米国の競争力の根幹部分を支える特許システムが、いま重大な危機に瀕している。
米国の特許許可システムは、資金不足と膨大な仕事量が重なって危機的状況に陥っている。これは、米国のテクノロジー企業や起業家、さらには米国経済にとって問題以外の何物でもない。
米特許商標庁(U.S. Patent and Trademark Office:USPTO)が人員不足と資金不足に陥っていることは、米国のコンピュータ企業や先端テクノロジー企業にとって、とりわけ大きな問題だ。企業が次世代の技術に投資することができるのは、強い特許によって、自らが開発した技術に対する保証と開発の動機付けが得られるからこそである。それがなければ次世代技術への投資はあり得ない。投資がなければ、米国の技術革新は遅れ、雇用も創出されない。
先ごろ会期が終了した連邦議会でも、この問題に対して安易な解決策が示されたにとどまっている。議会で可決された法案(H.R. 1561)は、USPTOの財源となっている特許出願料を引き上げるというものだ。しかし問題は、資金がUSPTOから無関係の政府関連事業に流れてしまっている点にある。議会はこの厄介な問題を棚上げにしてしまったのだ。
USPTO は完全に人手不足に陥っている。USPTOの幹部の話によると、このまま人員不足が続けば、今後5年間で14万件以上の特許が許可されないままになるという。特許が降りるまでにかかる時間は約18ヶ月ということになっているが、一部の技術分野では現在4年近くにもなっており、2008年までにはさらに倍の8年になる可能性がある。現在のUSPTOの予算では、資格を持った特許審査官による初期審査の積み残しが、現在の47万5千件から100万件に増えることになる。
要するに、米国の特許システムは膨大な仕事量と低予算に、機能停止寸前の状態なのである。
こうした特許処理業務の遅れと不確実性のせいで、特許取得費用が上がるだけでなく、ビジネス計画と投資への不安も拡大している。特許で保護されないのでは、数百万ドルかけて革新的な技術を開発する企業などいなくなってしまう。
特許出願の対象となる発明が複雑化していることも、事態の悪化に拍車をかけている。機械的な発明の特許は比較的単純なことが多い。しかし、現代の特許出願分野は遺伝子工学や複雑なコンピュータ技術、ナノテクノロジーなど、多岐に渡っている。こうした分野の研究開発はここ20年ほどで急速に伸びてきたものだ。
特許出願の数がこれほど膨大になると、USPTOは十分な査定や審査をせずに特許を簡単に認めてしまう可能性がある。しかし、それでは事態は悪化するばかりだ。特許といえるのかどうか疑わしい技術に簡単に特許が降りるようになると、特許システム全体の信頼性が損なわれ、(そうした似非技術をめぐって)訴訟が起こる可能性も高くなる。
企業側はここ数年、特許出願料を上げるように議会に迫ってきた。USPTOは、特許出願料やその他の利用料だけで運営されているため、そうした料金を引き上げて同庁に必要な人員と資金を供給することを企業側は支持してきた。ただし、そうした特許関連費用の引き上げを支持する代わりに、企業側はある条件を提示している。それは、そうして得られた財源をUSPTO以外の事業に回さないということだ。
USPTOからの資金の流用を議会が容認しているのは大問題だ。1992年以来、USPTOに入った約7億ドルの料金収入が無関係の政府関連事業に流用されてきた。これだけの資金があれば、同庁の特許出願処理を迅速化し投資に拍車をかけることができたはずだ。また、特許に対する審査の質も向上し、訴訟費用の削減にもつながっただろう。
連邦議会は、会期終了間際に特許料の引き上げを可決した。しかし、膨大な資金の流用は今後もおそらく続くだろう。実際、特許料引き上げ法案の中でも、特許料金収入のうち3000万ドルをUSPTO以外の事業に流用することが認められている。これは、これまでの流用額に比べれば確かにささやかなものかもしれないが、今のUSPTOにとってはその3000万ドルでさえ必要に違いない。
現在米国が直面しているさまざまな事情を考慮すると、USPTOが特許出願料をすべて同庁の運営に使うことができないことは明白だ。国内企業はこのことを強く憂慮し、発明に対して課税されてもかまわないとしている。
連邦政府に対して、特許出願料を本来の用途--つまり世界に誇る特許システムを通じて技術開発に対するインセンティブを保護および維持することのみに使用することを求めるのは、至極当然のことである。それをしないことは投資家と企業家に対する裏切りであり、米国の競争力と生産性を低下させることになる。
筆者略歴
Herb Wamsley
Intellectual Property Owners Associationのエグゼクティブディレクター
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