ネットに既存の放送番組が流れることで、放送局にどんなメリットがあるのか。堀氏は「すでに市場が飽和している中、ネットに過去のコンテンツが流れて一番困るのはテレビ局だ。すでに地方局を中心に経営が苦しい状態にあり、広告費を見るとラジオに至っては壊滅的な状態だ。テレビやラジオで減った広告費がネットに流れただけで、市場の中で食い合いをしている状況。一過性の感情で走るとこの国のエンターテインメントは潰れていく」と危機感をあらわにした。
ニコニコ動画の技術を開発、提供しているドワンゴの代表取締役社長、川上量生氏も同意見だ。「我々がテレビ番組をニコニコ動画に出してくれとテレビ局にお願いしても、自分が相手の立場だったら『出す理由がない』と思う。宣伝になるケースも限定的にはあるが、ビジネスとしてうまく成り立つ提案を現在のネット業界は出せていない。コンテンツを出してもらえるだけの理由を業界が出せていないのが一番の問題だ」として、テレビ局が番組をネット配信することには経済合理性がないとの考えを示す。
「コンテンツはフリーであるべき、という空気があり、それを理由にIT業界がコンテンツを無料で騙し取ろうとしている雰囲気がある」(川上氏)
コンテンツを配信したいと言ったところで、コンテンツホルダーにメリットがなければ動かない。魅力的な提案ができないのに文句だけを言っても始まらない。
JASRAC常務理事の菅原瑞夫氏は、「ライセンスという面では、マスメディアでもネットでも変わらない。ただ、経済的規模は圧倒的に違う。着メロの市場を考えてみると、登場から3年で市場規模は20倍になったが、その後4分の1にまで縮小した。単価が小さいビジネスで、(著作権者と配信事業者が)どう合意を取るかが問題だ。そこのビジネス提案があれば実験ができるが、そこが今、あまりない」と不満の意を示す。
また、堀氏も「新しい収入を得るために海外に出るという手がある。それなら今、アジアしかない。日本が憧れられている間に進出するべきだ。日本のテレビは世界で最も規制がゆるくて自由にコンテンツが作れ、技術も最高レベルだ。たとえば『各国語に翻訳してこういう風にやりたいから、この期間だけコンテンツを提供してほしい』と言われたら、我々も許可をするかもしれない。でも、そういったビジョンが配信事業者から出てこない。ただ『流させてくれ』というのではなく、ちゃんとした提案がほしい」と苦言を呈した。
ただ、ネットでどうコンテンツを収益化するかという点は、まだ誰も正解を持っていない。岸氏は「ネットでの事業が単体として儲かるか、と訊かれると、短期間では結論がでない。音楽市場を例に取ると、現在は色々な実験が行われている状況だ。たとえば音楽をネットで配信し、CDの価格はユーザーが決めるという実験があるが、これはコンサートや関連グッズできちんと収益を上げている。ネット配信はプロモーションという位置づけだ」と紹介。
「欧米を見ても、ネットだけで儲けているところはほとんどない。将来的には儲かるだろうから、いまのうちに実験をして儲かる方法を見つけるんだ、と考えている。研究開発投資に近い。これまでサービス産業は研究開発投資に縁がなかったが、技術の進化が早くて、しかもサービスの質に影響する以上、今のうちに実験をしておかなくてはいけないと考えている。今、何もしなかったら、ユーザーの変化に追いつけない」
ネットにはネットならではの特性があり、古いテレビ向けのコンテンツをネットに流すよりも、ネットの特性に合ったものを作り出すべき、というのが登壇者の一致した見解だ。 岸氏は「マスメディアは、広くコンテンツを流すもの。これに対して、デジタルメディアではコミュニティを作る部分が大事になる。オンラインビデオはテレビ局しか作れないのかといえば違う。たとえば米国では、地方新聞ほどカメラマンを教育して動画を撮影できるようにし、独自の動画を流している」と紹介。
「これまでマスメディアで流していたものをネットに出すだけでは、マスメディアのパイを奪うだけ。新しいメディアとして、新しい市場を作る努力がなければ、新しいメディアとしての地位は弱くなる」(岸氏)
また、川上氏も「ニコニコ動画でやるべきもの、提供すべきものは既存のものとは違うものにならないといけない。ネット配信向けの動画はテレビ放送向けに比べて制作予算が少なく、テレビの劣化コピーになってしまう」として、テレビと比べるだけではユーザーにとって面白いものができないとの考えを示した。
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