20歳のWayne Changは、ごく一般的なコンピュータユーザーだ。コンピュータを使うことは多いが、Microsoft帝国からApple Computerの砦を守っている、血気盛んなMac信者の1人ではない。米国マサチューセッツ州で暮らす、プラグラミング好きの普通の大学生だ。昨年はついにAppleの音楽プレーヤーiPodを手に入れたが、狂信的なMacファンになるつもりはない。
「AppleがまずMac用の製品を開発するのは当然だと思う。でも、いずれはMacだけでなく、ほかの環境との互換性も考えてほしい」とChangはいう。
簡単なことのように思えるが、この期待に応えるためには、Appleは自社の文化とこれまでのやり方を根底から変えなければならない。Appleは長い間、品質の面でも利益の面でも、Macのためのソフトウェアとハードウェアを作るという信念を貫いてきた。ところが、新製品のiPodはMicrosoft Windowsにも対応するなど、開発とマーケティングの双方で、これまでとは一線を画すオープンな戦略をとっている。
1月24日にMacintosh誕生20周年を迎えたAppleにとって、この歩み寄りは今後の戦略の要といえそうだ。現在、ハイテク業界では市場が大きくシフトしつつある。業界各社が伝統的なコンピューティング製品から家電へと焦点を移しているのだ。特定のブランドでユーザーを囲い込もうとする企業は、いずれ消費者に見捨てられることになるだろう。
宿敵Microsoftやその他の大手IT企業と同様に、Appleも家庭用エンターテインメントのデジタル化を成長のカギと見ている。Appleにとっては、かつての栄光を取り戻すチャンスでもある。しかし、AppleはMacを音楽、ビデオ、写真などのメディアを一元管理するネットワークの中心と位置づける一方で、iPodなどの新製品を投入し、これまでとは違う領域にも足を踏み入れようとしている。
「iPod市場のルールはこれまでとは違う。古いPC市場のルールに従う必要はない。これまでよりも格段に大きい市場に参入するためなら、あるいはそうした市場を支配するためなら、現在の力を少しだけ放棄しても惜しくないはずだ」と調査会社IDCのアナリストRoger Kayはいう。
しかし、言うは易し、行うは難しだ。AppleはMacintoshのイメージを慎重に作り上げ、スマートなデザインと使い勝手のよさを前面に押し出してきた。Windows陣営を苦しめてきた互換性やセットアップの問題も、核となるハードウェアとソフトウェアのほとんどを自社生産することでほぼ回避できた。
しかし、家電市場はコンピュータ市場とは比べものにならないほど混沌としている。さまざまなブランド、技術、製品が乱立し、価格の変動も激しい。幅広い消費者の支持を得るためには、他社製品との相互運用性を無視することはできない。そして、ようやくAppleもこの方針で行くことに決めたようだ。
先日、AppleはHewlett-PackardブランドのiPodを生産することを明らかにした。現在のAppleは、かつて火花を散らしたハイテク企業とも手を結ぶ用意があるように見える。これまでのところ、このやり方は功を奏しているようだ。Windows環境で利用されるiPodは急速に増え、iPodの総売上高のほぼ半分を占めるまでになっている。
しかし、この融和戦略は危険と隣合わせでもある。iPodはどんぐりの背比べのような家電市場にさっそうと登場し、先進的な機能とブランド力で高価格を維持することに成功した。しかし、同等の機能を備えた製品が増えれば、iPodはコモディティ化し、競争によって利幅は縮小するだろう。
Appleは重大な岐路に立たされている。Mac伝統のプロプライエタリ路線を維持するのか、あるいはiPod的な柔軟路線に転じるのか――Appleはこの点についてコメントを拒んでいるが、iPodという小さな音楽プレーヤーに大きな野望を託していることは間違いない。
HPとの提携を発表する文書のなかで、AppleのCEO、Steve Jobsは「Appleが目指しているのは、iPodとiTunesを世界中の音楽ファンに届けることだ」と明言している。
独自路線を追求し続けたApple
Macの歴史20年を振り返ると、Appleは常に他社に先駆けて新しい技術、機能、デザインを取り入れ、デスクトップ市場をリードしてきたことが分かる。しかし、OSのライセンス提供を行わなかったことで、Microsoftに市場を支配されることになった。MicrosoftはDell、HP、Sonyをはじめとする多数のハードウェアメーカーに、Mac OSのライバルであるWindowsのライセンスを提供した。その結果、1990年代半ばにはMacの市場シェアは1桁にまで落ち込んだ。
その後、AppleはMac OSのライセンス供与を決定し、「クローン」機の生産を許可するが、時はすでに遅かった。ライセンス供与に反対した当時のCEO、John Sculleyはのちに、このときの判断を最大の後悔の1つだと語っている。
Appleのプロプライエタリな製品群のなかで、iPodの存在は異彩を放っている。AppleはまずWindows PCでも利用できるiPodをリリース、追ってジュークボックスソフトウェアiTunesと楽曲販売サービスiTunes Music StoreのWindowsバージョンを発表し、「ありえないことが起こった」と宣言した。
今回の方向転換をもっとも端的に表しているのが、HPへのiPod提供だ。コンピュータ業界の巨人HPはMicrosoftの長年のパートナーであり、Windows OSとMedia Centerを搭載したPCを販売している。デジタル操作を可能にするMicrosoftのMedia Centerは、Appleが構想する新しいMacintoshと真っ向から競合するものでもある。
今回の提携の一環としてAppleは、リモート操作などのMedia Center機能をiTunesやiTunes Music Storeで利用できるようにするための開発者用ツールをHPに提供する。Microsoftは今回の提携に苛立ちを隠さないが、この契約はAppleのMusic Storeとメディアフォーマットを普及させることはあっても、消費者をWindows PCから引き離すものではない。
