老舗IT企業エキサイトが黒字転換を果たした「両利きの経営」とは

 1997年設立の老舗IT企業「エキサイト」がここ数年で変貌を遂げている。2019年3月期に2億5300万円の営業損失となっていた業績は、XTech(クロステック)グループによるTOB後に回復し、2023年3月期の営業利益は6億2200万円の黒字へと転換。その背景には、長年培ってきた既存事業を伸ばしつつ、さらに大きな成長が見込める新規事業への先行投資を実施する「両利きの経営」が大きく寄与しているという。

 XTechの創業者としてTOBを手掛け、2018年からはエキサイトの代表取締役社長として再生を担ってきた西條晋一氏に、4月に実施した再上場までの道のりと、新規事業を含むこれからのエキサイトの事業展開について聞いた。

エキサイトの代表取締役社長の西條晋一氏
エキサイトの代表取締役社長の西條晋一氏

社員全員との1on1で確信した再生への道

――エキサイトの経営に関わったきっかけを教えて下さい。

 エキサイトの株主である伊藤忠商事から、業績が芳しくないので、立て直す人が欲しいと相談があったのがきっかけです。エキサイトは私たちがTOBを仕掛ける前まで、3期連続の赤字になっていて、経営を模索している状態でした。私自身も停滞している会社の業績を良くすることに興味があり、お受けしました。

 上場していても時価総額がそこまで高くなく、変化していない日本企業が多いなと感じていて、その共通点の1つは創業者が上場後に経営不振でもずっと社長を続けていることなんですね。海外では、ステージがあがると社長を交代することが頻繁にありますが、日本企業はオーナー社長が続投することが多い。元々そこに課題意識を持っていて、私がエキサイトの社長を務めることで、そういった日本企業の風習みたいなものが変えられるのではと思っていました。

――TOB直後のエキサイトはどんな会社でしたか。

 社員は200名弱いて、年間60億円程度の売上がありました。単純計算すると社員一人あたり3000万円程度の売上があり、最低限、稼ぐ力のある会社だなと思いました。ただ、コストコントロールがうまく行っていなかったり、伸ばすべきところにリソースを配分しきれていない面があったので、その部分を調整すれば、立て直せると感じました。

 TOB前にもエキサイト社内の人と話し合いをする時間はもちろんありましたが、当時は経営層としか会えず、どんな社員が働いてるのかはわからなかった。また決算資料などを見ても、本当に重要なデータは読み取りづらいんですよね。表面上の数字はわかっても事業ごとのKPIや、なぜこのKPIを掲げているのかわからない。そんな状態だったので、TOB設立後にまず着手したのは社員との面談でした。

――どのくらいの社員の方と1on1されたのですか。

 全員です。もちろん時間は限られていましたが、ほかの役員と分担して全員と話す時間を持ちました。そこで見えてきたことがあって、1つは、勤務歴が長い社員が多いということ。IT企業は人の流動性が高い会社も多いですが、じっくりと腰を据えて働いている人が多いなという印象を受けました。また、話しをしていくと、社員の真面目さと素直さがすごくよく伝わってきた。

 私自身は社員から見れば「よそ者」ですよね。でも社内から抵抗感みたいなものを受けることはほとんどなかったですね。元々、伊藤忠から上層部が来ることが伝統的に行われてきた会社なので、その分柔軟性が高いというか、新しいものを受け入れる土壌が整っている感じがしました。

――社員の方の内訳はどんな感じなのですか。

 ここも会社としての可能性を感じた部分なのですが、社員の4割、約80名がエンジニアなんです。IT企業と言っていても10〜20%程度のエンジニアしかない会社もありますが、半分近くがエンジニアというのはとてもいいなと感じました。TOBをした時は勢いもある程度あったんですが、社員と話したことでエキサイトの再生は「いける」と確信しました。

 こうした動きと平行してサイバーエージェントで財務経理部門責任者として働いていた石井(エキサイト CFOの石井雅也氏)が入社し、財務基盤の整備を進めてくれました。石井自身はサイバーエージェントの大きさも業種も多岐に渡る企業の財務をまとめあげた人間なので、かなりのスピードでエキサイトの財務基盤を整備し、TOBから4カ月後には単月黒字を達成できました。

既存事業の利益を伸ばしながら先行投資をする「両利きの経営」

――エキサイトと聞くと、翻訳やポータルサイトのイメージが強いですが、サービス自体も変化されていますね。

 現在「プラットフォーム」「ブロードバンド」「SaaS・DX」の3つの事業を展開しています。プラットフォーム事業は長くエキサイトを支えてきたメディアサービスに加え、子供向け粉末サプリ飲料の「セノバス+」やマウスピース歯科矯正サービスの「エミニナル」といったD2Cの新規事業を始めています。ブロードバンド事業は、IPSサービス「BB excite 光Fit」、モバイルサービス「excite モバイル」などを展開。加えて新規事業として始めたのがSaaS・DX事業です。

 ここでは、エキサイトの事業再生ノウハウをそのまま落とし込んだ管理会計領域のSaaS「KUROTEN」やマーケティング領域の「FanGrowth」を展開しています。SaaSは競合が多い領域ですが、小さく生んで大きく育てられそうな事業領域を選び出すことによって、勝ち残っていきたいと思っています。

