数千万ユーザーを捉えたNapsterという現象※1
1999年にヘッドホンをしたネコのマークを関した一つのサービスがP2P技術を語る上での出発点だ。いうまでもなくこのサービスの名前はNapsterであり、当時ノース・イースタン大学の学生であったショーン・ファニング(以下ショーン)が大学のネットワーク上で仲間同志で音楽を簡単に共有できる仕組みが欲しいという強いニーズから生み出したものである。
Napsterという名は、ショーンのネット上のニックネームに起源を持つ。彼はメールアドレスやIRCでのハンドルネームにも"Napster"を用いていたのである。1998年(大学1年時)からプログラミングを始めたショーンは、しばらくすると友人たちから不満の声を耳にすることになる。友人の多くはMP3を聞くのが好きで、MP3を見つけるためにはmp3.lycos.com等のインターネット・ポータルの検索サービスを使っていたが、その使い勝手の悪さに辟易していた。何故なら、検索結果のリンクはデッドリンクが多く、索引も古いものばかりで、mp3関連サイトオーナーもサイトメンテナンスを怠っているケースが目立ったからだ。そこでショーンは音楽好きの学生にとってのこの切実な問題を解決しようと考えたわけだ。
ショーンの後日Napsterと名づけられるソフトウェアが、以前のソフトウェアと決定的に異なるのは他のユーザーのMP3ファイルの場所をリアルタイムで共有しようとした点にある。それまでの検索エンジンは定期的にネットにロボットを送り出し、インデックスを作り上げていた。そしてこれらのロボットが検索してくるのは公開されているサーバー上の情報であるため、個人のローカルディスクに蓄積されているMP3のような情報を集めることは不可能だったのである。
ショーンの考えたソフトウェアでは、ユーザーが共有しても良いと考えていているファイルをリアルタイムにリストアップする。そしてこれらの各々のリストは一つの大きなインデックスにまとめられる。このリストは、ユーザーがシステムにログイン/ログアウトするたびに自発的(自動的)にユーザーによって作り出されることになる。従来の検索エンジンのアプローチであるロボットが必死に情報を集め時代遅れのインデックスを作り出す仕組みと、Napsterのユーザーが気にせずとも自動的にリアルタイムでMP3ファイルの最新インデックスが作り上げられていく仕組みが如何に異なった思想から作り出されているかが良く分かるだろう。
その後、学生から様々なフィードバックと歓喜の声を受けてNapsterは、ショーンとおじのジョン・ファニングによって1999年5月に企業として成長していくことになる。
ここからの成長は驚異的なものであった。Napsterの登録ユーザー数はサービス開始から11ヶ月で1000万人、14ヶ月で2000万人、16ヶ月で3000万人、18ヶ月で4000万人、19ヶ月で5000万人、20ヶ月で6000万人に上り、最終的には7000万を越えた※2といわれる。
今殆どの人が用いているであろうウェブメールの先駆けであるホットメール、同様にインスタントメッセンジャーであるICQとの比較を行えば、その成長カーブの勾配の凄さが明らかになる。ホットメールが1000万ユーザーを超えたのは17ヵ月後であり、2000万を越えるまでには24ヶ月以上を要している。ICQでも1000万ユーザー越えは17ヶ月、2000万越えは23ヶ月を要している。ホットメールとICQがNapsterに数年先駆けて展開され、インターネットユーザー数もそれほどいなかったことは事実であるがこの急勾配の成長カーブはNapsterの成長力を示すのには十分な事実として認められる。
では何故Napsterはこのように急激な成長を遂げることができたのか?多くの識者はMP3ファイルが無料である点に注目するだろう。私はこの無料という点がNapsterの成長カーブに寄与したという点にはそれほど重きをおいていない。私が重きをおくのは次の3点である。
一点目は「検索性能の高さ」である。これはショーン自身も語っているNapster誕生の源泉とも言うべき機能だ。 従来MP3を求めるユーザーの典型的な行動は、何らかのサーバーを探しそこで地道にファイルを探すというものであった。そしてこういったサーバーはメンテナンスされることもなく、いつ消えてもおかしくない状況にあった。それはMP3をサーバーで共有するというリスクがファイルを共有する個人にとってあまりに大きなリスクであると同時に、サーバーの負荷の高まりと共にサーバーの運営コストも高まるからである。結果として、こういったMP3を置くサーバーは極めて短命なものが多かった。
また、検索エンジンを使ってこれらのサーバーを探すのも大きな障害となっていた。従来の検索エンジンではリアルタイムでの検索は殆ど不可能であると同時に、個人が持つローカルディスクの中にある無数のMP3ファイルの存在を知る良しもなかったわけである。個人のディスクの中のMP3をリスト化し、そのリストをリアルタイムで検索できる。更に返ってきた検索結果リストに表示されたMP3ファイルへのリンクはデッドリンクがありえないのである。これは、Napsterはネットに「今」繋がっており且つNapsterソフトウェアがインストールされているコンピューターにしか検索をかけに行かないためである。この検索の容易さ、検索の確実さがNapsterを驚異的なサービスにしたことに疑いの余地はなかろう。
