地域の魅力を体感する醍醐味(2)--学生の視点から地方を学ぶ:前編

職業体験を通したプロジェクト学習

 前回述べたように、筆者の研究室では2015、6年の夏に、徳島県海陽町での1次産業のインターンシップに参加することとなった。漁業と農業の就労体験という名目だったが、海陽町自体全く地縁の無い場所であると共に、過疎指定されている自治体だということにも注目した。当時話題となって来ていた、第2次安倍政権の元での地方創生政策の実態調査という新たな研究課題を設定し、課題学習(PBL)形式で海陽町を学びのフィールドとして活動したのである。

 2泊3日の予定で昼は就労体験をして夕方にはその成果をまとめつつ、夜は現地の居酒屋やバーベキューなどの場で議論をするという、極めて贅沢な時間を過ごした。都市部で学ぶ学生にとって、実際の過疎地や限界集落など、全く想像もできなかった様々な物事に、大きなインパクトを感じたのは間違いだろう。

 実際にフィールドワークに参加した学生の多くが、そこで体験したことを切っ掛けに地方に対して深く関心を持つようになり、卒業研究をする結果ともなった。依頼をしてくれた海陽町側としては、もっと直接地元の活性化に繋がるような活動を期待していたとは思われる。その点から言えば、都市部の大学生をインターン名目で呼び寄せるのは、不本意な結果になったかもしれない。しかし明らかに都市部の学生には大きな学びともなったし、参加した多くの学生は、今考えれば海陽町の「関係人口」とも言うべき存在ともなっている。

 2期続けて現地を訪れた学生2名に、その時の事などを話してもらった。今でも当時のことははっきり覚えており、機会があったらまた訪れたい場所だとも言っていた。これはまさに関係人口以外の何物でも無いだろう。

 なお、その際に農業実習として訪れた、九尾という集落に我々は大きな関心を持つことになった。端的に言えば、そこまで抱いていた過疎や限界集落などのステレオタイプイメージが大きく覆されることになったのである。そしてより深くその場所のことを知りたくなり、その後も継続して3期ほど学生達と訪れることにしたのは学問的な興味関心によるが、なにより九尾という場所に強く惹かれた結果でもある。

 後述するように、九尾は海陽町の中山間部に位置する小さな集落である。豊かな自然とか、人情厚い人々といった、田舎にありがちな要素ももちろんあるが、それを超えた何かに惹かれたのである。都市部の学生からすれば、地方はどこも田舎としてひとくくりにして捉えてしまいがちだが、それぞれに固有の歴史や経済があり、人々の暮らしや思いがある。それは九尾という集落の持つ、時間の重みのようなものと言えるかもしれない。

地域の魅力を体感する醍醐味(2)--学生の視点から地方を学ぶ:写真1

 以下には、参加した学生2名に海陽町の海と山で学んだことなどを通して、都市部の学生たちが地方との接点に関して感じたことや、新たに得た知見などを述べてもらった内容だ。彼らがそれぞれ、学生時代に足を踏み入れた徳島県の集落や小さな漁港のことは強く印象に残っているらしく、現在は既に社会人としてそれなりの経験を積んではいるが、ついこの前のことのように語ってくれたのが印象的であった。

徳島県海部郡海陽町の概要

 徳島県海陽町は、2006年に海南町と海部町、宍喰町が合併して誕生した自治体である。県の最南部に位置し高知県と隣接している。面積は327.65km2キロメートルであり、県内で4番目に広大な市域を有している。市の北部には海部山地があり、全面積の9割が山地である。山間部から町内を縦貫する海部川が流れており、その流域で太平洋側の河口部に市街地が存在している。

地域の魅力を体感する醍醐味(2)--学生の視点から地方を学ぶ:写真2

 海部川河口に隣接する鞆浦漁港の鞆浦漁協が、藤沢弥生(仮名、29歳航空会社勤務)他計3名の実習先である。海陽町は漁業が盛んで、中でも鞆浦漁協は、徳島で一番大きな定置網(長さ1350メートル、幅100メートル)である大敷網を用いた漁法で知られている。

 海部川は、「平成の名水百選」にも選定されているが、高知県との境にある轟山を源流とする。海部川上流部の山岳地帯は、年間降雨量3000ミリメートルにも達する全国有数の多雨地域である。その源流点の西側に、もう一つの川、野根川の源流点がある。野根川は、徳島県から県境をまたいで高知県に至るが、海部川と同じ山系からなるため、川の長さや流れの形が似ていて、兄弟のような川だとも地元では言われている。

