毎年約1000を超えるスタートアップや新たなプロジェクトが誕生し「Startup Nation」と呼ばれるイスラエル。国民1人あたりのユニコーンの数は人口100万人あたり5.2社と最も多く、シンガポールの1.8社、米国の1社、カナダの0.37社を大きく引き離し、500社以上のグローバル企業が研究開発拠点を構えている。
イスラエルスタートアップエコシステムが飛躍的に成長した背景には、「政府による充実したスタートアップ支援策」があることや、「最先端技術の開発を担う優秀なエンジニア」を数多く輩出し、「失敗を受け入れ、失敗から学び、リスクを取る」文化が大きく影響している。研究開発に係る国内総支出はGDPの5.4%と20年間世界第1位を維持し、2021年の総資金調達額はコロナ禍でありながら過去最高の276億ドル(約3兆330億円)に達している。
2023年1月下旬から2月初旬にかけて、イスラエルのテルアビブでは、「Cybertech Global Tel Aviv 2023」「DLD Tel Aviv Festival 2023」という国内最大級の2大カンファレンスが開催され、期間中は世界各国の大企業や起業家、投資家、専門家などが一挙にイスラエルを訪れた。イスラエルスタートアップの海外進出、日本企業との提携や出資件数増加に伴い、2023年も日本企業の新規事業担当者や投資部門などを中心としたビジネスパーソンが数多く参加した。
本稿では、2014年からイスラエルに本社を置き、日本とイスラエル間のイノベーション創出に携わる筆者が実際に両カンファレンスに足を運び、現地で収集した情報やインタビューを元に、世界中から注目を集めるイスラエルスタートアップの最先端テクノロジーについて紹介する。
サイバー犯罪による被害額は毎年増加の一途を辿り、2020年は世界で総額4兆円以上、2025年には総額17兆6000億円にも達すると予測される。日本も例外ではなく、トヨタやホンダ、日経新聞米子会社など、十分なセキュリティ対策を実施しているはずの大手企業においてもサイバー攻撃の被害が相次いだ。このような事態を受け、日本政府は重要インフラ企業に対し、サイバー防衛対策の実施を義務化する方針を掲げているが、日々増大するサイバー攻撃の脅威から日本企業を守るためには、さらなる取り組みが必要とされる。
1月末、世界有数のサイバーセキュリティ企業や研究機関の本拠地でもあるイスラエルでは、サイバーセキュリティ関連の国内最大イベントとなるCybertech Global Tel Aviv 2023が開催された。当カンファレンスはイスラエルの都市であるテルアビブをはじめ、ローマ、東京、シンガポール、ドバイ、ニューヨークなどでも開催され、世界中の業界関係者、専門家が集い、サイバーセキュリティ分野の最新技術、ソリューションや業界動向に関する発表、議論、展示が行われた。
スポンサーを務めたNTTをはじめ、日本からも数十社が参加した。総勢153社が出展したブースでは、サイバーディフェンスや金融サイバー、自動車サイバーなどさまざまな領域における最先端技術が披露され、参加者の注目を集めた。
C2Aは、イスラエルに拠点を置くサイバーセキュリティ企業で、コネクテッド、自律、電動モビリティを実現する自動化サイバーセキュリティソリューションに特化し開発している。同社 VP MarketingのDvir Reznik氏によると、同社の主力製品であるDevSecOpsプラットフォーム「EVSec」は、自動車の設計開発段階にも適用することが可能で、自動車開発に必要なすべてのセキュリティプロトコルに自動で対応することができるという。
そのため、EVSecはサイバーセキュリティに特化した専門家や部署を不要とし、効率的且つ合理的なサイバーセキュリティ技術の元、大規模なソフトウェアの安全な管理が可能だ。
また、同社は2023年1月にNTTデータとの提携を発表している。コネクテッドカーのシステムをサイバー攻撃から守ることを目的としたNTTデータのプロジェクトにおいて、自動車OEMなどのNTTデータが抱える世界中の顧客に、同社のVSOCソリューションが提供されるという。ハイブリッドクラウドベースのデジタルツインから得られる誤検知やアクション可能なデータを強みに持つ同社VSOCが、NTTデータのSOC性能をサポートすることが期待される。
最先端の体験型学習ツールを活用し、従業員のサイバー意識向上を支援するNewledgeは、Cybertechで最も参加者の注目を集めた企業の一社だ。同社のプラットフォームは、複数のチャンネルからアクセスできる独自のバーチャル体験を作成し、従業員を仮想現実に引き込み、楽しみながら学べるユニークな社員教育を提供する。