二点目は「使い勝手の良さ」である。Napsterのサービスを受けるために必要なプロセスは極めて短い。Napster.comに行きNapsterアプリケーションを手に入れ、ユーザー登録をし、アプリケーションをインストール。Napsterのインターフェイスの極めてシンプルな平たい画面にある検索ボックスと「Search」ボタンを見つけて、検索ボックスにアーティスト名や楽曲名を入れボタンをクリックするだけで至極簡単にMP3を手に入れることができるからだ。
一点目で示したMP3サーバーを探し出す手間と労力とのコントラストが見事だし、更に合法的な音楽配信サービスで必要な気が遠くなるようなプロセス −その原因の殆どが未熟且つユーザービリティが殆ど考慮されていないなDRMのせいだが− とは比較にはならない。
三点目は「IMを介したユーザー間コミュニケーション」である。Napsterではホットリストという機能があり、自分が求めているMP3を多く持つ嗜好が合いそうなユーザーを登録しておき、次回ダウンロード時に継続的に連絡を取り合うためのNapster版ブックマークとでもいうべきものだった。また、このリストを用いてチャットを行うことも可能であった。こういった不特定多数から少数特定のユーザーにコミュニケーションを限定し、密に付き合って共有を進めていく文化は、特に日本ではWinMXを通じて「ファイル交換文化」として洗練されていくことになる。
これら三つの重要な特徴はNapster以降の代表的なファイル共有サービスであるKazaa、Morpheus、WinMX等にも継承されて、更に各々が洗練され、現在のファイル共有文化を作り出している。
P2P技術とは一体何か?
このような7000万以上のユーザーを惹きつけたNapsterとそれに続くファイル共有サービスを支えた技術及び概念がピア・ツー・ピア(以下P2P技術)である。コンピューター同士が直接結びつき、お互いの情報を上下の関係なく参照し、転送しあうという点ではP2P技術という概念自体は決して新しいものではない。しかしながら、ケーブルを狭い範囲で結び付けていた時代から、その範囲が大学のキャンパスやオフィスといったやや広い範囲へ、そしてキャンパス間、オフィス間、更に地域間、国間等へと時代と共にインターネット・ワーキング技術が発展するにつれ、繋がるコンピューター間の距離は長くなり、結果、P2P技術というのは現実的な選択では無くなったのである。
その理由は、接続するコンピューターの数が増えれば増えるほど、ネットワークに接続する環境が一時的なものになったからだ。常時接続環境は提供する事業者も少なく、提供する事業者があっても高額であったため、多くのユーザーは既存の電話線とモデムを用いてダイヤルアップで接続し、ブラウジングやメール送受信といった特定の行動を行った後に切断するという利用形態を取っていた。結果として、あるユーザーがこのような利用形態を持つユーザーがローカルに持つデータを手に入れることは極めて困難であった。
P2P技術普及の前提条件は参加ノードが常時接続環境及びそれに準ずる環境にあることである。更に、クライアント・サーバーのように情報提供者であるサーバーと、情報受信者とが柔軟にその役割を行き来するためにADSLのような非対称型通信ではなく、対照型通信が好ましい。
日本では昨今のADSLの急速な普及に伴う1000万超のブロードバンドユーザー、米国でもCATVやADSLによる同様の拡大によってP2P技術アプリケーションの前提条件が整ってきている。その結果、P2P技術アプリケーションの代表的なものであるファイル共有アプリケーションであるKazaaのユーザー数は349万924人、iMesh 116万4091人、Winny+WinMX 118万4873ノード(Winny28万5000ノード、WinMX90万ノード程度)と成長を見せている。(slyck.com, 2003/09/22, p2p finder, 2003/09/01)。
P2P技術≠ファイル共有アプリケーション
今、私が最も危惧しているのは、P2P技術とファイル共有アプリケーションの同一視である。事実としてP2P技術アプリケーションの中で最も多くのユーザーを集めているのはファイル共有アプリケーションである。しかしながら、そこから生まれた様々な技術は洗練され、コンテンツ配信、グループウェア、分散コンピューティング等の事業分野が生まれていることを忘れてはならない。