地域の魅力を体感する醍醐味(2)--学生の視点から地方を学ぶ:写真3

 その上流に位置する集落が、菅野有紀(仮名、29歳IT企業勤務)他、計3名の学生の実習先となった九尾である。最寄りの駅であるJR四国牟岐線阿波海南駅から約30キロの距離にあり、中山間部を経由して自動車で1時間半ほど掛かる場所にある集落だ。久尾地区概況によると、当地では山裾の平地を窪と呼ぶことから、久尾の地名もこれに由来すると言われており、4方山に囲まれた静かな集落である。現地実習した2015年7月時点で人口12人、高齢化率は73%という典型的な限界集落である。両名とも、同地区に2年続けて現地実習を経験している。

◆◆◆

都市在住の大学生が地方で学んだこと

――2人とも初めて訪れた四国の過疎地だったと思いますが、自称シティガールである(笑)皆さんにとって、海陽町やそれぞれの実習先には、どんな印象を抱きましたか。

藤沢:私は漁業に関しては全く知識が無く、漁師さんにも知り合いがいないので、まずはどのような人たちが漁業に従事しているのかに関心がありました。予想は出来たのですが、漁師さんは殆どが高齢の男性で、余り若い人がいないのが印象に残りました。ただし、実際には最近漁協に就職したという若い女性も数名いました。そうはいっても年齢構成のバランスの悪さは気になりました。漁港の周辺にではそれなりに人の姿は見かけるのですが、殆どが高齢者の上、自動車で移動するので、賑わっているという感じはしませんでした。予想以上に高齢化が進んでいるということに、改めて気づきました。

 羽田から徳島空港までは1時間ほどであっという間だったのですが、そこから倍以上の時間を掛けてやっと海陽町に辿り着いたという印象があります。現地の方が自動車で空港まで送迎をしてくれましたけど、それでもとにかく交通に不便だということを大きく感じました。徳島は公共交通機関が余り発達していないので、おそらく汽車(徳島は電化されていないので汽車と呼ぶ)で移動したら、乗り換えなど一段と手間が掛かるでしょう。海チームは港だからまだそれでも近かったのですが、私たち山チームは、そこからまた自動車で1時間半というとにかく距離感に圧倒されたという印象です。

――海陽町の実習先では、どんな作業を?

藤沢:私は、鞆浦漁港で漁協の方に海陽町の漁業の概要についていろいろ教えてもらったあと、漁業実習を2日間しました。魚の仕分けなどの作業のあと、漁獲物の処理や加工など、包丁を手にして六次産業を体験しました。また、漁師さんたちから漁業に使用される様々な道具や機器の使用方法を学び、さらに漁船に乗って実際の漁業活動にも参加しました。とは言っても、本格的なものではなく体験的なものでしたが、実際の漁業の一端にふれることができたと思っています。

地域の魅力を体感する醍醐味(2)--学生の視点から地方を学ぶ:写真4

菅野:私たちは九尾という本当に人里離れた山の中の集落に行って、農作業を手伝いました。九尾は四方を深い森のある山に囲まれた小さな集落で、棚田に植えられている寒茶という九尾特産の茶畑の手入れと、集落を流れる野根川沿いにある小さな田畑で、バターナッツという南瓜の一種の収穫の手伝いが主な仕事でした。ただ農業体験だったので、集会所で地元のおばあちゃん達とお昼ご飯を一緒に調理することなどが、とても楽しかったです。

地域の魅力を体感する醍醐味(2)--学生の視点から地方を学ぶ:前編 -写真

――実習先で新たにわかったこと、興味深かったことはなんでしょう。

藤沢:漁業の実習を通じて、海と触れ合う機会が持てたことで、東京圏では味わえない自然の美しさに感動しました。特に漁業は人々が協力しなければ成立しないため、その中での人間関係や温かさが新鮮に感じました。何より、地元の漁師さんに船に乗せてもらって、沖合で魚を獲るのがこんなに楽しいことだとは思いませんでした。漁師さんも漁が終わった後は、漁協に魚を納めてから自分たちで獲った魚を食べながら和んだ時間を過ごしているなど、漁業は1次産業の中では最も幸せな産業なのかもしれないと思いました。

 しかし実際には、漁業従事者の高齢化や漁業従事者の跡継ぎ不足などの様々な問題を抱えており、魚の価格の低迷や燃油高騰などが原因で、儲からない産業になっていることを目の当たりにしました。

