批評家とエンジニアが予測する2045年の世界--プロジェクト「ギートステイト」 - (page 3)

インタビュー:西田隆一(編集部) 文:岩本有平(編集部)2006年08月10日 08時00分

鈴木:最近、「Web 2.0と新しいフォード主義」という論文を発表したのですが、人間と機械の関係は一体どういうふうに変わっていくのかということに、非常に注目しています。

 たとえばAmazon Mechanical Turkは、人間の方が得意だと思われる単純作業(マイクロ・ワーク)を開発者がプログラム上に記述すると、電子市場でマッチングが行われ、作業を仕上げたユーザーには少額の報酬が支払われるシステムです。

 ギートステイトでは、この発想を広げた「ゲームプレイ・ワーキング」という概念が登場します。表面上はゲームをプレイしているのですが、それが人間でしかできないリアルな仕事につながっているというものです。この時代には、ゲームをすると、Google AdSenseのようにお金が落ちてくるシステムがかなり普及しています。このようなシステムは、AI(人工知能)が機械で人間を作ろうとしたり、IA(知能増幅器)で機械が人間を増幅するという、ここ50年の主要な潮流と異なり、人間が機械を増幅するという新しいアプローチだといえます。そういう新しい機械と人間の関係を描きたいと考えています。

 また、情報技術の進展とは、世界の距離を再設計することに他なりません。世界中のどこにも到達できない場所がなくなることによって、かえって「到達できない場所=無限の距離」がクローズアップされてくるでしょう。たとえば「彼岸=あの世や神に対する認識」は、常に社会システムに影響を与えてきました。グーテンベルグの活版印刷がルターの宗教革命に影響を与えたように、近年の情報技術の急速な進展が、死生観にどのような影響を与えるのかに強い関心があります。

 記憶というはあいまいなもので、自分の本当の記憶と後から作られた記憶を誰も区別できません。ライフログの登場によって、自分が誰かの生まれ変わりだと信じ込んでしまう人々が大量に出現してもおかしくありません。そうした輪廻転生者の登場を、宗教や社会がどのように受容するかも描きたいと思っています。

--技術と社会の新しい関わりを提示するということでしょうか。

東:技術は使われないと意味がない。そして、技術の利用法は社会が決めている。たとえば、ユビキタステクノロジーの実験として、いまでは子どものセキュリティ関係がたいへん人気がありますね。でも技術者としては、最初は別の目的のために開発したのかもしれない。それが、プロジェクトを進め、資金源を探し、市場を開拓するなかで、結局当初の目的とはまったく異なった技術として普及することになる。そのような意味で「技術と社会の関係」を考えないと、説得力ある未来像は描けないと思います。

--2045年には国家の枠組みも変わっていると思いますか。

鈴木:行政区域を都道府県より大きな「道」「州」に分けた道州制が日本に導入されていて国家が大きく変わっていると考えています。

東:「ギートステイト」の舞台となる南関東州では、行政組織はほとんど解体、市場化されています。さらに言えば、2045年ではその次の段階に入っていて、行政解体の結果として林立した民間行政サービス会社を束ねる持ち株会社が、ほとんど「第二の行政」化しているという設定を導入しています。要は、ゴミ出しから図書館の利用まで、さまざまな行政サービスを受けるためにたくさんのカードをもたなければならないので、次第にそれらカードも一枚に集約されていくだろう、ということです。これを僕は「パブリック・サービス・プラットフォーム」と名づけています。

 こういう設定を導入したのは、住基ネットへの拒否反応とそれとは対照的な電子マネーの普及を見て、日本では、1枚のカードでさまざまな行政サービスを受けられるような社会を実現するために、一度行政が国家の手を離れるようにしておく必要があると考えたからです。単純に住基ネットの機能拡大を想定しても、現実味を帯びてきません。

--ギートステイトはウェブ上で物語を公開し、最終的には映像化する予定だと伺いました。その他にどういったことを予定されていますか。

東:すでに営業やPRも進めていて、いくつかの媒体と組んでコンテンツを展開することが決まっています。公式サイトも9月にはオープンする予定です。今の段階では、中心となるコンテンツはあくまでも無償で展開するつもりで、そこには小説や設定などの活字原稿が含まれます。それは、未来を考えるための一種の思考実験にしたいと思っています。

 イラストを付けたり、映像化となると、制作費が必要になります。それは、以上の前提に共感した上で、コンテンツをお金にしたいという人がいたら、これから個別に対応させていただきたいと思っています。実際、いくつかの話は来ています。

 ただ、現時点ではビジネス化は焦っていません。とりあえずは、新しい思考実験の場を僕たち3人が提案し、それに対していろいろな反応が出てきてくれることが喜ばしいと思っています。それはブログでの反応でもいいし、プロジェクトに触発されて、僕たちの世界観を使って別の小説を書く人が出てきてもいいと思っています。

鈴木健氏(左)と東浩紀氏(右)

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