この面で、Jnutella.orgを2000年から開始し、P2P技術の技術的な可能性、ビジネスの可能性を訴え続けてきたが、中々伝えきれない部分が大きく、自分の力不足を感じるところだ。加えて、P2P技術の優れた可能性を見極めずに安易に、違法なファイル共有アプリケーションと決めつめてしまう報道や、特定の利害関係に基づき一方的にP2P技術という技術そのものに制限をかけようとする動きも存在する。ハワード・バーマン下院議員の「P2P技術 Piracy Prevention Act」やオリン・ハッチ上院議員のファイル交換をしているコンピュータの遠隔破壊等はその一例である。
更にP2P技術をファイル共有と同一視している論者たちの主張に「ファイル共有はレコード販売に深刻なダメージを与えている」というものがある。私は決して違法なファイル共有を認めているわけではない。しかしながら、反対論者たちには主張を行うための根拠があまりにも伴っていないように感じるのである。二つの物事の関連性に関して疑問が残る。
米国の調査会社フォレスター・リサーチが行った調査で「Downloads Save The Music Business」というものがある。この中における主張は極めてシンプルである。2002年からみて過去2年間の音楽の15%売上減は違法な音楽ダウンロードだけでは説明できず、原因は、
日本でも同じことが言えよう。日本では同時期に最も急拡大したのは携帯電話ビジネスである。音楽を購入していた人がケータイに金を払ったから音楽関連売上が減ったとするのが自然ではないだろうか。実際、着メロビジネスの急成長を見れば明らかだ。JASRACの徴収額も2001年3.8億円から2002年には7.3億円に拡大している。
P2P技術が切り開く地平線
最後にP2P技術アプリケーションのファイル共有以外の事例を幾つか挙げて締めくくりとしたい。
Kontikiがその代表例である。同社では導入事例として米CNET Download.comを挙げている。CNET Download.comでは月間100TBのソフトウェア、ビデオが1000万ユーザーによってダウンロードされ、費用1TB当たり5000ドル=50万ドル/月がかかっていた。これをKontikiのDelivery Management System(DMS)に切り替えたところ大幅なコスト削減が図れたということだ。そして他にもPalm、Nextel、VeriSign等の企業でもコスト削減実績がある。
頻繁に移動を繰り返すPCやPDAのみで構成されるネットワーク・トポロジが安定しないネットワークがアドホック・ネットワークである。
この分野の代表的な企業であるMesh Networksの製品は、利用者のPC、PDAというデバイスをルーター化し、通常の無線LANカードを搭載したPCであれば、アクセスポイント(以下AP)を必要とせずに、瞬時にマルチ・ホップ可能な6Mbpsで通信できる無線ブロードバンドネットワークを作り出すことができる。ビジネス的な側面に注目すると、PC、PDA間をホップさせることで一つの無線LANのカバーエリアを広げることが従来と比べて遥かに安い値段でできることも意味する。
P2P技術における柔軟にネットワークトポロジーに対応できるルーティング・プロトコルと、NAT越えの技術をVoIPに用いているのが、Kazaaを世に生み出した技術者によるスタートアップ企業であるSkypeである。これまでのVoIPアプリケーションでは一般的にNAT越えを行うために面倒なルーターの設定やPCの設定が不可避であった。Skypeではユーザーがこの設定をまったくせずともクリアな音声通話が可能な仕組みを実現した。サービス開始から10月14日現在ダウンロード数は130万に上っている。
日本では更に進んだ企業がある。Skyley Networksでは、GnutellaとMANETのルーティング・プロトコルを用い、無線端末間で柔軟に構成されるメッシュ・ネットワーク上でVoIPを可能にした。これによりPDA上で1ホップ100m、5-6ホップが可能なので500-600m到達可能なP2P技術による音声通話ができる。
P2P技術を用いれば、様々な事業分野における業務が従来と比べて非常に安いコストで行うことができるばかりでなく、Skypeのようにまったく使い勝手が異なるような新しい応用分野も存在している。最後になるが、P2P技術の優れた可能性を特定の利害関係やエゴで閉ざしてはならない。できないことができるようになるというP2P技術を含めた技術革新を決して止めてはならない。技術革新に対して、できることをできなくするアプローチは愚の骨頂なのだ。
※1 ショーン・ファニングの証言についての詳細はJnutellla.orgのBlog移行版を参照されたい。 Jnutella: Shawn Fanningの証言
※2 Harris Interactiveによる。
RIETIサイト内の署名記事は執筆者個人の責任で発表するものであり、経済産業研究所としての見解を示すものではありません
CNET Japanの記事を毎朝メールでまとめ読み(無料)
ZDNET×マイクロソフトが贈る特別企画
今、必要な戦略的セキュリティとガバナンス
ものづくりの革新と社会課題の解決
ニコンが描く「人と機械が共創する社会」