「市場の声をもって企業を変革すること」--NECのCMO榎本氏が語るマーケの本質

別井貴志 (編集部) 井口裕右2017年10月04日 13時23分

 IT製品やデジタルソリューションを提案するBtoB企業にとって、「マーケティング」とは何か。オンライン広告やホワイトペーパー、展示会への出展などを通じてリードを獲得し、営業成績に貢献するというのが多くのマーケターにとっての一般的な考えであるだろう。しかし、それはBtoBマーケティングのあるひとつの側面しか見ていないのかもしれない。

 日本電気(NEC)の執行役員兼CMOである榎本 亮氏に伺ったBtoBマーケティングの本質からは、マーケティングの役割が企業の経営や組織の在り方、社員の意識にさえも大きな影響を与える“ミッションクリティカル”であることが理解できた。榎本氏は、20年近いコンサルティング業界でのキャリアを経て、2009年からIBMの通信業界担当理事、Salesforce.comの通信業界担当執行役員などを歴任したのち、2015年にNECの執行役員に就任して同社のマーケティング活動を統括している。1899年(明治32年)から118年続くNECの歴史で初となる外部から採用されたマーケティング担当役員なのだという。榎本氏はNECのマーケティングをどのように変革しようとしているのだろうか。

BtoBのマーケティング環境をとりまく変化

日本電気(NEC)の執行役員兼CMOである榎本 亮氏 日本電気(NEC)の執行役員兼CMOである榎本 亮氏

 榎本氏がまず語ったのは、“マーケティングの定義”についてだ。マーケティングという言葉は人によって捉え方が大きく異なる。「私がマーケティングを担当しているというと、人によってブランディングという意味で捉えたり、セールスという意味で捉えたりして、どのように相手に自分のミッションを伝えられたかがはっきりしない」(榎本氏)。そこで榎本氏はフィリップ・コトラーの言葉を挙げて、マーケティングを“製品や価値の創造と交換を通じて、ニーズやウォンツを満たす社会的・管理的プロセス”と定義した。「この実現のためには、イノベーションを生み出す力だけでなく、世の中への提案能力が求められる。その意味において営業担当者もカスタマーサポートもマーケティングを担っていると言えるだろう」(榎本氏)。

 この言葉を踏まえると、マーケティングとは企業の推進するビジネスの価値創造プロセスそのものだと言える。榎本氏によると、NECが目指している社会ソリューション事業の在り方について、(1)NECとの取引=コストビジネスというイメージから脱却すること、(2)顕在化しているニーズへの対応だけでなく、潜在的なニーズを追求して高い顧客満足を目指すこと、(3)ネットワーク+コンピュータが生み出す価値をICTの範囲に留めず多様な価値創造を目指すことの3つを掲げているという。こうした価値創造を広告宣伝によるブランディング、セールス、サポートといったビジネスプロセスの中でどのように実現するかを考えることが、マーケティングだと捉えているのだ。

 こうした定義を踏まえて、榎本氏はBtoBマーケティングのビジネス環境の特性と変化について紹介した。読者の多くがご存知の通り、BtoBマーケティングはBtoCのそれとは根本的に特性が異なる。意思決定プロセスは複雑で、ビジネスに関わるステークホルダーも多い。また大きなパートナーエコシステムが構築されておりビジネスモデルは多岐に渡る。こうした中において、顧客である企業担当者にはさまざまな変化が生まれているのだという。

 例えば、かつてBtoBの営業担当者は顧客企業の情報システム部門と交渉すればビジネスが成り立っていたが、企業がエンドカスタマーからの強いプレッシャーの中で事業を推進していくようになった最近では、情報システム部門の先にいる事業部や更にその先にいるエンドカスタマーをも見据えたビジネスをしていくことが求められるようになった。

 加えて、ビジネスパーソンの日常生活へのデジタル製品、クラウドサービスの浸透などを背景に、顧客企業のデジタルトランスフォーメーションに対する考えも大きく変化しているという。顧客企業担当者のデジタルリテラシーは高まり、タッチポイントが多様化したことで情報収集能力も大きく向上している。こうした顧客の成長に応えられるコミュニケーションが求められているのだ。

 「NECはミッションクリティカルの案件を手がけることが多いが、顧客の担当者は利便性が高まった昨今のデジタル体験と同じ文脈でこうした課題を捉えがちだ。構築するシステムの可用性やそれを担保する緊急時対応力などを考えると、クラウドベースで手軽に調達できるシステムの組合せだけでは不十分なときもある。こうしたICTのプロとしての知見をしっかりと顧客に伝えていくことが重要ではないだろうか」(榎本氏)。

