる裁定機会が1つ以上存在する場合、いずれかを検出する確率は97.96%になるとしている。
SBアルゴリズムは、東芝独自の量子コンピューター「量子分岐マシン」を開発する中で、量子力学の原理を古典化することで発見したものとしている。組合せ最適化問題を解くためには、問題の規模に比例して組合せパターンの数が指数関数的に増大する「組合せ爆発」が生ずるため、これまでは量子コンピューターの活用が想定されていたが、同アルゴリズムによって、量子コンピューターを活用しなくても並列計算によって処理する現行の計算機を活用し、高速に組合せ最適化問題を解くことができる。
実証機に搭載されている回路は、SBアルゴリズムの高速性を最大限引き出すため開発された専用大規模並列処理回路で、高速処理性能と省電力性能を両立し、市販のFPGAやGPUに実装することが可能。冷凍機などの特殊な付帯設備が不要で、目的システムの要求遅延性能に応じて最適なコストの実装手段を選択できるなど、柔軟性の高いシステムコンポーネントとなっている。
同社は、SBアルゴリズムとそれを実装したコンピューティングマシンを「シミュレーテッド分岐マシン」としてサービス展開する。これにより、リアルタイム応答性と高速な組合せ最適化を両立させて周囲の変化に応じて最も合理的な判断を瞬時に下すことができる「瞬時最適応答システム」を確立し、金融取引や産業用ロボットの動作、移動経路・送電経路の最適化などへの適用を目指している。そのなかで今回開発した実証機は、SBアルゴリズムおよびその専用処理回路が実現する瞬時最適応答システムという新しいコンセプトを、効果がダイレクトに見えやすくニーズもある金融分野において外国為替の通貨間の裁定取引に適用したものとなる。
実用化の時期は未定。「PoC機は最善な取引機会を教える、把握できる段階。実際にはほかに制約条件が入ってくる可能性があり、約定を確定する際などの運用上の問題がある」(東芝研究開発センター コンピュータ&ネットワークシステムラボラトリー 主任研究員 辰村光介氏)などの理由のため、まだ時間がかかるとのこと。
東芝は、今回のPoC機の開発をファーストマイルストーンとし、組合せ最適化問題を高速・低遅延に解くことを核とする金融ソリューションの研究開発を進めていく。新たに技術の応用を担う金融工学分野のエキスパート人材を募集し、東芝デジタルソリューションズと共同でFintech分野において新規事業開発に取り組むほか、金融以外の応用分野においても瞬時最適応答システムの適用を目指す。
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