Linuxに対して仕掛けられた心理戦

 Microsoftは、最新の動きとして、SCOの保有するUnix関連のパテントおよびソースコードのライセンスを取得する契約に合意したと発表し、Linuxに対する攻勢を一段とエスカレートさせた。この合意については、「我々がこれまで通り知的所有権を尊重し、ライセンシングを通じてITコミュニティでの健全な知的所有権の交換が行われることに貢献しようとする姿勢の現われである」と述べている。

 なるほど、うまい言い方をするものだ。

 先週SCOが、IT業界のお得意様である世界中の大企業に宛てて、「法的措置」を匂わせる脅しをかけた矢先の、 Microsoft による今回の発表である。そして、SCOがLinuxへ嫌疑をかけたことと、自社のアンチGPLキャンペーンとを結び付けようとしている。ちなみに、「共有と公開を旨とするLinux開発の方法は、市場にとって不健全だ」という考えを、顧客に信じ込ませようとするこのキャンペーンは、これまでのところ確たる成果を収めてきていない。いっぽう、SCOはどうかといえば、わざわざ「Linuxリーダーたちの発言録」(Quotations from Linux Leaders)なる書物まで出版している。このなかには、GNU Public LicenseをつくったRichard Stallmanや私自身が口にしたことのなかから、不正確な、文脈から外れたやり方で集めた発言が引用されている。そうして、「Linux開発者は、海賊版のソフトウェアを扱う人間と五十歩百歩」みたいなイメージを広めようとしている。

 誰かが、SCOに教えてやるべきだ。IT業界のお得意様たちは、出入りの業者に脅されるなんて真っ平御免と思っていることを。実際、ますます喧嘩腰になっているSCOの口振りや、それから何の証拠も見せたがらない態度を見ていると、実は自分たちの言い分が大袈裟な戯言(たわごと)に過ぎないことを隠そうとしているんじゃないかという気がしてくる。これに関して、確実なのは、そんな戯言でもMicrosoftなら利用できる間は利用するだろうということだ。

 SCOの主張は実体を欠いており、そして彼らの雇った弁護士が勝つチャンスはますます遠のいている。90年代前半には、今回とよく似たケースがあり、オープンソースOSにUnixから盗まれたコードが使われているとの訴えが法廷闘争にまで発展したことがあった。このときはAT&Tが、カリフォルニア大学を相手に、同大学で開発したBSDがAT&Tの持つUnix関連の著作権を侵害したと訴えた。最終的には、AT&Tの主張が当てはまる箇所が、実はたった4カ所しかないことを法廷が突き止め、大学側は論争を続ける代わりに、さっさと該当箇所を別のコードに書き換えてしまった。結局AT&Tは、裁判にかかった費用を支払うことで大学側と和解した。SCOが、このときのAT&Tよりうまくやれるとは思えない。

 SCOがIBMを相手に起こした訴訟は、特許権の侵害に関するものではない。Unixに関する基本的な特許は、ずいぶん昔に期限切れしているだろうし、またSCOの持つほんの僅かな特許は、どれも重要なものではない。だから、特許ではなく、Unixのなかに在る業務上の秘密がLinuxにコピーされたという点が、SCO側の申し立ての目玉になっているわけだ。業務上の秘密をめぐる裁判に勝つには、問題となった情報が秘密であることを証明しなくてはならない。そうして、Unixに関する詳細な知識が、各地の図書館に行けばすぐ手に入るという状態が、もう30年以上も続いてきており、またその仕様を余すところなく記したものが、米国政府が定めたPOSIX標準の一部として、政府の手で配布されてもいる。

 Unixのソースコードは、過去30年にわたって、多くの大学にライセンス供与されてきており、優秀なコンピュータサイエンス学部を持つほとんどの大学では、Linuxが登場するまで、そうして手に入れたUnixのコードを利用していた。このコードを利用する学生は、直接コードを複製して、それを盗用することが、契約で禁じられていたものの、同時にUnix内部の仕組みについて学んだ知識を活用することも期待されていた。そして、コンピュータサイエンスの教科書は、長い間このOSの内側について、あらゆる面を取り上げてきている。だから、SCOがいうところの「業務上の秘密」がほんとうに秘密であると示せる確率は極端に低い。

