欧州のビジネスハブ「ベルリン」に日本が注目すべき理由--メディア美学者・武邑氏に聞く

 次なるイノベーションを起こすスタートアップが、ドイツの首都ベルリンから次々と生まれていることは、日本ではまだあまり知られていない。シリコンバレーの巨大な投資が動くビッグテック型のビジネスとは異なり、社会環境や市民生活を重視したエコシステムから生まれる新たなサービスやビジネスモデルは、欧州のみならず世界から注目を集めている。

 その成長を、ベルリンの壁の崩壊直後から見つめ続けてきたメディア美学者の武邑光裕氏に、いま日本がベルリンについて知るべきことや、注目すべき理由を聞いた。

提供:Ayako Katano
メディア美学者の武邑光裕氏(提供:Ayako Katano)

——1989年にベルリンの壁が崩壊してちょうど30年目を迎えました。ベルリンという都市はいま世界から見るとどのような立ち位置にあるのでしょう。

 ベルリンの壁が崩壊して、東西融合が始まった時からベルリンの変遷を見てきましたが、ここ数年は発展途上にあり、20年前には考えられないほどの成長を遂げています。ベンチャーキャピタルの投資額は欧州ではトップで、経済規模でも数年でロンドンを追い抜くであろうと見られています。

 新しいスタートアップはニューイーストと呼ばれる、マクドナルドもまだないような旧ロシア圏の都市から生まれていて、他にもタリン、ミンスク、ポルトガルのポルトなども拠点になっているのですが、ベルリンはそれらのハブになっている。これまではロンドンがその役割を担っていましたが、ブリグジットの影響もあってベルリンに移りつつあるのです。

 その背景として、現在のベルリンは186カ国・60万人以上の外国人が住む異質性の集合地で、アートや文化、エンターテインメント、リクリエーションが集まる街の中心に等身大の生活があり、ドイツの他の地域に比べても本当の意味で多様性がある。それでいて英語も70%通じ、様々な挑戦ができる許容性もあるため、新しいアイデアやイノベーションが次々と生まれています。

 若い世代にとっても居心地がよく、ミレニアル世代が住みたい街ナンバーワンにもなっている。ドイツのことわざに「最後が最初になる」(die Letzten werden die Ersten sein)というものがありますが、壁のせいで世界の発展から遅れていた都市に、30年を経て最初の未来が訪れようとしているのです。こうした変化は5年前からベルリンに住んでみて強く実感しています。

——ベルリンの中でも注目されているビジネス領域やスタートアップを挙げるとすればどこでしょうか。

 オンラインコマースやリテールに始まり、FinTech、ブロックチェーン、MaaS、自然エネルギーといった、等身大のライフスタイルのイノベーションへとジャンルは拡がっており、都市が実装しうる様々なサービスがベルリンから生まれています。

 ドイツの基幹産業は自動車産業が集まる南が中心でしたが、ダイムラーとBMWというライバルが協力して、MaaSの世界標準をベルリンから作り出すモビリティ事業を立ち上げるという動きがあるほか、ベルリン市交通局(BVG)が運営する公共交通に加えて、自動車、自転車、電動キックボードといった様々なマルチモーダルなモビリティを統合するサービスが6月にスタートしています。電気キックボードは6月に認可されたばかりですが、「Circ」や「TIER」はベルリン発のスタートアップです。

提供:Ayako Katano
提供:Ayako Katano

 FinTechには、すでに4万人の雇用が発生しています。ベルリン発のスタートアップではデジタル銀行の「N26」がよく知られていますが、「PSD2」(改正決済サービス指令/Payment Services Directive 2)という個人決済に関連する新しい法律の影響で、多様なサービスがこれから一気に増えると見られています。ブロックチェーンは多様な展開が生まれていて、欧州では先端を走っています。

 ベルリンらしいスタートアップに「Ecosia(エコジア)」があります。検索エンジンの会社で使い方はGoogleと同じですが、IPアドレスを4日間だけ保存した後は暗号化してユーザーの痕跡を残さないようにし、さらに売り上げの8割を世界中に木を植える活動に充てています。売り上げは広告収入のみで株主配当もありませんが、0.8秒に1本のペースで約700万本の木を植えていて、創業2年目ながらソーシャルインパクト投資によって日本円で十億円以上を集めています。