 例えば、宅配デリバリーには「Uber Eats」や「出前館」といった超大手がいますし、キャッシュレス決済サービスは、立ち上げ時にかなりの資金が必要になる。そうした領域は避けて、小さいけれど、きちんと商売になる部分を見極めて新規事業に踏み込んでいます。このあたりの見極めは、私自身が培ってきたノウハウが役立っているのかなと思っています。

――3つの事業領域を持つ中で新規事業の位置づけというのは。

 成長を牽引しているのはプラットフォーム事業ですね。既存事業の利益を伸ばしながら先行投資をする「両利きの経営」を進めていて、これが今やるべき経営だと思っています。今の既存事業はもちろん大事ですし、順当に伸ばせる部分ですが、売上が10億、20億円と数十億規模で伸ばせても数百億規模になることは難しいんですね。100億円規模まで伸ばすためには新規事業の種を育てないといけない。これは経営しかできない仕事なので、私の今までの知見をつぎ込んで、会社をひっぱる次の大きな事業を見つけたいと思っています。

――新規事業を作る上でも、エンジニアが4割という社員構成が強みになっていますか。

 そのとおりですね。B2BでもB2Cでも、バックエンドのエンジニアがやることは大きくは変わりません。もちろんフロントエンドのエンジニアやデザイナーはユーザーインターフェースなどが変わるので、仕事の内容が異なる部分もありますが、逆にそこをアジャストしていけば、現在の体制のまま、スピード感をもって新規事業の開発を進められる。そのため、作ること自体は大変スムーズに進んでいます。ただし、要件定義などは新たなチャレンジになるので、そこの部分には時間をかけていきます。

――既存事業を大事にしつつ、次の事業の種を育てる。どこか参考にしている企業はありますか。

 ソニーですね。製造業として「ウォークマン」や「ハンディカム」といった革新的な製品を作ってきましたが、その周辺にある映画や音楽やゲームといったコンテンツ、さらに金融などにもきちんとリーチしている。軸は製造業のテクノロジー企業だけれど、周辺のところも抑えているというのがプラットフォーム的にも美しいですし、目指したい姿だと思っています。

 それを見てエキサイト内を振り返ると、支える事業はあるけれど軸になる事業は正直模索していかないといけないのかなと思っています。強いビジネスモデルを探しているのが現状かもしれませんね。

ビジネスと料理はとてもよく似ている

――4月には再上場を果たしました。なぜこのタイミングだったんでしょう。

 できるだけ早く上場したかったというのが本音で、なぜなら新規事業やM&Aを進めたかったからなんです。上場審査中は新規事業など、新たな動きがあると審査が延びてしまうことがあって、きちんと上場した上で全力で新たな事業の種まきをしたいと思ったからです。もちろん上場したからといって、M&Aをものすごい勢いで始めたり、大きな赤字の新規事業を続けたりといったことはしませんが、もっとアクティブに早く種まきができる体制を整えたかったんです。

 私自身、2023年で50歳を迎えます。サイバーエージェントの藤田さん(サイバーエージェント 代表執行役員 社長の藤田晋氏)は、26歳で上場していますから、24歳ビハインドですよね。私が仮に26歳の時に上場できたとして、その後会社がうまくいっていたかというと怪しいと思いますけれど(笑)。ただ、もしかしたら26歳の藤田さんより、50歳の私のほうが上手くできる何かがあるかもしれない。少なくとも経験値はありますよね。

 日本のスタートアップは20〜30代の若手起業家が圧倒的に多いですが、40代、50代からでもやれる余地があることを見せたいなという気持ちもあります。先程、日本企業は創業者が上場後も社長を続けるケースが多いと話しましたが、もう1つ特徴があって、それは役員や事業責任者などの重要な役割を担ってきた人が、起業はせずに同じようなポジションのほかの企業に転職してしまうことなんです。

 しかしそこまで経験した人は起業家として素地も力も備わっていますので、ぜひ起業してほしい。若手だけではなく、ミドルエイジの骨太の起業家が増えることで、より日本の企業は層が厚くなると思っています。

――骨太の起業家が増えていくのは日本企業の強化にもつながりますね。エキサイトの今後を教えて下さい。

 まずは3年後を見越して既存、新規の両事業をきっちり伸ばしていきたいと思います。特に新規事業は3年で成果を見せることが必要です。もう一つはM&A、新規事業を含め、会社の太い軸になるようなビジネスモデルを見つける。これはなるべく早くに着手していきたいですね。

 ここで作った大きな軸をもとにして、その周辺を探し出していく。この繰り返しかなと思っています。3年後、5年後でも軸が見えずに今の状態が続いているのだったら、ほかの方に経営を渡したほうがいいかもしれませんね(笑)。

 私はビジネスは料理に似ているなと思っていて、料理は、冷蔵庫の中の材料だけで作ろうとしてもだめで、食材をスーパーに買いに行ったり、お取り寄せしたりして集めることから始めないとだめなんです。そうすれば、もっとおいしい料理ができる。ビジネスも同じで、新しいものを取り入れたり、探したりしないといいものは作れません。そうしたビジネスモデルを常に探していきたいと思っています。

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