昨年暮れのボーナス商戦の主役は「デジタル家電」だったそうである。特に人気を集めたのが、液晶テレビ、DVDレコーダー、デジタルカメラの「三種の神器」で、液晶テレビは前年比50%増、DVDレコーダーは倍増と、ITバブルのころを上回る勢いだ(図)。三種の神器という言葉に「高度成長期の夢よもう一度」と願う家電業界の思惑がうかがえるが、はたして今度の三種の神器は、昔の家電製品(テレビ・冷蔵庫・洗濯機)のように日本経済の成長の原動力となるだろうか?
パソコンと半導体の教訓
今度の三種の神器が昔と違うのは、その中身が家電製品というよりもコンピュータだということだ。液晶テレビは膨大な半導体を並べたものだし、デジタルカメラはレンズ以外ほとんど半導体である。DVDレコーダーに入っているハードディスクは、最大250ギガバイト(テレビ番組の100時間分以上)もある、かつての大型計算機センターに匹敵する巨大なものだ。だから、その産業構造も、家電よりもパソコンや半導体に近づいていくと考えたほうがいい。
これは、日本にとってはあまりよいニュースではない。パソコンも半導体も、日本が世界市場で競争に敗れた分野だからである。1980年代、IBM-PCによって世界のパソコンが標準化され、モジュール化された部品をグローバルに調達して組み立てた低価格のPC互換機が世界中に登場したとき、日本のメーカーだけは「PC-9800」や「FMタウンズ」などの独自規格にこだわり、世界に通用しないローカル商品を作り続けた。1990年代になって、ようやくPC互換機(DOS/V)を作り始めたころには、世界の部品工場はアジアに、組み立て工場は米国に集中して、日本メーカーの居場所はなかった。
半導体では、1980年代に日本は世界のDRAM(半導体メモリ)の8割を生産する圧倒的優位を誇り、貿易摩擦の原因ともなった。しかし1990年代になって、半導体製造装置や設計ツールの進歩によって技術がモジュール化されてアジアに移転され、韓国や台湾との価格競争が始まると日本勢は総崩れとなった。今ではDRAMを作っているのは日立とNECの合弁で作られたエルピーダメモリだけだ(ディスカッションペーパー参照)。日本が得意とするデジタル家電用の「システムLSI」も、いずれコモディタイズ(日用品化)することは避けられない。
「鎖国」ではなく、アジアのコンテンツ流通の「ハブ」になる政策を
デジタル家電のもう1つの特徴は、国境や業界の壁を超えて競争が始まっていることだ。すでに大手パソコン・メーカー、デル、HP、ゲートウェイなどが液晶テレビの販売を開始している。デルの液晶テレビの最低価格は699ドル(約7万3000円)、米国内のシェアは3割に達している。その生産を請け負っているのは中国や台湾などの企業である。液晶が世界的に流通したため、開発投資を行わずに部品を安く調達して組み立てる、かつてのIBM-PC互換機と同じような競争が起こっているのだ。
これに対して、一部で唱えられているように「日本発の標準」で市場を囲い込もうとするのは、パソコンでの失敗を繰り返すもとになる。重要なのは要素技術ではなく、それを組み合わせるアーキテクチャ(設計思想)の競争である。インターネットや携帯電話の教訓は、NTTドコモの「iモード」のようにプラットフォームを開放し、多くのアプリケーションやコンテンツが出てくるしくみを作った者が勝つということである。
デジタル家電の成功の鍵も、コンテンツである。いくらデジタル家電が単品として売れても、それにふさわしい新しいコンテンツが出てこないと、産業としての広がりは生まれない。幸い日本には、ゲーム・アニメなど水準の高いコンテンツ産業と、世界一になったブロードバンドのインフラがある。これをデジタル家電と結びつけ、たとえばDVDレコーダーに世界中の映像や音楽をブロードバンド配信してハードディスクに蓄積するシステムを作れば、リアルタイムに「放送」しなくてもよいので、多くのクリエイターが作品をブロードバンドで配信でき、消費者の選択の幅も大きく広がる。
ところがコンテンツをもつテレビ局やレコード会社が既得権を守ろうとしているため、液晶テレビで見られるのは、アナログと同じ番組を流す「地上デジタル放送」だけで、その番組はブロードバンド配信が禁止されている。おまけに政府も、著作権法を改正してCDの輸入を制限する「レコード輸入権」などの政策で囲い込みを推進している。このままではコンテンツがボトルネックになり、デジタル家電がコモディタイズしたら、バブルは終わりだろう。日本がアジアでリーダーシップをとるために必要なのは、このような「鎖国」政策ではなく、アジアのクリエイターに門戸を開放し、コンテンツをブロードバンドで世界に流通させる「ハブ」になることである。
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