 古いUnixの秘密以外にも、SCOは「自社で新たに開発した業務上の秘密を、IBMがコピーした」とも主張している。Montereyという名の共同プロジェクトを進めていた間に、SCOがIBMに、この秘密を明かした。そして、IBMがこの秘密を利用したからこそ、IntelのItaniumプロセッサ上でLinuxが効率よく稼動するのだと、SCOはそう疑っている。だが実際には、LinuxのItaniumへの移植プロジェクトを率いている中心的なエンジニアは、HPのDavid MosbergerとStephane Eranianであって、IBMの社員ではない。この二人の書いた「IA-64 Linux Kernel」という本には、彼らがやったことの記録がある。ItaniumはそもそもHPのPA-RISCチップのアーキテクチャーから派生したものだから、LinuxカーネルのなかにItanium関連のとても高度で難解な秘密があるとすれば、それはHPとIntelの研究からもたらされたもので、IBMやSCOが出所である可能性はとても少ない。

 さらに、Intelと競争しながら自社のCPUを開発しているIBMが、Itaniumも大きな関心を寄せていたと強調しすぎるのも問題だ。そして、IBMをOS界のロビンフッドに見立てる、つまりSCOから奪ったものをLinuxに与えたという考え自体が信じがたいものだ。知的所有権に関して、厳しい方針を持ち、それを徹底するためのトレーニングがあると期待できそうな企業のなかでも、IBMこそ筆頭に名前があがる会社だからだ。

 同じように、オープンソースのコミュニティでは、他人の書いたコードをコピーするよりも、自分のコードを生み出すことに注意を払ってきている。Richard Stallmanが1984年に著した「GNUマニフェスト」では、著作権問題やソフトウェアの所有権について、大きなスペースを割いているし、その後世に中に出た、たとえば私の書いた「Open Sourceの定義」のようなドキュメントでも、そのプロセスを引き継いでいる。私たちLinuxの開発者は、他人の書いたコードを盗用すれば、どんなことになるかも分からないほどバカではないのだ。

SCOの立場は?

 それでもSCOの幹部は、実のある証拠は何も見せないままで、自分たちの著作権で保護されたコードがLinuxに流用されたと言い立てている。もし何らかのコード複製があったとすれば、逆にそれは誰でも入手可能なGNU/Linuxのコードが、秘密に包まれたSCOのソースに流用されたという可能性のほうがずっと大きい。そうでないことを証明するには、SCOは自分たちのコードが書かれた日付に関する証拠を提出しなくてはならないだろう。ちなみにLinuxでは、開発の全段階の記録を収めたCD-ROMが存在し、無数の証人となる者たちの手に商品として渡っているので、コードがいつ書かれたものかを証明するのはいとも容易い。

 SCOが雇った弁護士が証拠を示さない限り、連中の主張が正しいことを証明するのは無理だ。だが、SCOのDarl McBrideは、裁判が始まるまでは何の証拠も公開しないという。証拠を示すと、Linuxの開発者に証拠隠滅のチャンスを与えてしまう、というのがその理由だ。

 すでに世間に出回っている、Linuxのソースコードを収録した無数のCDのなかから、問題となりそうな箇所をきれいさっぱりと消してしまえる。McBrideの言い草だと、まるでそんなことが可能みたいに聞こえる。またSCOは、数週間のうちに、機密保持契約(NDA)を結んだ上で、第三者の専門家に証拠を見せるかもしれない、といっているが、そもそもどうしてNDAなんか必要なんだろうか。SCOの証言によれば、問題となっているコードはすでに誰でも入手できるものになっている。ならば、みんなに証拠を示しても、SCOがこれ以上被害を受けることはないはずだ。そうしない理由について、実も蓋もない答えを明かしてしまうと、SCOは一般への証拠の開示を遅らせている限り、Linuxに関する--ただし実体の伴わない主張を続けていられるから、ということになる。

