今年はMacユーザー/ファンにとって、少なくともこれまでのところ「良い一年」といえよう。5%を切って久しいAppleの市場シェアは一向に改善の兆もなく、アドビやマイクロソフトなど、一部の有力デベロッパーによるサポート中止が発表された。表面的な価格帯性能比におけるPC勢との差は、以前にも増して広がる一方である。それにもかかわらず、いまのAppleにはある種の「勢い」がある。ここでは、そうしたモメンタムをつくり出した数々の出来事を振り返ってみたい。
新型パワーブックの発表、そしてSafariのリリース
年明け1月6日からサンフランシスコで開かれたMacWorld Expoでは、まず17インチと12インチのPowerBookが新たに発表された。とくに、発表時点で「最大の画面広さを誇るノート型パソコン」と謳われた17インチ版は、おそらくほとんどの人が予想もしなかったもので、Macファンのみならず、多くのパソコンユーザーの度肝を抜いた。また、その後PC陣営各社から、デスクトップ代替機として大型ノートPCが発売されてきているが、17インチPowerBookはこの流れの先鞭を付けた形となった。ちなみに、この発表の場で同社最高経営責任者(CEO)のSteve Jobsは「今年はノート型の年になる。Appleでも力を入れていく」と述べていたが、5月には売上高で ノート型がデスクトップ機を上回り、Jobsの「予言」の正しさを裏付けた。
よい意味でMacファンの予想を裏切った点では、ウェブブラウザーのSafariについても同様である。数年前にブラウザー戦争が事実上終結して以来、あるいはMac OSにデフォルトでMicrosoftのInternet Explorerが同梱されるようになってこのかた、Mac向けに新たなブラウザーを開発するインセンティブは失われていた。そのため、実質的にはこれといった魅力ある代替候補が存在しない状態が続き、いくら体感速度が遅くとも、あるいはタブブラウザーのような新機能が欲しくとも、Macユーザーは我慢するよりほかなかった(無論、数種類のサードパーティ製品が存在はしていたが、それらも無視できないほどシェアを獲得したというわけではない)。そうしたなかで登場したSafariは、「3倍速い」(Mac版IEとの比較で)といわれる体感速度や、後に追加されたタブ機能、さらには扱い易いブックマークやポップアップ遮断機能など、いくつもの新機能によって、たちまちユーザーベースを広げ、Mac OS Xユーザーのデフォルトブラウザーの地位に昇りつめた。
さて、ここで重要なのは、AppleがオープンソースのKDEプロジェクトで開発されたレンダリングエンジンKHTMLを、このSafariに採用した点。BSDの血筋を惹くMax OS Xになって以来、UNIX系開発者とMacとの結びつきは底流で続いてきているが、このKHTMLはそこから生まれた初の事例といえる。米国では著名な出版人であるTim O'Reillyなどが、こうした関係を取り持つ活動に力を入れているが、Macをサポートするサードパーティの商用開発者が減少するなかで、ますます勢いを増すオープンソース系開発者とどのように取り組んでいくかは、Appleの今後の展開にとっても興味深い点といえよう。
有料音楽配信の世界を変えたiTunes Music Storeのスタート
かつて隆盛を誇ったカラフルなiMacのブームが沈静して以降、「Switch」キャンペーン等の展開も奏功せず、苦しい立場にあったAppleにとって、唯一の明るい材料となっていたのが音楽プレーヤーのiPodだった。携帯型のデジタル音楽プレーヤーというジャンルには、PC陣営でいくつもの先行者があったが、そうした既成のものをパッケージし直して新たな魅力を生み出すことにかけては、ほかに敵うもののないSteve Jobsの才能が発揮されたiPodは、そのファッション性と操作性が受け、PC陣営も含めたカテゴリ全体のなかでトップシェアの製品に育っていた。 一時は品切れを続けたこのiPodの人気を足がかりに、Napster登場以来 音楽業界を悩ませてきた音楽ファイルの違法交換・ダウンロードの問題 に対して、そこに商機を見出したAppleが打ち出した解決策が、 iTunes Music Storeだった。
Appleが有料の音楽配信を始めるとの話題は比較的早い時期から噂となっていたが、先行していた既存の競合サービスの実績がぱっとしなかったため、「はたしてどうなることか」と、その成り行きを疑問視する声も一部にはあった。だが、4月末にサービス開始して以来、 わずか1週間で100万曲を売り上げるなど、おそらく当事者以外は誰にも予想し得なかった成功を収め、有料の音楽配信が成り立つことを証明。また、Music Store開店後、Appleが Windows版へのサービス提供を年内に始めるとの情報も早々に流れ、PC陣営からもこれに続こうとするさまざまな動きが見られた。8月上旬の時点では、すでにサービスを開始している米Buy.comをはじめとして、 米RealNetworks、 KaZaAやNapsterといったPtoPネットワーク運営者、さらには元々Appleに1クリック購入の技術を供与した 米Amazon.comの参入も取り沙汰されるなど、たちまち多くの競合がひしめく状況になりつつある。そして、早くから動向を注目され、7月末には会長のBill Gatesがサービスを検討中であると認めた米Microsoftの動きも合わせて、 オンラインミュージック市場はここしばらく目が離せない状況を呈しつつある。
個人の手にも64ビットのパワーを-PowerMac G5の登場
例年5月に行われていたAppleのWorldwide Developers Conferenceが、今年は6月にずれ込んだ 。発表があった3月下旬時点では、次期Mac OS X「Panther」の公開を、これに間に合わせるための順延とされていたが、実はここでも多くの人が期待しなかった大きな秘密が隠されていた。それがPower Mac G5の登場だ。
iMacの性能向上を受けて、プロユースであるPower Mac G4との間に「明確な違いがなくなってしまった」との声は、以前より聞かれていた。また実際に、売上も振るわなくなっていた。米Motorola製PowerPCチップの性能が米Intel製チップと(少なくともスペック上では)大きく水を空けられただけでなく、内部バスの規格など、構造全体が古くなりつつあった。そこでAppleが何らかの手を打つであろうことは、複数のファンサイトで噂されていたのだが・・・。
実際に発表となったPower Mac G5のスペックを目にして、固唾を呑んだMacユーザーも少なくなかったに違いない。CPUをIBM製PowerPC 970チップに切り替えたことで、これまで一部ハイエンドのワークステーションでしか用いられてこなかった64ビット対応のソフトウェアが動く可能性が、パソコンとしては初めて開けた。のみならず、最大8GBのメモリー、1GHzのプロセッサ・バス、シリアルATA接続のHDD、PCI-Xや、 HyperTranspor等の採用、さらにこれに先駆けて進めていた 無線LAN802.11gの採用と、合わせてみれば、現在どのPC互換機にみられない先進的なパッケージのパーソナルコンピュータに仕上がっていた。この発表の席で、CEOのJobsは「世界最速」を謳い、それが後には 議論を巻き起こしもしたのだが、いずれにしても長い間「高スペックや先進規格はPCのもの」との暗黙の前提を受け入れてきたMacユーザーにとって、久々に「これはもしや・・・」と思わせるものとなった。
そんなPower Mac G5に対して市場がどう反応し、はたしてそれがAppleの経営にどれほど貢献できるのかは、今後明らかになることだ。ただし、年末に予定される次期OS「Panther」とあわせ、Macユーザーには大きな楽しみが待ち構えていることはほぼ間違いのないところだろう。
売上や市場シェアの低迷にも関わらず、常に無視できない存在感を保ち続けるApple。そのトレンドセッターとしての実力が遺憾なく発揮された今年の前半であった。
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