 興味を惹かれたのは、そうした生産性の低さをカバーするために水産物に付加価値をつけて販売する「六次産業化」という取り組みです。「六次産業」自体、インターンに行くまで全く知りませんでした。漁業や農業などの一次産業従事者が、二次産業の加工、三次産業の流通、販売まで行う事業の仕組みのことで、語源は1(次産業)×2(次産業)×3(次産業)で六次産業と言うそうです。そもそも漁業は魚群の回遊なども変化するため、生産量が多い時もあれば過度に少ない時もあるそうです。生産が不安定であるうえに、非常に生産管理がしにくい産業ですし、新たに特別な水産物を作ることもできません。このような点から、漁業は六次産業に適しているということがよくわかりました。

菅野:山の中にある集落久尾には、余り広い農地はありません。中でも特徴的なのは、山肌に並んでいる棚田です。本来の意味で言えば、棚田は傾斜地にある稲作地のことですから、正確には段々畑にあたります。

地域の魅力を体感する醍醐味(2)--学生の視点から地方を学ぶ:写真6

 寒茶とは、12月から2月の寒い時期に茶葉を摘み取るお茶のことで、茶葉には水分が少なく、糖分など栄養を蓄えているので、煮出した時に甘みが増すそうです。実際に、農作業の合間や昼食の際に飲ませてもらいましたが、刺激の薄いスッキリとしたお茶でした。元々の起源は、平家の落人が持ち込んだとも言われているらしいです。摘み取りから仕上げまですべて昔ながらの手法で、一枚一枚手摘みしてつくるのですが、大量生産ができないので、地元では「幻のお茶」とも呼ばれています。

 棚田は外から見ると風情があって美しいし、山々の中に石積みが並ぶ様子は、何とも言えない日本の田舎を感じさせるものです。ところが実際に足を踏み入れてみると、一つ一つ手作業で積んだであろう石組が、傷んでいる個所もそこかしこにあります。実際に、この石組みの維持や保守だけでも相当に大変な作業らしいです。でも何より、石段の中にある耕地は、予想以上に狭く、さらに下の段までの距離も相当なもので、足がすくむほどでした。その中での茶畑の草むしりや無駄な葉をもぎ取る作業は、本当に大変な思いをしました。

地域の魅力を体感する醍醐味(2)--学生の視点から地方を学ぶ:写真7

 他に小さな畑で、バターナッツという南瓜の収穫作業も手伝いました。この作物は、元々この土地にあったものではなく、地元の生活改善グループが何十年も前に九尾の気候風土に合ったものとして見つけ出してきて、耕作が開始したそうです。

 ここで一番気になったのは、私たちは農業体験という名目で九尾に出向いたわけですが、正直に言えば、この土地が農業の場所だとは、到底思えなかったということです。寒茶は幻扱いされているし、バターナッツも大々的に栽培しているようには思えなかったし。二回目に伺った時、どうしてもその疑問が拭えなくて、役場の人やおばあちゃんに聴いたりしたのですが、どうもよくわからなくて、結局卒業研究にまでしてしまいました。

 「波乗りオフィスへようこそ」(前回参照)の明石監督が学校にインタビューに来た際には、その辺りの話にも関心を持ってくださって、おばあちゃんとのやりとりなどが映画の中のシーンになっていたのは、ちょっと嬉しかったです。

 ただ、九尾は限界集落とは聞いていて、確かに人口減少や農業の担い手不足など、深刻な問題を抱えているのは間違いがない話なのですが、シティガールだった私たちが抱いていた「廃村を待つだけの高齢者だけの覇気のない地域」というイメージは完全に裏切られました。当時80歳代のおばあちゃんは勢いよく棚田を登って行くし、私たちはついていくのがやっとでした。お年寄りは元気がないというのはあくまで都市部の話だし、限界集落は消滅を待つばかりということではなく、長い時間生き残って来た地域なのだということが、改めてよく分かったのが大きな収穫です。

地域の魅力を体感する醍醐味(2)--学生の視点から地方を学ぶ:写真8

CNET Japanの記事を毎朝メールでまとめ読み(無料)

-PR-企画特集

このサイトでは、利用状況の把握や広告配信などのために、Cookieなどを使用してアクセスデータを取得・利用しています。 これ以降ページを遷移した場合、Cookieなどの設定や使用に同意したことになります。
Cookieなどの設定や使用の詳細、オプトアウトについては詳細をご覧ください。
[ 閉じる ]