 Linux開発に携わる組織の大きさにちょっと目を向けてみよう。Linuxカーネルのなかには、その開発に係わった人として、およそ440人の名前がクレジットされている。だが、これもほんのごく一部に過ぎない。その開発者たちが、1カ月に5万行以上のコードを新たに書いたり、手直しを加えたりしている。そうして、これはカーネル部分に限った話で、その他にライブラリーやユーティリティ、アプリケーションなどを開発している連中がたくさんいる。

 SCOは、ちっぽけなトラブルを抱えた会社だから、こんなに大きな規模のLinux陣営に適うことは望むべくもない。実際の話、歴史上のどんなUnix開発チームでも、Linuxに匹敵するには、相当頑張らなくてはならないはずだ。そうだとしたら、何故Linuxや、あるいはIBMが、SCOの力を必要とするというのか。

 さらに、SCO自身が関わったCaldera Linuxの開発や、それが訴訟の行方や将来の収益に与える影響はどうなんだろうか。SCOは、自社のLinuxシステムの供給を停止したが、その理由として「知的所有権に関わるリスク」を挙げている。だから、何だというんだろ?SCOのやったことのせいで、Linuxのお得意様はすでにどこかへ逃げてしまっている。また、Linux関連の事業を閉鎖したからといって、SCOの抱える知的所有権に関するリスクに、何らかの変化が生じるわけでもない。SCOはすでに自社開発のLinuxの、カーネルや他の重要なコンポーネントを、GPLのライセンスに準じて世間に公開してしまっているのだから。

 SCOには、争点となっているコードのどれかが自社の所有物だと告知するチャンスが、これまでにもたくさんあった。GPLには期限切れの規定はなく、また誰でもロイヤリティを払わずにライセンスを受けてコードを利用できると約束されている。だから、現実的に、SCOがGPLにつながりのあるLinuxカーネルやその他のものからロイヤリティを徴収できる可能性はゼロだ。

 SCOにとって、争点にしているまさにそのコードをこれまで配布してきた、しかも誰にでも無料でそのコードを使う権利を保証したライセンス規定に基づいてそうしてきたという点が、自社の訴えを認めさせる確率を引き下げている。

 SCOの経営陣はまた、自社の動きがたくさんの顧客企業や開発者、そしてLinux関連のいろいろなソフトウェアプロジェクトに害を与えていることの責任を理解できずにいる。同社の動きは、他の企業の売上やみんなの働き口を減らし、プロジェクトの進行を遅らせ、資金集めを中止させるなど、さまざまな結果をもたらすだろう。SCOの訴えがいい加減なものだと露呈した時には、他の人へ与えたこのダメージが己の身に跳ね返ってくるだろう。

 私は、SCOがIBMに自社を買い取らせることを狙って、この訴訟を仕掛けたのだと考えていた時もあった。IBMにしてみれば、万が一裁判で負けて10億ドルも支払わせられるより、SCOを買い取るほうが、ずっと安く済むと考えたからだ。しかし、IBMはSCOの撒いたこの餌に食いついていない。訴訟に勝てる自信があるに違いない。

 今回の騒動で、本当に得しているのは誰だろう?答えはMicrosoft。SCOという落ち目のUnix開発企業を巻き込んで、「Linuxは恐いもので、あてにならなくて、また胡散臭いものだ」というメッセージを、まるで宣教師が布教する時みたいな調子で広めようとしていることが、いまだんだんと明らかになってきている。

 MicrosoftがSCOのソースコードへのライセンスを必要とするわけがない。だから、同社がSCOへ支払うライセンス料は、実のところ体裁のいい賄賂に過ぎず、しかもそのおまけとして、Linuxユーザーをもっと怖がらせるようと狙った発表が付いてきた。SCOの株主は、実情がどうなっているのかを問いただすべきである。

筆者略歴
Bruce Perens
オープンソース開発組織のSoftware in the Public Interest共同設立者兼ディレクター。Perensは独立系のコンサルティング事務所を経営し、George Washington UniversityのCyber Security Policy and Research Instituteで、オープンソース担当のシニア・リサーチ・サイエンティストを務める。

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