Terry Juliansは、ほかの数百万の米国人携帯電話利用者と同様、新しい制度に大喜びしたと言う。その制度とは、携帯通信事業者を変更しても、加入者が古い電話番号を継続して使えるというものだった。
しかし、この新体制はJuliansが想像したほど簡単なものではなかった。事業者を変更すると、300ドル以上も出して購入した古い携帯端末が使えないのである。
「通信事業者を変更しても同じ電話番号を継続して使えるのはうれしいが、古い電話も使えればもっといいのに」とJuliansは言う。しかし、サンフランシスコの広告会社幹部であるJuliansは、この有難くない障害にも関わらず、通信事業者の変更に踏み切った。
米国で「番号ポータビリティ」が施行されたのは11月下旬。これには、携帯電話業界における競争の活発化という大きな期待がかかっている。しかし、この新制度にも改善の余地があると見るものも多い。この業界では通信事業者が端末に制御をかけ、自社のネットワーク上でしか利用できないようにすることが慣行となっており、Juliansをはじめとする携帯電話利用者は、業界内でルールを1から見直すことは遅すぎると感じている。
一般的に通信事業者はユーザーに対し、利用できるネットワークを制限し、長期の契約期間を設けることで端末を無料で配布したり大幅な値引をして販売する。これらのインセンティブは長年、利用者による事業者の乗り換え防止に役立っていた。アナリストらによると、番号ポータビリティ制度の影響を受けて、このようなインセンティブはさらに重要となっているという。
英国の調査会社Analysysによると、米国では1億5200万人近い携帯電話の利用者のほとんどが、長期サービスの契約を結んでいるという。このように多数の利用者を囲い込むことで通信事業者は、番号ポータビリティの施行で予想される事業者乗り換えラッシュを一時的に抑えることができる。
だが事業者の乗り換えは、法律が施行されてからもさほど増えていない。また業界内でも、この法律の効果が十分に感じられるまでには何カ月もかかるだろうと言われている。
「番号ポータビリティ制度の実情は、事前の過大評価とは裏腹だ」と、米AT&T Wirelessの広報担当者Mark Siegelは言う。
ビジネス面における事情以外にも、通信事業者は端末に制御をかける正当な理由として、技術的な理由を数多く並べ立てている。
全ての携帯電話は変復調装置を使っている。最も一般的な変復調装置はCDMA (Code Division Multiple Access)かGSM(Global System for Mobile Communications)だが、これらを同一端末の中で共存させることはできない。番号を変えずに済んでも、ネットワーク上でGSMを使うAT&T WirelessからCDMAを使うSprint PCSに乗り換える場合、利用者は新しい携帯端末を購入しなければならない。
互換性のあるネットワーク間で事業者を乗り換える場合も、やはり古い端末を使い続けられる保証はない。通常通信事業者は、通話の送受信に個別の周波数チャンネルを使うからだ。
これらの課題をクリアしたとしても、乗り換えの際に番号のみならず端末まで引き継ぐとすれば、事業者各社は端末の複雑な詳細仕様を知る必要がある。機種によっては、スクリーンサイズやローミング権限などの違いがあり、簡単に接続できない可能性もある。
「極稀なケースとして、ほかの通信事業者からの乗り換えユーザーに古い端末の使用を認める場合がある」とVerizon Wirelessの広報担当者Jeffrey Nelsonは言う。「しかし、私たちは端末の継続はしないよう説得する。その端末には最適な設定がなされていないからだ」(Nelson)
消費者保護団体の反撃
このような説明に対し消費者擁護団体は、それは違法行為だと主張し、通信事業者にネットワーク間で端末の互換性を保証する方法を見出すよう強制すべきだと言う。
この問題は、すでに集団訴訟を専門とする弁護士の関心を集めており、少なくとも1件の連邦反トラスト訴訟が、ニューヨーク南部の米国地方裁判所で審理される予定だ。原告の申し立ては、米国の5大通信事業者が、通信サービスと新しい端末の販売を不正に結び付けようとしているというものだ。
被告側はこの告訴内容を否定し、強力な弁論を計画していると語る。
原告側の弁護士は、この件についてのコメントを差し控えている。しかし法廷での文書の中で原告側は、端末メーカーと通信事業者が、メーカーの数を制限することで競争を最小限にとどめようとしていると主張している。これは携帯端末機器の市場縮小につながっており、10年前には数十社の大手端末メーカーが存在していたのが、今では世界の携帯端末の大半を世界の大手10社が販売している。
訴訟を担当した判事はこの主張に同意し、今年8月この件を裁判で審理するとしている。「新しい携帯端末が、通信事業者によってプログラムされ、制御され、そして販売されているという事実は、携帯端末市場への絶対的な参入障壁となっている」と、Denise Cote判事は記した。
原告側の勝訴となれば、携帯電話業界は端末値引きの見直しを迫られる可能性がある。通信事業者は現在、300ドルの端末を約200ドル引きで販売していると、Analysysの主席コンサルタントMichael Kende は言う。
もともと通信事業者は1990年代初め、再販業者が販売補助金を悪用するのを防ぐために端末を制御しはじめた。業界筋によると、アジア系輸出業者数社が安い電話機を大量に買い込み、海外に転売して利益をあげたというのだ。
世界最大の携帯電話メーカーNokiaの広報担当者によると、現在では「ほぼ全メーカーが工場のラインで端末に制御をかけてから出荷している」という。そしてこれが、携帯電話ユーザーが事業者を乗り換える際の障害となっているのだ。
先のサンフランシスコの広告会社幹部Juliansの場合、端末を継続して使用できれば、余計な出費を抑えることができる上、たくさんの電話番号や予定表を新しい端末に再入力するという、指が痛くなるような作業が不要となる。新しい端末の操作方法を覚えるのも面倒で、例えば古い端末で使っていた着信音をダウンロードするために17の手順が必要なこともあるのだ。
確かに、通信事業者の制御を回避する方法は存在する。携帯電話にかけられたソフトウェア制御を解除するための小さな産業も出現し、特に欧州では、制御解除のプロが登場して闇市場も生まれた。闇市場は、ロンドンのピカデリー広場裏の店舗などに存在し、1台10ドル程度で制御の解除が行われている。
制御が解除された携帯端末はオンライン上でも販売されている。Juliansもオンラインでの購入を考えた。送料や諸費用を支払っても、同じ機種を使うほうが便利だと考えたのだ。
しかし、端末をこのような一般市場で買うとその高値に驚かされることもある。Julians曰く、通信事業者から割引後価格50ドルで購入した端末が、オンラインストアでは300ドル以上もするという。
NokiaのNowakは、これは業界では普通のことで、「制御解除済みの端末は、通常小売価格どおりで販売される」と言う。
アナリストによると、端末の継続使用を通信事業者が積極的に認める兆候は全くない。最大の理由は、収入源を失うことだ。そして、通信事業者が慎重に築き上げた販売方法を台無しにしてしまうからだ。
「要するに、端末の販売が必ず独自の販売網で行われるようにしたいのだ」と、米IDCのアナリストKeith Waryasは言う。「そこまで徹底した管理を行わない限り、通信事業者は収益を失ってしまう。つまり、単なる“導管プロバイダ”となってしまうのだ」(Waryas)
契約者に端末の継続使用を許可すると、正規の端末と必ずしも同じように機能しない端末がネットワーク上に混在し、品質に問題が生じる可能性がある。Waryasによると、それが顧客の不満を招き、ブランド離れを促進し、契約者からの支持を大幅に失うことにつながるかもしれないのだ。
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