オープン化の兆しはiPod以外のApple製品にも見られる。1月にはWindowsやLinuxベースの環境にも対応した新しいXserveデータストレージシステムが発表された。
しかし、Appleはこうした技術面の歩み寄りを無制限に進めるつもりはない。
たとえば、Appleの新しい音楽制作パッケージGarageBandとLogicは、同社が数年前に買収したドイツ企業Emagicのテクノロジーをベースにしたものだが、Appleは買収後すぐにWindows版の提供を打ち切っている。
Appleのアプリケーション製品マーケティング担当バイスプレジデントRob Schoebenは、先日行われたオーディオ製品Logic Proの発表の場でこう述べている。「Windows版の提供は考えていない。Mac版以外の需要を感じないからだ」
HPの幹部も、AppleはiPodをMicrosoftのWindows Media Playerフォーマットに対応させることをしぶっていると語る。「相互運用性を実現したいとは思うが、現在の計画には入っていない」(HPの消費者PCマーケティング担当バイスプレジデントTom Anderson)
Appleのジレンマ
Appleが抵抗するのも無理はない。iPodは大ヒットし、Appleに多大な利益をもたらしたが、アナリストはAppleの最大の収益源は今もMacintoshコンピュータだと指摘する。
調査会社Creative Strategiesの社長Tim Bajarinは「この3年間の話を総合すると、Appleの目的は結局Macで革新を起こすことであり、ハブ戦略を推進してMacを次世代の家庭の中心に据えること以外の何物でもない」という。BajarinはAppleのコンサルタントも務めたベテランのMacアナリストだ。
しかし、デジタルエンターテインメント市場が活気づけば、多くの製品がビデオ、写真、ゲームをはじめとする数々のコンテンツに対応するようになる。すでにDellやCreative Labsはモバイル機器やホームネットワーク機器の初期製品をひっさげて、この市場に参入しようとしている。
こうなると、Appleが現在の独自路線を維持することはますます難しくなる。iTunesを除くと、Appleが押し出しているiPhoto、iMovieといったソフトウェアのなかで、Windows環境でも利用できるものは1つもない。
製品ラインの拡充は解決策の1つだ。写真やビデオを再生できるiPod、デジタル録画のできるTVセットトップボックスなど、考えられるものはいくらでもある。しかし、こうした製品が実現するのは何年も先の話だとアナリストはいう。通常、Appleは幅広い消費者に受け入れられることが確実になるまで、新しいハードウェア市場に参入することはない。
AppleがiPodのアイディアを思いつき、製品化した際にたどったステップを考えると、PC用、TV用、またはiPodのような携帯端末用のデジタルビデオはまだ初期の発展段階にある。NapsterやCD編集ソフトウェアはMP3ライブラリの数を激増させたが、それだけの規模のデジタルビデオを持っているユーザーはほとんどいない。ハリウッドがiTunesのようなビデオ配信ストアを支持する気配もないに等しい。
「これまでの歴史を振り返ると、Appleは市場をリードして新しいトレンドを推進する企業というより、すでにあるトレンドを他社よりうまく活用する企業だといえる。問題は、いつ市場が成熟したと見極めるかだ」とJupiter Research のアナリストMichael Gartenbergはいう。
結局、AppleがiPod的アプローチを拡大するかどうかは、簡単な経済学で判断するべきかもしれない。これまでのところ、iPodは大成功を収めている。売上は予測を超え、収益成長率は2桁を記録。直近の四半期だけで73万台以上が売れた。
現在、MP3プレーヤー市場でのAppleのシェアは30%を超え、携帯デジタル音楽プレーヤーの売上の半分以上をiPodが占めている。しかし、Appleが大容量プレーヤー市場をほぼ独占していた時代は終わった。続々と新しい企業が参入し、DellやSamsungはiPodと同等のサイズと記憶容量を持つプレーヤーをはるかに安い価格で提供している。これは家電市場の典型的な発展パターンであり、通常は熾烈な競争によって、利幅は最小限にまで抑えられる。
Appleは、たとえ競合製品より値段が高くても、品質が良ければiPodは売れると語る。多くのアナリストはAppleの特徴である革新的なデザインと積極的なマーケティングによって、iPodは少なくとも来期までは消費者を惹きつけることができると見ている。
Merrill LynchのアナリストSteven Milunovichは、Appleに関する最新の財務分析レポートのなかで、「AppleはiPodのトップシェアをおそらく今後2年間は守り通せるだろう。これはAppleの“クール”なイメージにとって重要なことだ」と記している。
しかし、このアプローチも完璧とは言い難い。先が見えにくい家電市場ではなおさらのことだ。Sonyは強力なブランドを武器に、長年にわたって強気の価格を維持してきた。しかし、そのSonyですら深刻な市場の反発に直面し、財務の健全性を取り戻すために全社規模の構造改革に取り組んでいる。
iPodユーザーの製品に対する愛着心をその他のApple製品にも結びつけることができれば、AppleはSonyと同じ運命をたどらずにすむかもしれない。今では多くの消費者がAppleというブランドを、20周年を迎えたMacではなく、iPodに結びつけるようになっている。
Chang青年はこう語る。「僕はこれまでPCを使うことが多かった。でも、本当は隠れたAppleファンだったんじゃないかな。iPodがそれに気づかせてくれたんだ」
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