毎年1月にスイスのダボスで開催される「World Economic Forum」には、世界各国の指導者や政財界人などが参加し、人類が現在置かれている状況について議論を戦わせている。
今年、同会議で新たに取り上げられたテーマの中には、世界の「情報を持つ者」と「持たざる者」との間にあるテクノデバイド(情報格差)をいかに埋めるか、という問題があった。
例によって、この問題に対する明確かつ最善の回答は見いだせなかったが、その原因は情報格差の解消に向けた取り組み方について参加者の間に大きな隔たりがあることにある。この問題について、一方の考えを代表するのは、米マサチューセッツ工科大学(MIT)Media Labの創設者であるNicholas Negroponteだ。同氏は、100ドルのノートPCを開発したいと考えている。しかし、Microsoftは別の考えを持っており、自社の強大な力を利用して、自ら「セルラーPC」と名付けたコンセプトを推進しようとしている。
今のところ、どちらの構想も実現には程遠い状況にあるといっていい。しかし、少なくとも会議の出席者らが未来について考えていることは評価すべきだ。そして彼らの幸運を祈らなくてはならない。彼らの構想が実現すれば、世界各国の数千万人の人々がようやくハイテク革命のもたらす恩恵の一部を享受できるようになる。
しかし、まだ先は長い。ハイテク業界には偏狭的な考えから進められている論議が多いが、情報格差をめぐるこの論争も例外ではない。なにか画期的な出来事でもあれば話は別だが、たいていの場合は長期間にわたる徹底的な論争を経た後に解決策が生み出されることになっている。この点については、この後すぐに詳述するが、その前にまず2つのアプローチの長所について考えてみよう。
セルラーPCには2つの大きな利点がある。携帯電話は低価格な上に、どこにでも存在しているという点だ。私は南米を訪問する(私は頻繁に南米を訪れている)度に、いつもそのことを実感する。空港の税関を通過した後に、私の半分眠った状態の頭はいつも空港中に鳴り響く携帯電話の着信音で叩き起こされる。空港にいるあらゆる人間(文字通り、すべての人)がベルトから携帯電話をぶら下げているように見える。そして、誰もが携帯電話を使用している。実際にみんなが携帯電話を使っている。携帯電話をPC代わりに使うというのはとにかく便利で、価格のほうもさほど高くはない。
Microsoftは2005年秋以来、セルラーPCのプロトタイプを相次いで発表してきた。同社の上級幹部らはセルラーPCの構想がまだ完全には固まっていないとしながらも、それが従来のデスクトップPCやラップトップPCに代わる、主に発展途上国をターゲットにした低価格で入手可能なPCになると考えている。ここまでは何ら問題はない。
しかしMicrosoftの構想では、外部に表示するためにテレビを利用する必要がある。そうなると、ユーザーはアダプターや特別に作られたキーボードを購入しなければならない。だからといって交渉が破談になることはないが、Microsoftはそれらの予定価格を明らかにしていない。コストが1ドル、1ペソ、1レアル上昇するごとに状況は大きく変わってくる。確かに、私はこれまで、ブラジルの人里離れた貧民街で、かなり多くの家の屋根に衛星テレビのパラボラアンテナが取り付けられているのを目撃してきたが、貧しい人々は自分たちが食べていくのも厳しい状況だ。仮にパンかテレビのどちらを購入するかという選択を迫られたら、彼らは迷うことなく前者を選ぶだろう。
また、それらの機器を動かす電源をどうするか、という問題もある。Microsoft会長のBill Gatesはこれまで、病気撲滅を目的とした活動への寄付を通じて素晴らしい功績を残してきた。しかしGatesはビジネス界の大物として恐れられ、時には嫌われることもある。
現在、Symbianオペレーティングシステム(OS)を搭載した携帯電話が多く出回っているが、GatesはMicrosoft製OSを標準にしたいと考えている。しかし、彼の考えに同意すれば、Microsoftのさらなる独占の土台を築くことになる。同社の独占禁止法違反の歴史が人々の記憶に新しい現状では、同社がセルラーPCを売り込むのは極めて困難だろう。
MITのNegroponteは、まもなくタイ、エジプト、ナイジェリア、インド、中国、ブラジル、アルゼンチンの7カ国と、合わせて700万台、総額にして7億ドルに及ぶ100ドルPCの売買契約を締結すると見られている。100ドルという価格は魅力だ。しかし、Negroponteは見せて回るためのサンプル機をわずか1台しか所有していない。同氏によると、100ドルPCの生産は台湾のQuanta Computerに委託し、プロセッサはAdvanced Micro Devices(AMD)製を使用するという。しかし、実際に稼動するノートPCを、早ければ1年後に見られるだろうなどと期待してはいけない。
さらに、まだ答えが出ていない大きな問題がもう1つ残っている。それは、インターネットへの接続費用だ。製品の価格に高額な接続料が上乗せされれば、100ドルPCのコストは容易に2〜3倍に増加してしまう。Negroponteはさまざまな反対論を退け、2〜3の地上インターネット回線を共有する1000台のPCが自動的に接続しあうようなシステムを思い描いている。このシステムはたしかに理屈の上では素晴らしいが、実際にそのシステムを自分の目で見るまでは、そうしたものがうまくいくとは信じられない。
では、MicrosoftとNegroponteは互いに協力する道を模索したらどうか。2人ともそれぞれのプロジェクトについて真剣に考えているではないか。
私はいまでも、Microsoftの上級幹部(地上からCraig Mundieへ、まだ着陸していませんか)から説明を聞こうとしている。おそらくNegroponteがオープンソースソフトウェアを選んだことで、Microsoftは独自路線を進むべきだと確信したのだろう。先ごろThe New York Timesで掲載されたある記事によると、NegroponteがWindows CEのようなMicrosoft製OSの代わりにRed HatのLinux採用を決めたことについて、Gatesは内心苦々しく思っているという。
さらに、この先にはもっと別の障害もある。しかし、革命的なアイデアはどれも難題にぶつかるものだ。そこで必要なのはコンセプトを現実に変える方法を見つけ出すこと。世界の貧しい人々を、ビジネスをめぐる駆け引きや個人的なエゴから、再び落胆させることにでもなれば、なんと恥ずかしいことだろう。
著者紹介
Charles Cooper
CNET News.com解説記事担当編集責任者
CNET Japanの記事を毎朝メールでまとめ読み(無料)
地味ながら負荷の高い議事録作成作業に衝撃
使って納得「自動議事録作成マシン」の実力
ものづくりの革新と社会課題の解決
ニコンが描く「人と機械が共創する社会」
ZDNET×マイクロソフトが贈る特別企画
今、必要な戦略的セキュリティとガバナンス