 また、個人向けのマーケティングとは異なり、企業にはさまざまな立場で数多くの担当者が存在し、多様ななタッチポイントを通じてNECとコミュニケーションを取る。大手企業であればグループ会社を含めて数千人、数万人の社員がいる場合もあり、その中で顧客の情報からペルソナを構築して擬人化していくことは不可能に近い。そこで、NECは企業の潜在的なニーズにアプローチしてNECの先進性を理解してもらうためのプロセス構築にアカウントベースドマーケティングを導入し、見込み顧客のターゲティングをしているのだという。「もはや、BtoBのマーケティングは製品を導入してくれそうだから(このホットリードに)アプローチしようという単純なものではない」(榎本氏)。

社員・組織の意識改革と企業経営の変革実現もマーケの重要な役割

 榎本氏はこうしたマーケティング環境において重要なのは信頼関係の構築であり、デジタルメディアによるスピーディな情報発信だけでなく、リアルな顧客接点である営業担当者が一貫性のあるメッセージの発信を通じて“NECというブランドの体験”を生み出していくことの重要性を指摘する。

 そして、そのためには営業担当者自身の意識改革=社内に対するブランディングの徹底が重要だと語る。「デジタルは急速な変化に対応できるが、社員の意識は簡単には変わらない。NECは時代に合わせて変化しているのだということを社内にもきっちりとブランディングしていかなければならない。BtoBマーケティングの半分は、社員とのコミュニケーションなのかもしれない」と榎本氏。この企業ブランド=企業が社会に打ち出すコミットメントを社外だけでなく社内にも徹底させることが、CMOの重要な役割だと言えるだろう。

市場の変化にあわせて社内の意識改革を続けることが重要だと語る榎本氏 市場の変化にあわせて社内の意識改革を続けることが重要だと語る榎本氏

 加えて榎本氏は、顧客企業の潜在的なニーズにアプローチするためには個々の担当者(個客)ではなくあらゆるタッチポイントを活用した企業の全体像を把握し、自社のプロダクトと顧客の知見を活かし、顧客のビジネスにおける本質的な課題を解決する価値を創造するという視点が不可欠だとも指摘する。その好例として、榎本氏は大手食品メーカーと共同で行った“アグリテック”のプロジェクトを紹介した。

 食品メーカーの事業が直面する課題の本質は何か。それは世界的に危惧されている食糧難への対応だ。地球温暖化などの影響で原料となる農作物が採れなくなってしまえば、農家の商売は大きく脅かされ、企業にとってもビジネスの持続性を大きく揺るがすことになる。そこでNECと食品メーカーはトマトの産地として知られるポルトガルにおいて、現在の農地でどのようにして生産量を維持し、向上させるかという課題に対して、ビッグデータと人工知能を活用して天気・温度や土壌の変化に対する農作物の状態と有効な手当をシミュレーションできるシステムを構築した。どのような農作業が有効かというアドバイスができる仕組みを構築したのだという。

 「こうした仕組みは、食品メーカーが認識している世界的な人口増加による食糧難、地球温暖化などさまざまな社会課題を共有したことによって実現した。顧客企業の真のパートナーとして共創関係を構築するからこそ、共同事業として新たなビジネスを生み出すことができる。ただハードウェアやシステムを売るだけでなく、顧客企業の中にある本質的な課題に寄り添い、新たな価値創造を通じて社会に貢献することが重要だ」(榎本氏)。

 榎本氏は、この「本質的な課題の把握」、「新たな価値創造」、「顧客企業との共創による社会課題の解決」という3つの方向性をNECのBtoBマーケティングにとって最も重要なものであるとした上で「社員全員がこの方向性を共有してマーケターとして社会に向き合わなければならない」と語る。「自分が顧客企業に語るその一言がマーケティングになる。自分の一言がNECの未来に繋がっている。そうした自覚を社員に根付かせるという意味での意識改革が重要なテーマであり、それを推進することがCMOに求められる重要な役割だ」(榎本氏)。

 さらに、顧客との強固なパートナーシップを築くためには、マーケティングを通じた企業全体の変革をCMOがリードすることで実現することが重要であるとした上で、その実現のためにはマーケットインテリジェンス(市場動向調査)、パートナーアライアンス、アナリストリレーション、コーポレートブランディングといった「経営戦略との一体化」と、デジタルマーケティング、アカウントベースドマーケティング、顧客との共創による社会価値創出といった「顧客との関係性の変革」という両輪を実現する必要があるとした。「CMOは“マーケットの声をもって企業を変革すること”が重要な役割であり、それこそがマーケティングであるとも言える」(榎本氏)。

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