「デジタル通貨」とは何か?--メリットや種類、海外動向を解説

山岡浩巳(フューチャー取締役 兼 デジタル通貨フォーラム座長)2022年01月31日 08時00分

 デジタルエコノミーの広がりとともに、デジタル通貨が世界的に注目されている。そこで、デジタル通貨の概要や、これがもたらすメリット、さらにはデジタル通貨を巡る世界の動向などについて、3回に分けて解説したい。

デジタル通貨の概要

 「デジタル通貨」には必ずしも決まった定義があるわけではない。仮に「デジタル形態の支払手段」全てをデジタル通貨と呼ぶならば、クレジットカードや銀行振込なども含まれ得る。しかし、これらが「デジタル通貨」と呼ばれることは少ない。

 また、ビットコインのような、独自の単位(ビットコインの場合は「ビット」)で表示され、特定の発行者を持たない暗号資産も「デジタル通貨」と呼ばれることは少ない。これらの暗号資産は価値の変動が激しいため、もっぱら投機的な投資の対象となっており、支払手段として使われるケースは稀である。このため、かつての「仮想通貨」との呼称も「暗号資産」に変更された。

 このため、「デジタル通貨」とは、(1)デジタル化され、(2)ドルや円などの国家が発行する「ソブリン通貨単位」と結びつけられ、(3)広く支払いに使える手段、を指すことが多い。また、QRコードやNFC(近距離無線通信)、ブロックチェーンや分散型台帳などのデジタル技術の活用と絡めて注目されることがほとんどである。

デジタル通貨の種類

 デジタル通貨は、発行者の違いなどにより、いくつかに分類できる。

 まず、民間企業が発行するデジタル通貨である。有名なものとしては、米国の「PayPal」などが挙げられる。

 とりわけ最近では、「ビッグテック」と呼ばれる巨大テック企業が提供するデジタル支払手段が注目を集めている。その典型としては、中国の阿里巴巴(アリババ)の子会社、アントグループが提供する「Alipay」や、同じく中国の騰訊(テンセント)グループが提供する「WeChat Pay」、東南アジアのGrabやGoJekが運営する「GrabPay」や「GoPay」などが挙げられる。また、今後の可能性としては、民間銀行が自らの預金にブロックチェーンや分散型台帳技術を応用する形態も注目されている。

 次に、暗号資産が裏付け資産を持つことなどにより、ソブリン通貨に対する価値の安定を図る「ステーブルコイン」が挙げられる。

 この中で近年話題を集めたのは、米国のFacebook(現Meta)が主導する形で2019年に計画が公表された「リブラ」である。リブラは複数の通貨建ての安全資産を裏付けとすることで、これらの通貨バスケットに対する価値を安定させることを狙ったものである。

 もっとも、リブラ計画には各国当局から強い警戒感が示され、リブラは名称を「ディエム」へと変更し、現在では米ドル建てのステーブルコインの発行を目指している。米ドル建てのステーブルコインとしては、他に「USD Coin(USDC)」などが挙げられる。ステーブルコインについては、その支払決済手段としての可能性に鑑み、これをいかに規制監督すべきかといった議論も活発に行われるようになっている。

 また、中央銀行が自らの債務として発行するデジタル通貨は「中央銀行デジタル通貨(CBDC)」と呼ばれる。中央銀行デジタル通貨は、2020年にはバハマ、2021年にはナイジェリアによって発行されている。また中国は、2020年より国内主要都市において、中央銀行デジタル通貨「デジタル人民元(e-CNY)」の試験発行を開始しており、2022年2月の北京冬季五輪の会場でも試験的流通が行われる。

デジタル通貨の比較図(出典:デジタル通貨の世界観共有 各国の事例紹介)
デジタル通貨の比較図(出典:デジタル通貨の世界観共有 各国の事例紹介)

デジタル通貨のメリット--現金コストの削減

 デジタル通貨がもたらし得るメリットとしては、まず、現金に関わるさまざまなコストの削減が挙げられる。

 現金は、搬送や保管、警備などに相当なコストがかかる。例えば、現金を受け入れるには、レジを設置し、釣り銭を用意し、店員を習熟させなければならない。また、盗難のリスクもあることから、現金は常に誰かが監視し、夜間は金庫などに保管しなければならない。このため、現金の減少が進んでいるスウェーデンなどの国々では、「現金お断り」を掲げる店舗が増えている。

 現金関連のコストは、経済のデジタル化に伴い、ますます強く意識されるようになっている。例えば、さまざまなデジタル資産がネット上で広く取引され、業務のデジタル化も進む中、支払いにおいては現金の物理的な受け渡しが必要となると、取引の効率性が大きく低下してしまう。

 この点、現金の代わりに広く使えるデジタル通貨があれば、経済社会的なコストの削減につながる。また、新しいデジタル資産の取引などを効率的に行うことも可能になる。

金融包摂の推進

 デジタル通貨のメリットとしては金融包摂(きんゆうほうせつ、financial inclusion)、すなわち、貧困層や僻地などへの金融サービスの普及も挙げられる。これは、とりわけ新興国や途上国で重要な政策課題である。これらの国々では、これまで便利な支払手段がなかったために経済や社会の発展が阻害されていた地域も少なくない。例えば僻地での通信教育などは、そもそもお金を払う手段がないと受けられない。

