もの作りのスピードの速さ(=リードタイムの短さ)という点では、日本のアパレル企業もかなりの進化を遂げており、特にファストファッションがそれらに比べてより早いというわけではないようです。しかし、多頻度商品投入という点では大きな差があるということです。
日本のアパレル小売では、頻度が多いところで毎日1回の納品であるのに対し、ファストファッションでは、毎日数回の納品がある店も見られるというのです。異なる商品が何度も店頭に並ぶことで、店頭の活気が醸し出されると同時に精度の高い数量管理が実現されているのではないでしょうか。
さらに、安さという点では、ファストファッションでは全世界で展開するというスケールメリットを活かし、生産拠点も空間的に最適化を図ることで輸送コスト減少できる余地も多いことでしょう。
また、お洒落という点でも、ハイファッションのトレンドをフライング気味くらいのスピードで先取りして導入していることから、差別化の重要なポイントになっているということです。
これだけのアドバンテージがあるのでは、日本のアパレル企業が太刀打ちできないのではないかと思ってしまいます。しかし、かならずしもそうとは言えないことが、日本のユーザーの性質と、ファストファッションの仕組みを照らし合わせると、次第に見えてきます。
ファストファッションの日本上陸は実はかなり前に遡るようです。その際の失敗と、現在の成功が一種のバロメーターになっているというお話がありました。
実はForever21も10年ほど前に日本進出した経験がありました。その際には、市場に受け入れられることなくやむなく撤退してしまったのですが、当時はやはり日本のユーザーにハイファッションのトレンドを取り入れたこれまでに無いファッションをどうやって使っていったら良いのかまだ判らなかったのではないでしょうか。
前回の上陸での失敗の要因はいろいろ考えうるのではないかと思いますが、この10年ほどの間にユーザーのファッションリテラシーが向上して、やっと日本のファッションユーザーにファストファッションの使い方が判るようになった、という状況の変化は大きな要因だろうと考えられます。
確かに、ストリートカジュアルや渋谷のセクシーカジュアルが勃興し、ユーザー発信型のファッションが定着してきたのが約10年前ですので、Forever21の前回の上陸は若干早すぎたのかもしれません。この10年の間でのForever21の受容のされ方の違いは、急速にファッションに対するユーザースキルの水準が高まっていたことを示す1つの証左かもしれません。
現状では、ファッションコーディネイトに関する知識が豊富なユーザーが「プロ化」し、どんどんクリエイティブな方法でファストファッション使っています。具体的には、ファストファッションと非ファストファッションを併用し、巧みに使い分けているという状況があります。今後はこれがより進んで、一種の「糊」としての機能がファストファッションの主要な機能の1つになる可能性があります。
H&MもForever21も、その上陸の際には大きな衝撃がありました。あれだけの影響があれば、その周辺の店舗は大打撃を得ているのではないかと想像してしまうのですが、実際にはファストファッションが集客をしてくれた結果、周辺の店舗も来店者数が向上しているという状況があります。
一方で百貨店を中心として小売が非常に細っている現状がありますので、これからはファストファッションによって刺激を与えられたマーケットをうまく波に乗せ、全体のパイを広げていく試みが必要なのではないでしょうか。
山中さんの講義の中では、海外マーケットとの対比、ファッションマーチャンダイジングの仕組みなど豊富な話題が満載だったのですが、誌面の関係でごく一部しかお伝えできませんでした。なお、山中さんのブログでは、ファッションに関する最新の話題が満載されており大変参考になります。また、アパレルウェブのサイトには最新のファッションビジネスに関する情報が満載されています。ぜひご覧になってみてください。
東京大学大学院情報学環准教授。1970年静岡生まれ。博士(工学)。ネットワーク解析など数理的手法を用いて、知識の生産と伝播によるイノベーションを研究。コンテンツビジネスにおける能力形成のモデル化や企業の戦略分析を行うとともに、プロデューサ育成も行っている。特にアニメ・動画には造詣が深く、また、UNIX技術本の翻訳なども手がけている。2008年度はキャラクタービジネス研究で注目を集めた。
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