なぜ、うちの新規事業は結果が出ない?--イノベーションを阻む「組織マネジメントの罠」

長村禎庸(EVeM代表取締役 兼 執行役員CEO)2022年02月03日 09時00分

 デジタルテクノロジーの進化、ベンチャーキャピタル(VC)の台頭によるスタートアップ市場の盛況、クラウドファンディングなどの資金調達の方法拡大など、かつてないほど新規事業をつくるハードルが下がる中、大企業も含めさまざまな事情で企業が新規事業への挑戦する時代になりました。一方で、“新規事業をはじめたが、ビジネスが思ったよりも成長しない”という声をよく聞きます。

 新規事業創出にはまず、企画やアイデアが必要で、次にそのアイデアを仮説検証したものがインキュベーションし、なんらかのプロダクトといった形で小さく生まれます。0が0.1になるのです。その0.1から10、100と拡大し、収益化し、「事業」となるには、マネジメントの力が必要です。そして、新規事業創出に必要なマネジメントの力は、大きな組織をマネジメントする力とはまた異なるものが必要となります。

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 私は大企業だけではなく、メガベンチャーで事業や人事責任者を経験し、その後取締役最高執行責任者(COO)としてスタートアップを上場させた経験もあります。現在は、ベンチャーマネジメント理論を実践できるようになるためのトレーニングを経営者やマネージャーに展開するEVeMを運営しています。この会社もまだ生まれて1年と少しの「新規事業」ですが、急成長を果たしています。

 新規事業におけるマネジメントの苦悩は嫌という体験したからこそ、ベンチャービジネス特化のマネジメントの術を体系化し、“型”として伝えているのです。

 なぜ、ベンチャービジネス特化のマネジメントに需要があるのか。それは、世間一般で語られる安定した大きな事業を想定したマネジメントとベンチャービジネスのマネジメントは大きく異なり、大企業はもちろん、現役のベンチャー企業でも悩みが絶えないからです。では、両者はなにが違うのでしょうか? 以下の図1を見てください。

図1
図1

 大企業の新規事業も含む「ベンチャービジネス」は、新しく勃興した有望な領域での事業立ち上げを狙います。その有望な領域にたくさんのプレイヤーがひしめくわけですから、急成長を目指さない限り明日はありません。ゆっくり成長しようなどと言っていると、あっというまに他の事業社にその領域を奪われるでしょう。また、新しく起こった領域なのですから、環境変化も激しいです。業界のルールが変わったり、新たに強いプレイヤーが現れたり、短期スパンでの環境変化が起こり続けます。

 加えて、ベンチャービジネスはリソースも予算も限られた状態でスタートします。まだ結果を残していないのですから当然です。その状況を前提としたチーム運営が求められます。ベンチャービジネスは、生き残らなければ、そして勝たなければならないのです。

 そして、「うちは、図1の左『内乱を抑える』マネジメントだけでOK」と言い切れる企業などあるのでしょうか。不確実性の高い今という時代においては、歴史ある大企業を含む全ての企業は新しい事業を生む必要があり、その新規事業創出においては右の『勝利にこだわる』マネジメントが求められるでしょう。

 本連載では「なぜうちの新規事業は結果が出ない?イノベーションを阻む組織 マネジメントの罠」と題して、マネジメントの観点からなぜ新規事業がうまく成長しないのかを解説していきます。

【1】DX!新規事業!--初手で階層の多い組織を作った瞬間に失敗に片足

 よし、事業開始だ!チームを作ろう!——ということでチームを作るわけですが、階層の多い組織を組んだ時点で初手から失敗に近づきます。以下の図2を見てください。

図2
図2

 組織構造にはタイプがあるのですが、事業の立ち上げ時に図2の右「構造型組織」という階層の多い組織形態を選ぶと、“負け”が確定します。新規事業を創出する際は、発起人が全権限を持って、チームをスピーディに動かす「文鎮型組織」が向いています。理由は2つあります。

(1)責任者(=発案者)の「説明不可能なもの」が勝負を分ける

 新規事業のおもしろさは説明不可能なものです。「他人が聞いてもよくわからないもの」の中に、その事業を勝利に導くイノベーションが隠れています。メンバーと責任者の間にある階層が増えれば増えるほど、責任者(=発案者)は現場から離れるので、施策を考えにくくなります。また、間の階層にいるチームリーダーからメンバーへの伝言ゲームを行う必要があるため、責任者からチームリーダーへは「説明可能」なものしかチームに伝えられなくなります。

 新規事業の立ち上げは、責任者の頭の中にある、説明不可能なものをトップダウンで実行していきます。ですので、責任者と実行メンバーの間の階層は無くし、責任者の「他人が聞いてもよくわからないもの」が実行できるようにしていきます。

 ”偉い人”がぼんやり発案し、「こんな感じでやっといて」と早速階層を作り、自分でやるわけでもなく間のリーダーに任せようと考えているようなシーンをよく見受けます。間のリーダーに実質責任者と言えるような権限を渡すならまだしも、そのような権限を渡さずに任せる場合はたちが悪い。そのように考えている時点で、その事業に成功はありません。

