トイレに入ろうとすると、床に黒い足跡が点々とついていることに気が付いた。壁を見ると、手書きで「なぜ僕は」と一言書かれている。個室に入ると、悲しげな歌がどこからともなく聞こえ、手を洗おうと洗面台に立てば、鏡に知らない女性の顔がぼんやりと浮かびあがる――。
夏の深夜番組で出てきそうなこの設定、実はホラー映画の宣伝のために作られたものだ。しかも、実際に都内の商業施設内にあるトイレがこの夏、いくつもこの設定下に置かれた。何も知らずにトイレを利用しようとした人は突然の出来事に驚き、自分のブログやSNS(ソーシャルネットワーキングサービス)にこの事を書き込んだ。
このプロモーションを仕掛けたのは、インターネット広告代理店のNIKKOだ。8月25日より公開された映画「伝染歌」のプロモーションのために都内約30カ所のトイレをジャックし、1つ1つ手作りで“恐怖のトイレ”を仕掛けていった。
「伝染歌」は放送作家や作詞家として知られる秋元康氏が企画、原作を務めた映画。歌うと死んでしまう“伝染歌”があるという都市伝説の謎を、女子高生が解いていくというストーリーだ。
映画のターゲットは女子高生。彼女たちにどうやってこの映画の存在を伝えようかと考えたときに思いついたのが「ケータイ」と「トイレ」だったと、このプロモーションを手がけたNIKKO第一事業本部第一プランニングSec.チーフプランナーの宮川智典氏は話す。
「女子高生だと、PCを使っていない人も多い。まず、ケータイを使ったプロモーションにしようということが決まりました。トイレはホラー映画とも相性がいいし、調べてみるとトイレの個室内でケータイを使う人が多いことが分かったんです。誰にも邪魔されずにゆっくりできるというのが理由のようで、それなら広告にもいいんじゃないかと考えました」(宮川氏)
NIKKOが映画の配給元である松竹に提案したのは、「恐怖のバイラルプロモーション」という企画だ。トイレをジャックして恐怖心と好奇心をあおり、見た人がケータイでトイレの様子を撮影して、ブログやSNS、メールなどで友だちに「こんなの見ちゃったよ」と伝えたくなるようにし向ける。同時に伝染歌のモバイルサイトにアクセスできるQRコードをトイレに貼り、サイト内で映画の内容を伝えて理解を促す、というものだ。
具体的には、トイレの床に足跡をつけて幽霊が歩いたように見せかけたほか、壁には映画内で登場する伝染歌の歌詞の一部を手書きで書いたシールを貼った。さらにそのシールには「上を見る↑」のように見た人の視点を誘導する文言を入れ、天井を見上げるとQRコードが書かれているようにした。
また、トイレの水を流す部分にはボタンを押すと伝染歌が流れるトイレ擬音スイッチを設置。鏡にも女性の顔がぼんやりと映っているかのようなシールを貼り、特注で用意した、QRコードと伝染歌の告知が書かれたトイレットペーパーを置いた。
この企画を受けた松竹側はどう思ったのだろうか。松竹 映画部 映画宣伝室の清宮礼子氏は「いくつかの企業に声をかけたんですが、『メールで●人にこの内容を送るとのろいが解ける』といったような、同じような企画しか出てこなかったんです。NIKKOさんと話をしている中でトイレジャックを考えているという話を聞いて、直感的に面白いと思いました」と話す。
「原作が知られていない映画なので、面白いことをしないと話題にならない。普通ではない、奇をてらったことがしたかったんです」
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