スマホのカメラで自分の舌を撮影すると、自分の口臭リスクを判定して教えてくれる──ハミガキやハブラシ、石鹸、洗剤などで知られるライオンがそんなスマートフォンアプリを開発して注目を集めている。開発したのは、ライオンの研究開発本部イノベーションラボ主任研究員の石田和裕氏と、同じく研究開発本部イノベーションラボの道林千晶氏だ。
2人は、口臭の原因の1つに「舌苔」とよばれるはがれ落ちた粘膜上皮の細胞や血球成分、食べカスなどでできた汚れや、細菌や細菌の代謝物の塊が関係することに注目。舌の画像を解析することで舌の見た目から臭いリスクを判定できるのではと考えた。富士通クラウドテクノロジーズ(以降FJCT)のIoTデザインセンターのデータサイエンティストらの力を借りながら、AI(ディープラーニング技術)を活用して判定精度を向上。現在はリリースに向け最終段階にある状態だ。
「スメハラ」といった言葉を聞く機会が増えている。いまやニオイの中でも特に口臭が深刻な影響を与えるのは、接客業や営業職といったビジネスに直接関わる職種ではないだろうか?接客業のなかには、口臭チェッカーを使って毎回、従業員の口臭をチェックしている店もあるそうだ。当然、こうした行為に抵抗を感じる従業員も少なからずいる。
「接客業の方に笑顔で仕事をしてもらいたい。そのためにはどこにいても簡単に自分の口臭リスクを自分でチェックできればいい。そんなふとしたアイデアからはじまったのが今回の口臭ケアサポートアプリなんです」と石田氏は話す。
オーラルケアの分野では、海外メーカーを中心に「IoTスマートハブラシ」などの提供が数年前から熱を帯びていた。「クリニカ」「システマ」をはじめとした数々のブランドを展開する日本を代表する企業のライオンにおいても構想自体はあったものの、実現に至っていなかった。
「きっかけは2018年1月に研究開発本部に開設されたイノベーションラボです。研究開発本部はこれまで、製品の機能の良さを追求することに力を入れてきましたが、それだけでは競合他社との差別化が難しくなってきました。そんななか重視したのが顧客の体験価値の提供です。モノだけでなくサービスを含めて価値を考え、提供していく。それを具現化するために組織されたのがイノベーションラボです」(石田氏)
研究施設内に設けられたイノベーションラボの室内は、オープンフロア型のオフィスで、いわゆる実験器具が並ぶ研究施設とは異なる。コラボレーションスペースがあちこちに設けられ、デザインシンキングのためのホワイトボードがいたるところに配置されている。イノベーション施設ではお馴染みの卓球台やドリンクコーナーもある。
イノベーションラボには、ライオンが取り組む多岐にわたる事業と研究開発の領域をまたがってメンバーが集められている。石田氏はこれまでに解熱鎮痛薬の医薬品の製造、研究開発に携わってきた。道林氏は皮膚薬などの研究開発に携わってきた。2人ともその分野では優秀な研究員だが、オーラルケア分野はこれまで関わったことのない分野だった。
道林氏は、イノベーションラボの仕事について「ハミガキやハブラシといった従来の考え方の枠、固定観念にとらわれない発想をすることが私たちの役割だと思っています。仕事の進め方も変わっていて、これまでなら、例えば薬ならいかに飲みやすくするかを考えて『早く溶ける』『胃に優しい』『飲みやすい』といった「モノ」の面からの工夫が仕事の中心でした。対してイノベーションラボでは、まったく経験のないところであっても、お客様を観察したり、デザインシンキングの手法をもって新しいアイデアを出し、これまでにないアプローチやスピードで結果に結びつけていきます。」と、いわゆる理科系の研究開発職とはずいぶんイメージが異なる仕事であることを説明する。
そんな新しい取り組みのなかで見つけた「口臭があるかも」という不安に対する解決策の1つが「舌の画像からニオイのリスクを見える化すること」だったわけだ。