 新規事業は必ず文鎮型組織とし、責任者(=発案者)が最初の1歩をトップダウンで、人任せにせず、自らも現場に出て、ハンズオンで行います。

(2)クイックに施策を変えていく

 環境変化が激しい中で新規事業を作るわけですから、当初思い描いたものがそのままリリースされ大成功することなどあり得ません。数々の失敗を早くして、その結果から早く学んで、早く修正するというサイクルを回す必要があります。その都度階層の各関係者と調整して、などとしていては進むものも進みません。文鎮型組織で、「リーダーとメンバーだけ」というシンプルな形にし、リーダーに権限委譲を行い、リーダーが不確実性の高い環境の中でもクイックに決断、修正できる体制にします。

 このように、「説明は最低限」「クイックに決断、修正できる」という2点が担保されたチーム作りを行います。

【2】新規事業を立ち上げが決まったら--組織マネジメントをフレームワークで構築

 では、何からどう考えればよいのでしょうか。一度フレームワークで理解しましょう。図3がベンチャービジネスのマネジメント手順のフレームワークです。

図3
図3

 順番としては、まず「目標」と、目標の先にある「意義(その目標を達成することにどんな意味があるのか)」を設定します。次に、目標の達成方法として「方針」「KPI」「重要アクション」を策定し、その後に「チーム体制」を構築します。

 そのあとは、作ったチームが稼働するための会議体やコミュニケーションツールなどの「推進システム」を設計、運用し、最初の勢いをチームにもたらす「初期の成果」と「モメンタム(勢い)」を創出し、そして何らかの結果が出た際には(最初はほぼ必ず「失敗」に終わる)、その結果から得た学びを元にクイックに改善案を考え、「方針」「KPI」「重要アクション」に反映します。これが、新規事業に必要なマネジメントです。

 先程の話は図3でいうと、3番の「チーム体制」にあたります。どうしても新規事業を立ち上げる際は企業独自の立ち上げ方の癖があるものです。目標や意義が曖昧なまま、早速チーム体制構築をしようとなってしまうと、チーム体制が目標達成とリンクしないので、事業の立ち上げが早速難しくなります。

 この順番通り、マネジメントを構築していきます。

【3】最も重要なのは「目標設定」の立て方--予測でない、野心でつくる理由

 では最初の目標設定の立て方から解説していきます。一般的な企業の多くは経営陣などの決定から新規事業責任者が選任され、事業上の目標数値が先立って定められていると思います。つまり、すでに目標数値が決まっている状態です。そのような状況下で、新規事業責任者は目標として何をどう設定すれば良いでしょうか。

 直近の数字は一旦無視することをおすすめします。まだ立ち上がってもいない事業で直近の数字を追うことにあまり意味はありません。意味がないどころか、害すらあります。以下の図4を見てください。

図4
図4

 図4の左、「実行力型目標」というのは「すでにやり方がわかっていて、それをどううまくやるかどうかにかかっている」という種類の目標です。この種の目標では、毎週、毎月を細やかに数値で目標を設定し、その進捗を追います。

 右の「変革型目標」というのは「今はやり方がわかっていないので、まずはやり方の考案、開発に時間をかける。やり方が見えた暁には達成する」という種類の目標です。この種の目標では、毎週、毎月の数値は無視し、遠くの達成すべき数値を見据えつつ、その数値の達成方法を毎日考え続ける、というチームの動き方になります。

 新規事業は生まれたてのビジネスなのですが、ここで実行力型目標を運用するとどうなるでしょうか。毎週、毎月の数値を達成するために大事な検証を後回しにしたり、ユーザー体験の作り込みを雑にしてしまったりしながら、目先の受注を追うような動きになります。こうなると、いつまで経っても目指しているイノベーションの創出に着手できません。

 目標設定方法によって、チームの動き方は大きく変わるので、その事業、そのチームの置かれた状況に適した方法で目標を置く必要があります。新規事業はそもそも収益化する方法もわかっていない事業です。方法を探索する期間を十分に持ちながら、遠くの大きな成果にコミットできるような目標設定が必要です。

 次回は、目標設定後、どのようにその目標を達成していくのかについて解説します。

長村禎庸

株式会社EVeM 代表取締役 兼 執行役員CEO

2006年大阪大学卒、株式会社リクルート入社。
2009年株式会社ディー・エヌ・エーに入社。広告事業部長、(株)AMoAd取締役、採用マネージャー、経営企画マネージャー、PMIプロジェクトリーダー、(株)ペロリ社長室長兼人事部長など、さまざまなチームのマネージャーを担当。
2017年株式会社ハウテレビジョンに入社。取締役COOとして、管理部門以外のすべての部門を統括。停滞する業績を急成長させ、2019年同社を東証マザーズ上場に導く。
2020年8月、ベンチャーマネージャーを育成する株式会社EVeMを設立。創業1年にしてベンチャー中心に100社以上の経営者・マネージャーにオンライン完結型のマネジメントトレーニングを実施。 2020年11月『急成長を導くマネージャーの型 地位・権力が通用しない時代の“イーブン”なマネジメント』として技術評論社から発売。 組織を強くしたい人、マネジメントに悩んでいる人に役立つ一冊として、Amazonマネジメント・人材管理ランキングにて新着1位を獲得。

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