 金融包摂は従来から世界の課題であり、有名なバングラデシュのグラミン銀行も、そうした課題への取り組みのひとつといえる。かつて金融包摂といえば、僻地での銀行店舗の開設や貧困層への銀行口座の提供などが課題であったが、今ではスマートフォンが世界中に普及している。世界銀行の調査によれば、全世界に銀行口座を持たない成人は約17億人いるが、そのうち11億人以上は既に携帯電話やスマートフォンを持っている。そして、これらの媒体を用いるデジタル決済手段の普及が、近年、金融包摂を大きく進めている。有名なものしては、ケニアの「M-Pesa」などが挙げられる。

 金融包摂は先進国にとっても課題となる。例えば、海外からの移民や出稼ぎ労働者が銀行口座を持てず、家族などへの国際送金に高額なサービスを利用せざるを得ないことが問題視されている。この中でデジタル通貨は、安価で効率的な国際送金を実現する手段としても期待されている。

データの活用と幅広いサービスの連携

 デジタル通貨は、情報やデータの活用、さらには幅広いサービスの連携を進める手段にもなり得る。

 現金は、その紙や金属の上に「価値」の情報しか持たない。銀行券を発行する中央銀行も、銀行券を今、誰が持っているのかはわからない。このことは、現金に「匿名性」を与えている一方、「誰が、いつ、どこで、何を買ったか」といった情報やデータを収集し活用するツールにはなりにくい。

 これに対し、デジタル通貨では「誰が、いつ、どこで、何を買ったか」といった情報を収集し、活用することも可能となる。もちろん、このようなデータの収集をポイントカードなどで別途行うことも可能だが、支払いのたびに「ポイントカードはお持ちですか」と尋ね、提示してもらうことは煩雑である。この点、支払手段にデータの処理機能も組み込めば、人々に負担を感じさせずにデータを集められる。

 デジタル通貨は、さまざまなサービスを連携させるネットワークにもなる。例えば、巨大テック企業が提供する広範なサービスを、この企業が提供するデジタル決済アプリで全て支払えるようにすれば、いったんアプリをダウンロードした人々を、その企業が提供する他のサービスにも誘導できる。これを通じて、サービス間の連携も強化できる。

 近年、“GAFA”や“BAT”といった巨大テック企業は一斉にデジタル決済の分野に参入している。これは、決済サービス自体から収益を上げるというよりは、データの収集や活用、さらには広範なサービスを連携させるツールとしてのデジタル通貨に注目しているわけである。

デジタルエコノミーの発展

 これらの機能を通じて、デジタル通貨は、新しいデジタルエコノミーの拡大や経済の発展、そして人々の生活向上に貢献し得る。

 近年登場しているデジタル経済活動のほとんどは、支払いもデジタル化されることを前提としている。例えばUberは、目的地に着いたら支払いも自動的に完了することが利便性を高めている。また、MaaSの「ラストワンマイル」として注目されている乗り捨て自転車サービスでは、現金で代金を徴収することは難しく、また、サービスの提供側は、今、誰がどの自転車を使っているのかを把握しなければならない。このためには、やはり支払いがデジタル化されている必要がある。

 このように、「シェアリングエコノミー」や「アズ・ア・サービス」などの新しい経済活動を発展させる上で、デジタル通貨は大きな貢献を果たし得る。さらに、最近ではNFT(Non-Fungible Token)などの新しいデジタル資産が次々と登場し、メタバースやWeb3といったデジタル空間での経済活動が注目を集めている。これらが発展を遂げていく上でも、安全性と利便性の高いデジタル通貨が利用できるかどうかが大きな意味を持つ。

 通貨は、人間の生んだ偉大な発明といえる。人間は通貨を通じて、不特定多数人々との間での交換を可能とし、経済社会を構築してきた。

 登場当初は石や貝殻であった通貨は、その時々で利用可能な技術を取り入れながら、進歩を重ねてきた。鋳造技術の登場とともに鋳造貨幣が誕生し、紙や印刷技術の発達とともに紙幣が普及した。そして今、新しいデジタル技術の登場が、通貨のさらなる進歩を可能にしている。

 通貨に新たなデジタル技術を応用することで、新たな社会のニーズに応えられる可能性も広がる。脱炭素化が地球的な課題となる中、企業や個人がデジタル通貨を通じて自らの炭素排出量削減への貢献度を記録し、証明することもできるかもしれない。また、デジタル通貨を経由したポイントの賦与といったきめ細かな施策を通じて、地域創生などの政策目的に貢献できる余地も拡大するだろう。

 その一方で、通貨は常に「信用」に支えられ、その安定性を通じて人々の生活の向上に貢献してきた。デジタル通貨においても、通貨への信用と安定性はしっかりと維持していくことが求められる。

山岡浩巳

フューチャー株式会社
デジタル通貨フォーラム

フューチャー株式会社 取締役 兼 フューチャー経済・金融研究所長。ニューヨーク州弁護士。民間企業により構成される「デジタル通貨フォーラム」座長。86年東大法学部卒、90年カリフォルニア大バークレー校ロースクール修了。日本銀行調査統計局景気分析グループ長、企画室シニアエコノミスト、金融機構局参事役大手銀行担当総括、金融市場局長、決済機構局長などを経て現職。この間、IMF日本理事代理、バーゼル銀行監督委委員なども務める。

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