メーカーと顧客、その距離をマーケティングでどう埋めるか--ワコール猪熊氏に聞く - (page 2)

別井貴志 (編集部) 井口裕右2017年09月29日 08時00分

――マスメディア広告、デジタルマーケティングなどさまざまなチャネルにおいても、顧客ニーズに合わせて適切なコミュニケーションを生み出すというのは大きなテーマです。どのように顧客の声を把握しているのでしょうか。

猪熊氏:販売の現場でいただく消費者の声を最重視しています。そして、メーカーとしてはプロダクトアウトとマーケットインを同時に行うため、顧客調査をしながらデータベースを構築していきます。データを時系列で蓄積することで未来のトレンドを予測するといったマーケティングを実行しています。

 ちなみに、ワコールには創業以来蓄積してきたデジタル化されていない市場調査のデータ、1964年から研究所で行っている消費者の(個人には紐付かない)平均的な体型データ分析の蓄積、そして販売店で生まれるデータという3つのデータがあります。特に難しいのは小売店で生まれる顧客データや購買データで、これらは基本的に小売店が所有するデータです。小売店との取り決めで2次利用させてもらっていますが、さまざまな小売店から集まるデータをワコールの本部で分析できているかというと、まだ十分ではないのが現状です。

 最近では直販店が増えてきたことで顧客データの分析がしやすくなったほか、10数年前からは会員組織「MyWacoal」を立ち上げてファンである顧客の声を吸い上げられる体制を作りました。デジタル化された店舗データの統合やECサイトの誕生なども手伝い、会員はすでに200万人規模になりますが、データマネジメントの手法はまだ完璧に確立しているわけではないので、データをどのように活用していくかは今後の大きなテーマになると思います。

――顧客と直接接点を作りにくいというメーカーならではの課題を、データの統合によって解決しつつあるということですね。

猪熊氏:顧客データが販売店にあるというのは、業界に関係なくメーカーが抱える共通の課題なのではないでしょうか。そういった状況ではアフターサービスの提供やファン組織の醸成を目的に会員組織を作り、それを中核にして顧客基盤にしてコミュニケーションやプロダクトマーケティングに活用していくというのが賢いマーケティング戦略だと言えると考えています。

 これから段階的に本格的なデータマーケティングの基盤を構築していくことになりますが、社内にあるさまざまなデータをひとつにまとめていくパッチワークのような作業になっていくと思います。組織の作り方と同じで、決して簡単なことではありませんね。

デジタルマーケティングで生み出す顧客体験、どうあるべきか

――現在、小売店、直販店、ECサイトの販売比率はどのような構成になっていますか。そして今後どのように変化していくでしょうか。

猪熊氏:販売比率については小売店での売上が7割以上と圧倒的なシェアを占めています。ただワコールでは、今後は約11%というECサイト(自社運営以外も含む)を通じた販売の比率を20%に引き上げるという目標を掲げています。

 これは意識的に消費者をオンラインに誘導したいという意思表示ではなく、あくまでも消費者の買い方は自由であり、その自由な買い方に応える利便性を提供するためには、ECでの販売強化を推進することが必要だということです。どの販売チャネルがいい/悪いという話ではありません。私たちにとっては、小売店で買ってもらっても、直販店で買ってもらっても、ECサイトで買ってもらっても、大切なお客様であり、直販のECサイトで商品を検討して結果的に小売店で買ってもらってもいいわけです。あくまでも消費者にとってワコールを選ぶ上での利便性ということを軸に考えていく必要があるのです。

「消費者の自由な買い方に応える利便性を提供する」と猪熊氏 「消費者の自由な買い方に応える利便性を提供する」と猪熊氏

――ワコールのウェブサイトでは、顧客体験を生み出すためにどのような意識を持っていますか。

猪熊氏:インナーウェアを探したくてワコール商品サイトのトップページに来る顧客と、個別具体的なニーズを持って商品ページや傘下ブランドのページに来る顧客とで異なるモチベーションに対して、ブランドや商品を理解していただくための十分な情報と、商品を使いこなしてファッションを楽しんでいただくための十分な知識を提供することが大切ではないかと思います。データの統合で「パッチワーク」という言葉を使いましたが、実はワコールのウェブサイトもさまざまなブランドが渾然一体となったパッチワークの状態であるといえます。情報の陳列や顧客導線のわかりやすさなど、まだまだ改善の余地があるでしょう。

 ワコールはプロダクトマネジメント制をとっているため、ブランドごとに多様なコンテンツが独自に生み出され、それがワコールの商品サイトという大きな器の中に統合的に収まっていきます。そこでしっかりと情報を整理することが重要です。プロモーションサイトもブランドごとに次々に生まれているため、そういったサイトは長期的には消費者にとっての有用性からしっかりと取捨選択をしていく必要があるでしょう。消費者のニーズにきちんと応えるコンテンツを提供していくことが重要です。

――プロダクトごとに事業部が分かれていることでのマネジメントの難しさはありますよね。

猪熊氏:確かに、ウェブサイトでのコミュニケーション戦略は事業部ごとに売り出したいもの、目指しているものによって決まってくるため、企業としてのワコールのコミュニケーション戦略に基づくマーケティングよりも、よりプロモーショナルな性質が強くなる傾向はありますね。より女性のライフスタイルに寄り添うメッセージが必要だという意見もあれば、より販売促進に寄せたウェブサイトにすべきだという意見もあります。この点をどう考えていくかは今後の重要な課題だと言えるでしょう。

 今の時代は、競合他社との競争に勝つためにプロダクトを中心にしたマーケティングを展開していますが、そもそもワコールにはインナーウェアの文化を提案して作ってきたという歴史があるわけです。メーカーはモノを作って売るだけでなく、もっと消費者に様々な情緒的な価値を提供する存在でなければなりません。そういう観点からマーケティングを考えることも重要ではないでしょうか。

 例えば、自分が今日どんなインナーウェアをどんな理由で選んだのかを聞かれても、ほとんどの人は答えられないと思います。ワコールの商品は消費者にとって一番近い場所にあるはずなのに、その商品が持っているブランド価値が消費者の心に届いていない側面があるわけです。こうした状態になったとき、ブランドは「ただのモノ」、「身体を覆う道具」になってしまい、高いか安いかだけで消費される存在になってしまうのです。こうしたことを、マーケティング活動を通じて変えていきたいと考えています。

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