ここ約10年間で巨大産業に成長した携帯電話業界。NTTドコモ、KDDI(ツーカーを含む)、ボーダフォンといった大手携帯電話キャリアの2003年度決算では、総営業収益が8.6兆円に達している。ただ、携帯電話の契約数はほぼ飽和状態で、ARPU(1契約あたりの月次収益)も減少傾向にあるのが実情だ。このことから、「携帯電話業界の好調さは、“砂上の楼閣”に過ぎない」と、野村総合研究所 情報・通信コンサルティング二部 上級コンサルタントの北俊一氏はいう。
携帯電話の契約者数は、2004年4月末で8200万(電気通信事業者協会調べ)となっており、北氏の予測する契約者数のピークである9200万に達するのもそう遠い先のことではないといえる。携帯電話キャリアの収益に結びつくARPUの減少についても、「1999年には1万円に近かったが、現在ではARPUが比較的高いとされているNTTドコモでさえ8000円を切るのが現状だ」と北氏は述べ、「パケット単価が安くなる3Gへの移行が進めば、さらにARPUの減少が加速されるだろう」と指摘する。北氏によると、現在は契約者数の約3分の2が2Gを利用しているが、2006年度中には2Gと3Gの契約者数が逆転するとしている。
野村総合研究所 情報・通信コンサルティング二部 上級コンサルタントの北俊一氏 |
さらにこの業界で北氏が問題視しているのは、販売代理店に対するインセンティブの存在だ。キャリアは代理店に対し、安価な価格で端末を販売できるようインセンティブを支払い、キャリア側はARPUでその分を回収していた。これは新サービスや機能を普及させる上で有効なシステムだったが、現在は市場が成熟し、ARPUも低下してきたことからインセンティブが減少、端末販売数の減少にもつながっている。それがキャリアにとってのシェア低下にもつながり、結局はインセンティブを元に戻すしかなく、「同じループをぐるぐる回って、みな“ゆでガエル”状態になっている」と、北氏は指摘する。
この状態から抜け出すには、「熱いいん石が業界に落ち、ゆでガエルたちが一気に現状から飛び出すしかない」(北氏)というのだ。固定電話業界にインターネットといういん石が落ちた時と同じように、携帯電話業界にもいん石は落ちるのか。北氏は、そのいん石となる可能性が高いのが、2006年度早期にも導入が予定されている番号ポータビリティと孫正義氏だという。
番号ポータビリティは、市場の流動性が高まるため販売代理店にとってチャンスだ。ただ、キャリアにとっては販売インセンティブがかさむため、長期戦では体力消耗に結びつく。ここでインセンティブの少ない世界をめざし、端末価格は「キャリアにとってよい顧客のみが安く買える仕組みを作らなくては」と北氏はいう。
もうひとつのいん石とされる孫正義氏は、現在ソフトバンクやイー・アクセスがTDD(時分割複信)技術を使って携帯電話事業に進出しようとしていることを指す。これまでADSL業界で価格破壊を起こすなど、業界が驚くことを行ってきた孫氏が携帯電話事業に参入するとなると、「孫氏が現状を打破する巨大いん石となりうるのではないか」と北氏も期待しているが、一方で音声サービスを提供できない限りいん石とはなり得ない点や、TDD技術で劇的な価格低下は望めないこと、さらにサービスを開始しても当面はエリアカバー率が既存の携帯電話キャリアには及ばないであろうことを懸念点としてあげている。
番号ポータビリティや孫正義氏が巨大いん石となるのかどうか、現状では確定できないが、「業界が危機的状態にあるのは事実」と北氏はいう。ソフトバンクは先日日本テレコムの買収を発表し、固定電話業界への進出を実現している。北氏はこれを受け、「キャリア各社は将来固定と移動電話がシームレスにつながる3.99Gサービスをめざしているが、孫氏が業界に先駆けてこれを実現する可能性も否定できない」とし、携帯電話業界に警告を与えた。
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