Appleが今回プレスイベントを開いたFlint Centerで過去に発表したのは、MacintoshとiMacだった。この2つの製品は、Appleに取っての大きなターニングポイントだったことは間違いない。Macintoshはパソコンをマウスで利用する世界の到来を知らしめ、iMacはパソコンという工業製品であっても、デザインが非常に重要であることを証明した。
Macintoshは、コンピュータに支配されそうになっていた世界から、よりフレンドリーなコンピュータへと人々を解放した。iMacはコンピュータの無機質なクリーム色の世界から、カラフルな世界へと舵を切った。そしてiPhoneは、携帯電話の不気味な慣習を壊し、スマートフォンとは何か?を定義した。
「i」が付く製品は、不便で人間味に欠けていた“デジタル”からの人間の解放だった。その路線から行けば、Appleの腕時計型デバイスも「iWatch」で良かったかもしれない。一部では、Swatchとの商標の問題から避けたという見方もある。しかしそれだけではないだろう。
Appleは腕時計に対し、不便で人間味に欠けた対象と捉えるのではなく、敬意を払っているようだ。Apple Watchを発表する際にも、「i」製品ではおなじみだった、既存製品をストーリーの悪役に仕立て上げるようなことはしなかった。製品の存在理由が、そもそも「i」製品と異なっているからだ。
Apple WatchはApple製品らしくない点がいくつかあるが、その最たる部分は、ラインアップがシンプルではないことだ。2つのサイズ、3つのマテリアル、そしてそれぞれのマテリアルに2色が用意される。これだけで12通りの製品が存在することになる。加えて、交換可能な多彩なバンド。文字盤も非常に沢山用意されており、時計として考えるともはやラインアップは無数に存在するに等しい。
アプリやアクセサリによって多彩な使い方を用意することは、Appleのプロダクトが持つ、ハード・ソフト両面のサードパーティーを巻き込んだエコシステム特有のパターンだ。Apple自らがハードでこれだけのラインアップを用意する点も、「i」製品との違いを見出すことができる。
こうした様子から、筆者はAppleが新しい人々の営みを作り出す製品やサービスのためのブランドになろうとしているように見える。あるいは、「i」製品の目的を、四半期ごとに5000万台を売り上げるようになったiPhoneで果たし、次に何をするかを考える最初の製品、という意味合いととらえても良いかもしれない。
Appleは、新しい人々の営みを作り出す製品やサービスのためのブランドになろうとしている。今後も、Appleは、ハードウェアに加えて、「Apple」の名を冠するサービスも強化していくだろう。
Apple Watchとともに登場した決済サービスApple Payも、「iPay」や「iWallet」ではなかった。こちらは幾分、既存のカード決済に対する不便さを解消する意味合いも強いが、解決するのはテクノロジが抱える問題ではなく、「我々の生活の中の問題」だった。
Appleは既に、「Apple」という名前を冠する製品やサービスをいくつか持っている。筆者は、Apple Watchで最も大きく変化するのは、「Apple Store」という場所ではないか、と考えている。
Apple Storeは、世界で最も優秀な小売りチェーンとなった。全米の小売店では床面積あたりの売り上げがトップになり、最新のデジタル製品が登場するたびに、実際に体験するための場所として機能してきた。人々はApple製品の使い方を学ぶため、修理するため、アクセサリを購入するためだけでなく、用がなくても立ち寄る場所になった。
既に成功しているApple Storeは、Apple Watchに真っ先に触れるための重要な拠点になることは間違いないだろう。加えて、オプションとなるバンドを選ぶ場所として、これまでの製品以上に人々をApple Storeに集客するようになるかもしれない。
繰り返しになるが、Apple Watchはテクノロジ的な問題解決の製品ではない。我々の生活の新しい営みを作るブランドだ。Apple Watchを皮切りに、新しい我々の生活がもたらされるようになるとすれば、Apple Storeはコンピュータやスマートフォンのショップではなく、新しいライフスタイルのブティックへと変化していくだろう。
Apple WatchがAppleという企業に作り出す変化をいち早く知りたければ、Apple Storeの様子を注意深く観察することだ。
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