Wikipediaはおそらく世界でもっとも知名度の高いオープンソース技術の応用例だろう。このオンライン百科事典は、多くのウェブユーザーにとって、調べ物には欠かせない道具となっている。
ボランティアが記事を執筆するというWikipediaのモデルは大成功を収めている。この自由に使えるウェブサイトでは、英語のものだけでも84万5000件を超える項目が掲載されている。また、同サイトには大勢の忠実なファンがついている。しかし、John SeigenthalerはWikipediaのファンではない。Seigenthalerは、John KennedyとRobert Kennedyの暗殺に自分が関わったという誤った記述がWikipediaにあることを知り、USA Today紙に寄稿した記事のなかで、そのことに対する怒りをあらわにした。現在78歳のSeigenthalerは、Robert Kennedy司法長官の補佐官を務めた人物だ。彼は、Wikipediaの創始者であるJimmy Walesにこの中傷的な記述を削除させたが、運悪く、この記事はそれまでに4カ月も放置されていた。
おそらく、こういった事件は、Wikipediaのようなオープンソースの運営方式をとっているシステムが支払わざるを得ない代償なのだろう。オープンソースの運営方式では、誰もが参加できるという強みが、同時にアキレス腱にもなってしまう。恨みを抱いている誰かが、歴史的事実を改ざんしたりもみ消したりする可能性が常にある。もちろんこれは、営利目的のプロプライエタリなシステムでも起こり得ることである。そして、オープンソース方式には、サイバースペースにある集団の英知がシステムを監視し、こうした間違いを早めに見つけることができるという救いがある。
もちろん、Seigenthaler自身がWikipediaに参加していれば、自分に関する記事を修正することもできたかもしれない。少なくとも、記事に対して誤りの修正を求めるコメントを投稿することくらいはできただろう。しかし、78歳のSeigenthalerにそれを求めるのは無理というものだ。彼の世代では、78回転のレコード板や真空管ラジオ、そして白黒のテレビが最先端技術だったのだから。それに、今日のように情報があふれ、さらに多くの情報が日々生み出されていることを考えると、Wikipediaの記事に自分のことが書かれているのを知る義務がSeigenthalerにあったとは思えない。この件を最初に知ったとき、おそらく彼はこう思ったに違いない。
「一体、このWikipediaというのは何だ?」
一方、若い世代にとって、ネット上にある情報を利用するのはごく当たり前のことだ。彼らがネット上の情報に依存する度合いは高まる一方で、行き過ぎではないかと思われるくらいだ。少しうるさい人なら、Wikipediaのようなオープンソース百科事典を正式な参考文献として利用することを小馬鹿にするかもしれない。しかし、世界中の何百万という人たちが、 Wikipediaをそのような目的で利用しているのも事実だ。
今日、家に帰る途中にでも、少し考えてみてほしい。これまでとは違う形の「真実」としてWikipediaが当たり前のように受け入れられている未来のことを。大衆の知恵が大きな影響力を持つようになった結果、「知識の本質とは何か」を考え直す必要が生じているのだろうか。インターネットが浸透するのに伴って、こうした議論に耳を傾ける人も必然的に増えるに違いない。
確かに、認識論的な修正主義はいつの世も存在する。私が子供の頃、1920年代の百科事典で、人種の違いに関する記述を見つけたことがある。数十年後に誰かがこの記述を読み返したなら、人種差別同然とまでは思わなくても、ばかげていると思うだろう。しかし、当時は、そうした記録を修正したいと思っている人たちがいても、出版社にそうさせるだけの力がなかった。ところが、いまではインターネットに接続できる人なら誰でも修正ができる。
われわれはまだWikipediaがもたらした新しい秩序に慣れようとしている最中であり、Seigenthalerの件はこうした議論を公平にさばくことの難しさを浮き彫りにしている。Wikipediaの表向きの目的は、「真実」を伝えることである。しかし、「真実とは何か」という本質的な問いは、プラトンやアリストテレスの昔にまでさかのぼるものだ。そして、この問題は現在までわれわれを悩ませて続けている。
著者紹介
Charles Cooper
CNET News.com解説記事担当編集責任者
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