 スタートアップが活動する場にしても、WeWorkやGoogleが支援した「Factory」というコワーキングスペースから、「Unicorn Workspaces(ユニコーンワークスペース)」という“サービスとしてのオフィス”をコンセプトを掲げるワークスペースへのシフトが始まっています。ベルリンに12カ所、欧州で20カ所の拠点があり、創業から3年ほどですが急激に成長しています。

 ベルリンの視察に来る日本の投資家からよく「ベルリンの市場は小ぶりですね」と言われるのですが、すでにその考え方が古く、エコジアのような地球規模の発想の次世代ビジネスモデルが生まれていることに注目すべきなのです。

——ベルリンではそうしたスタートアップを支援する環境や仕組みも整備されているのでしょうか。

 ベルリン・パートナーという、市が運営する仲介機関や日本のJETROもあり、スタートアップを支援するイベントも多数開催されています。個人的には「re:publica(リパブリカ)」というデジタル社会をテーマにした国際カンファレンスに注目していて、これまでになかった発想で支援を行う動きもいろいろと始まっています。

——仕組み以前に、ベルリンではスタートアップを立ち上げようという意識が強いように感じます。

 ドイツにはマイスター制度があり、早い時期から職業を決めようとする考え方がありますが、賃金労働で創造性を企業に売り渡してしまうより自分で個の経済を作り出すという考え方が強くあります。そのもとになっているのが芸術教育です。20世紀を代表するドイツの芸術家ヨーゼフ・ボイス氏が提唱する、“社会彫刻”という、誰もが持つ創造性によって社会をより良くする(彫刻する)という考え方が、ベルリン生まれのスタートアップの核心になっています。

提供:Ayako Katano
提供:Ayako Katano

 人の流動も激しいです。もともとベルリンには、大企業にいるとスキルが固定化されてしまい自分の能力を減衰させるという考え方があり、キャリアアップのために3〜5年で転職することは珍しくないのですが、スタートアップや若い人たちと交流することで自分のスキルを高めようとする動きが始まっています。大企業もオフィスの中に社員が留まることを奨励せず、新しい働き方の流れができようとしています。

 さらに市民と行政をミツバチと木の関係に例えて、相互に連携する考え方があります。元ハッカーの情報大臣やアーティストの活動家が文化大臣を務めるなど、行政の中でも世代交代や変革が起きていて、都市の重要な基盤になっている。単純な多様性ではなく積極的に異質性へ投資することで、予測できない状況を作ることが、都市の成長につながるということをベルリンが証明しています。

——日本がベルリンに学ぶべきものとしては何がありますか。また、逆にベルリンが日本に影響を受けていることはありますか。

 日本がベルリンから学ぶものはいろいろありますが、ベルリンで起きているジェントリフィケーション現象(文化や再開発による都市の活性化)がどのように推移しているかは参考になるのではないでしょうか。

 一方でベルリンや欧州は、日本の日々の生活の中にあるミニマリズムに影響を受けています。ユニクロやMUJIが高く評価され、ドイツのソニーでは高い商品から売れています。日本人の美容室に行列ができたり、日本で学んだドイツ人の日本酒販売が人気ですし、2月に発効された日EU経済連携協定(EPA)で自由貿易圏が形成されれば、本当の意味でのクールジャパンが求められるようになるはずです。

 いずれにしても、欧州という5億人のマーケットを理解するためにベルリンを知ることは重要です。今後もその動きについては、今年再開した私塾の「武邑塾」をはじめ、いろいろな形で発信していければと考えています。

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【武邑光裕氏のプロフィール】メディア美学者。武邑塾塾長。日本大学芸術学部、京都造形芸術大学、東京大学大学院、札幌市立大学で教授職を歴任。2017年よりCenter for the Study of Digital Life(NYC)フェロー就任。デジタルカルチャーの初期からメディア美学や情報学を専門とし、産業経済から市民生活まで幅広く社会環境を研究する。著書に『記憶のゆくたてーデジタル・アーカイブの文化経済』(東京大学出版会、2003)、『ベルリン・都市・未来』(太田出版、2018)、『さよなら、インターネット--GDPRはネットとデータをどう変えるのか』(ダイヤモンド社、2018)がある。ベルリン在住。

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