加藤さこ
2007/09/19 18:16
24時間イベント「Mozilla24」の最初のプログラムは、IT先駆者と学生によるパネルディスカッションだ。
このセッションでは、デジタル環境に囲まれて生まれ育った「デジタルネイティブ」と呼ばれる世代の学生達の目線から、現在IT業界で活躍する有識者に率直な疑問を投げかけながら、オープンソースとビジネスの将来性や活用法、関わり方などについて討論された。
パネリストは米国Mozilla Foundation 理事兼 Mozilla Japan 理事 伊藤穣一氏、時事通信社 編集委員 湯川鶴章氏、慶應義塾大学大学院 教授 大川恵子氏だ。
東京大学工学部 原田惇氏東京大学工学部 原田惇氏は、マッシュアップサービスを利用したシステム開発を個人で行ってきた。
オープンソースを活用していく中、検索エンジンを公開するためにビジネスモデルを考えているが、オープンソースを前提としたビジネス立ち上げの可能性を聞きたいとIT先駆者パネリスト達に質問した。
投資している会社のほとんどがオープンソース技術を利用している伊藤氏は、次のように述べた。
Mozilla Japan 理事 伊藤穣一氏「企業の開発といえば、これまでは隠して戦うのが当たり前でした。しかし、オープンスタンダードで標準化に合わせて作るなら、ソフトウェアで競争しているのでおたがい勉強しようというスタンスでいかなければ。リサーチ開発にお金をかけるよりディファレンスにお金をかけようということです」(伊藤氏)
伊藤氏の「リサーチ開発にお金をかけるよりディファレンスにお金をかけよう」という発言について「そこがキモ」と答えた湯川氏は、インテルはブランド戦略、マイクロソフトはソフトで勝負してきたが、競争のルールが変わったことを認識しているという。
「どこのレイヤーで戦うか頭を使わなければならない。そこが差別化に繋がっていくんです」(湯川氏)
しかし、原田氏はソースの更新が止まることもあると述べ、オープンソースはいきなり対応をやめるリスクが高いと指摘した。プログラムが少し書ける程度というレベルの人が起業した場合には対応できないこともあるのではないかと懸念している。
伊藤氏は、ふつうの会社なら終わってしまう開発でも、オープンソースは誰かひとりいれば死なないと答えた。大企業のほうがクローズで誰にも情報を渡さない。そのためにあっさりと開発がストップする可能性もある。それに比べるとオープンの生き残る確率は高いと述べた。
大川氏も「生き残っているのはオープンソースのものが多い」と同意。また、コーディネーターを務めるケイ・アンド・カンパニーLLP 代表パートナー 小林雅氏は「オープンソースはリスクもあるがリターンも大きい。リスクを恐れないイノベータが一番勝ち残る」と原田氏を激励した。
次に、ネット中継を利用し、海外の学生からの質問を受け付けた。タイから「オープン化されすぎたものはセキュリティに問題が生じるのではないか」という意見が投げられた。
慶應大学教授 大川恵子氏パネリスト達は、免疫系統の例を挙げて回答した。クリーンルームでは免疫力は発展しない。菌にさらされると体が強くなる。発見があれば是正される。指摘したり、攻撃されたりして強くなる。クローズドでは一般ユーザーからはわからないままになってしまい、エンジニアを派遣しても間に合わないという状態に陥りやすいのだと答えた。
「オープン化されていることで、より迅速に解決できるんです。接続をダウンさせた状態と、維持したままの状態では、維持した方が早く解決したという例もありました」(大川氏)
タイの学生からは「ドキュメントがなくて理解できない場合もある。バグがあっても、FIXに時間がかかってしまう」という意見もあった。
伊藤氏は、教育、作業のしかたを考えなければならないとし、今後は大学が貢献するだろうと答えた。
「エンジニアは、みんな同じ能力を持ってはいません。コミュニティが狭いと、英語で書けない人が無理に書くこともあるでしょう。たとえばWikipediaでは、誰かは書く、誰かは編集といったように労働が分担されている。参加してくる人が多ければ充実し、分担ができるようになります」(伊藤氏)
2009/07/01 09:00 [ リリース ]
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2007/07/03 11:00 [ Mozilla 24-TWENTY FOUR ]
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湯川氏は、自らを表現者として規定するが、記者に表現者としての自由があるとは思えない。 伊藤氏は「表現者と利用者」としか想定していない。 大川氏は、加えてシステム開発者を加えているが、どうなんだろうか。 私は、2000年頃から伊藤氏を尊敬し、2005年から湯川氏の知遇を得ているが、2007年以降のウェブを考えるにつき、評価者としての利用者を指摘しない訳にはいかぬ。 CGMにおいて利用者が主役とおだてられているが、その実、利用者には編成権・ルール作成権はない。 実は、企業もマスコミもアカデミズムも評価される側にあって、それを暴かれることを避けている。 学生は本来評価者の側にいるが、リクルータになると、評価される側になるため、評価者としての立場を失うのです。 伊藤氏は、「みんなが表現者になればいい。消費者がなくなればいい」との言葉でしめくくります。 しかし、みんなが表現者になれば自分の優越性は崩れないとの意識がその底にあると、私には感じられます。 「みんなが表現者」になれば、国語力・分析力・コミュニケーション力・オーソライズ力で既存のエスタブリッシュメントは優越したままでいられる。 しか