このVRプラットフォームは、実世界のシナリオや課題をシミュレートするように設計されており、ユーザーはVRゲームを観戦するなど、安全かつ制御された環境でサイバーセキュリティの知識を実践、応用することが可能となる。さらに、あらゆる業界、組織の具体的な要件に合わせカスタマイズできるサイバーセキュリティに対する意識向上トレーニングプログラムも提供する。
すでに大手ハイテク企業のアムドックスをはじめとするグローバル企業や保険会社、官公庁などが同社のプラットフォームを活用している。サイバーセキュリティに対する意識を向上させ、従業員がオンラインで安全に過ごすために必要な知識とスキルを身につけたいと考えている組織にとって、効果的なツールとなることだろう。
Cybertechに続き、2月1〜2日まで、テルアビブでは国内最大級となるスタートアップの祭典となるDLD Tel Aviv Festival 2023が開催された。 DLDはテクノロジー、スタートアップ、クリエイティブ各界から影響力のある人物を集めて毎年開催されるテクノロジーの祭典で、世界有数のイノベーション・ハブであるテルアビブ最大級のカンファレンスとして知られている。
世界中が注目する同カンファレンスは、最先端技術の展示や業界の最新トレンドについての議論が行われた。中でも、Open.aiの生成型AIチャットボット「ChatGPT」の世界的な大成功により可能性を広げたAIの未来に関するセッションや、フードテックに関するセッションが参加者の注目を集めた。
培養肉の生産に特化するイスラエルのフードテック企業Aleph Farmは、2025年までに90億人に達すると予想される人口増加に向け、食糧生産プロセスの変革を推進する。培養肉は、動物そのものを食用として育てる場合とは違い、動物から取り出した少量の細胞をもとに生産するため、従来の畜産業で発生する温室効果ガスの排出を92%、放牧地等の土地を95%、水の使用を78%、それぞれ大幅に削減できる可能性を持つとして注目を集めている。
同社はすべての動物に備わる組織再生プロセスを用いて、制御された条件下で培養肉を生産しており、従来の食肉生産過程で発生する病気や汚染物質のない、無菌環境で食肉を生産できる。その結果、抗生物質やホルモン剤を使用しない、より安全で健康的な製品の製造が可能となる。
2019年に同社は、国際宇宙ステーション(ISS)において、小規模ではあるものの、培養肉の概念実証の生産に成功した。無重力環境での培養肉生産が可能であることを実証したことで、需要の高まりを見せる持続可能な食糧供給ソリューションとして、同社の培養技術が注目を集めている。
最後に、近い将来医療のあり方を大きく変える可能性を秘めるTissue Dynamicを紹介する。同社は、外科手術中の軟部組織の3D画像を作成し、外科医に対してリアルタイムで提供可能な臓器チップを開発しており、既に複数の臨床試験を完了し、医療機器メーカーとの提携も取り付けている。組織の状態をより正確かつ詳細に把握できるため、合併症のリスクを低減し、より精密な手術を可能とする。
また、同社は2022年12月、「DynamiX a Bionic Multi Organ-on-Chip Bioanalyzer」をリリースした。細胞培養や動物実験などの従来の生体システム研究方法には限界があり、人体のおおまかな近似値しか得られないが、DynamiXのマルチオーガン(多臓器)チップによるアプローチは、人体のバイオニック表現を作成し複雑な生体システムの動的かつリアルタイムビューを提供する。
この技術は創薬や疾病研究のスピードと精度を大幅に向上させることから今後動物実験に取って代わる可能性もあり、業界の倫理基準向上にもつながると期待される。
イスラエルの強力なスタートアップエコシステムは、社会的ヒエラルキーを考えずに自分の意見を言える自由闊達な社会の雰囲気と、失敗は恐れるものではなく成功へのプロセスとして捉えるマインドセットに起因していると筆者は考える。横のつながりがビジネスの拡大を加速させ、失敗してもまたチャレンジする姿勢が結果的に成功を牽引してきたのであろう。
歴史的に見ても、一国の経済発展の基盤は、外国文化に門戸を開き、オープンマインドで新しい文化や知識を身につけることで成り立ってきた。日本経済が長期停滞期に入りつつある今、イスラエル企業とのコラボレーションを通じ、第2のソニーやトヨタが誕生し、日本経済のブレークスルーとなるような未来を期待したい。
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