渡辺貞氏がマウスをクリックすると、世界の大洋が動き出した。
映画館の画面サイズのスクリーン上に、コンピュータ化した世界地図が動的に表示される。沖縄諸島と日本列島の間を、動きの速い渦巻き状の暖かい海水がうねりながら流れており、この地方で有名な黒潮の流れを加速している。
欧州では、ジェット気流の影響を受け、スペインから英国へと北上する海流が動いており、北米では米国西海岸に沿った海面の温度が急速に上がっている様子が分かる。アジアでは、まもなく多くの地域が土砂降りになる。両極から冷たい海水が流れ出したからだ。
NECでソリューション開発研究本部長を務める渡辺氏は、地球シミュレータで作成した世界の海水表面温度の変化を示すグラフィック映像を披露した。地球シミュレータは、NECと日本政府の各機関が共同で開発した巨大なスーパーコンピュータだ。
今月スタンフォード大学のHot Chipsカンファレンスで渡辺氏が行ったプレゼンテーションにおいても、16日間の世界の降水量をモデリングしたものが紹介された。地球の南端と北端は、巨大な帯状の雲で覆われていた。台湾付近にある2つの小さな雲の正体は、データが捕らえた2つの台風だった。
米国連邦政府がこのマシンに興奮したのも無理はない。
Bluetoothや、パーソナライズサービスをうたい文句にしたウェブサイトなど、数ある技術功績の中にはその価値が疑わしいものが多い。だが、スーパーコンピュータの場合、畏敬の念を抱かないことのほうが難しい。その起源は、第2次世界大戦中、英国のブレンチェリー・パーク研究所の研究者たちが、解読不可能といわれていたドイツのEnigmaマシンのコードを解読する目的で真空管から作成した巨大なコンピュータに遡る。
現代のスーパーコンピュータは、核爆発のシミュレーションはもちろんのこと、プリングルスのポテトチップスの流線型の調査にも使われている。ポテトチップスが工場の生産ラインを通る間に割れたり飛んでいったりしないようにするためだ。
スーパーコンピュータの領域と複雑性はいまだに驚きに値する。地球シミュレータは、3階建ての建物を占拠する大きさだ。1階には電源供給と空調設備がある。天井が低くなっている2階には、ケーブルのほとんどが集められている。「ケーブルの接続作業は、実に手間取った」と渡辺氏は振り返る。
3階には、コンピュータを構成する部品がある。5120基もの特注プロセッサ、10テラバイトのメモリ、640テラバイトのディスクストレージ、1.5ペタバイト(1.5クアドリリオンバイト、クアドリリオンは10の15乗)の補足用ストレージシステムだ。
渡辺氏によると、取り扱うデータの量があまりにも巨大なことから、動的な海洋底の地図のようなモデリングを行うには2、3日を必要とするという。
しかし、NECのライバル各社も黙っているわけではない。今後数年間で多くのスーパーコンピュータが登場することになっており、その多くが性能の面で地球シミュレータに匹敵し、新しいコンセプトを打ち出すとしている。
たとえば、Sun Microsystemsの研究所を率いるJim Mitchell氏によると、Sunでは米国防総省高度研究計画局(DARPA)から5000万ドルの助成金を受けて、10万基ものプロセッサを搭載したマシンを開発中だという。このマシンの大きさは、全体で1部屋にすっぽり収まるサイズを想定している。
一体それはどのようなマシンなのか。このスーパーコンピュータに搭載するカスタマイズしたプロセッサは、非同期チップなのだ。現在のチップでは、クロックの動きに対して全トランジスタが同時に反応する。アイリッシュダンスチーム、Riverdanceの一列に並んだダンサーのようなものだ。このやり方は過度の電力消費を招くことになり、コンピュータが時間つぶしをしてしまうことになる。非同期チップでは、回路は必要な場合のみ動作するのだ。
一方Crayは、米エネルギー省が2004年後半に実地利用を予定しているプロジェクト、Red Stormに参画し、全体のコストを削減しながら性能の壁を破るという課題に取り組んでいる。Red StormはOpteronプロセッサを10368基搭載する。このスーパーコンピュータの特徴は、通常のスーパーコンピュータではノード当りのプロセッサ数が2基以上であるのに対し、同マシンは1基のプロセッサで構成されている点だ。
「マルチプロセッサノードは高価だ。だから単一プロセッサのノードを使うことにした」とRed StormのハードウェアアーキテクトであるRobert Alverson氏は説明する。各機能用のチップも同様に、コスト削減を意識して構成されている。Crayは現在、3万基のプロセッサを搭載するためにどのようにRed Stormを拡張するか研究しているところだ。
そのうちスーパーコンピュータの機能は、われわれの日常に近いところで実現化するだろう。現在われわれが手にしている平均的なPalm PDAは、50年前に多くの大学が持っていたコンピュータ能力を上回っているのだ。だが数年はかかる。明日にも世界の海の動きを把握できる時代が来る、というわけではなさそうだ。
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