「見て欲しい」の本質忘れるな--吉本が語るネット時代の権利者像 - (page 2)

高瀬徹朗、島田昇(編集部)2008年02月06日 08時00分

「おもしろいから見てもらおう」は悪者か

 今でも多くの「違法コンテンツ」がYouTube上にあるのは、何度削除しても簡単にアップロードされてしまうから(笑)。忙しくて手が回らないのも事実です。いくら吉本興業がパートナーを結んでいるとはいえ、弊社と地上放送局との関係もありますから、暗黙の了解的に認めているということはあり得ません。

 その前提を掲げた上で、個人的な考えを。まず、無料放送である地上波放送をネット上とはいえ有料化することは難しい。マス向けに流したコンテンツはネット上でもタダ、と考えるのがユーザー心理というものでしょう。

 何がネット上で有料化できるかといえば、ロングテールのコンテンツです。ソフト化もされておらず、ごく一部のユーザーが求めているようなコンテンツ。数量はそれほど出ないでしょうが、逆にいえば、だからこそパッケージや流通の手間がかからないネット上で有料配信する意味があるわけです。

 それから、有料・無料の垣根は難しいところですが、地上波放送終了直後の「見逃し需要」はある程度認める必要があるでしょう。

 将来のソフト化を見越して、明らかに「販売阻害要因になる」という場合には弊社も強く反発しますが、放送直後であれば一定の宣伝効果も望めるわけです。また、すべてがソフト化されるわけではない現状を考えれば、少しでもお客様の要望に見合ったサービスとして必要性を感じます。

 芸人自身がどう感じているかについて、これは「微妙」です。自分の名前で検索して、1件も引っかからなければ「自分は人気がない」と落ち込みます。一方、“スベッた映像”が繰り返し視聴されていたら「早く削除してくれ」となります。弊社としても、明らかに芸人に対して悪意のある映像に関しては積極的に削除を求めます。

 後は、「動画共有サイト」というサービスをどのように位置づけるか。

 例えば、人気タレントである松本人志のファンが学校にいて、自分が前日に見た番組のVTRを友達に貸す。これが今、ネットを媒介して行われているわけです。その事実に対し、権利者としてどのような立場で臨むべきなのか、難しい問題です。

 先ほど申し上げたとおり、立場上、黙って見過ごすわけにはいかない。また、会社事情からすれば、悪意のある映像やソフト販売に際して、不利益を生ずる映像を放っておくこともできない。

 しかし、単に「おもしろかったから、皆にみてもらおうとしてアップロードした」というお笑いファンを一方的に悪者扱いしてよいものかどうかは疑問です。吉本興業はそうしたファンの方に支えられて会社を運営しているわけで、その「皆に広めたい」というパワーをうまく取り込むことができれば、弊社にとっても大きなプラスとなることは間違いありませんから。

 いずれにしても、「削除が進まないのは、忙しくて手が回らない」という事実があることだけは確かです(笑)。

ファンあってこそ

 個人的な原則論でいえば、著作権は「創作者」のものであり、それ以外の人が値段をつけ、また権利を行使するのはおかしい。コンテンツは、創った者が一番偉いはずなんですよ、本当は。その気持ちがあったからこそ、「ファンダンゴTV」やネットを通じてお客様に芸を直売するサービスを始めたわけです。

 レコードの世界なんて、例えミリオンセラーをたたき出しても、創作者本人に入る金額は1000万円程度です。もちろん大変な金額ではありますが、100万枚ものヒットを飛ばせるミュージシャンなんて相当な大物ですよ。その周辺では、もっと大きな金額が動いている。それでも本人に入るのは1割程度です。

 吉本興業にも権利者という立場がありますが、制作者として考えれば、第一義は「お客様に見てもらう」こと。タレントの権利を守ること、他者の権利を侵害しないこと、会社としての利益を上げることはもちろんですが、その「見て欲しい」という根本を達成するためには柔軟な運営をする必要があります。

 「他者の権利侵害をしない」という話では、結構大変なこともあります。地上波放送の場合は一括契約なので問題はありませんが、DVDなどソフト販売につなげるとなれば、さまざまな権利をクリアしなければなりません。ダウンタウンの「ガキの使い」の罰ゲームなんて、板尾(創路)の嫁が海外ミュージシャンの曲に乗せて踊った場面を使うためだけに相当な苦労が必要でした。

 そう考えたら、それなりに売り上げが望めるソフトならともかく、何でもかんでもDVD化することなどできないわけです。単に音を消して対応するにしても、それによって“間”が変わっておもしろくなくなるネタもありますから。著作権のルールを守りつつユーザニーズに応えるというのは、かくも難しい作業です。

 ネット系サービスの進展は権利者である吉本興業にとって大きなプラスです。自分たちで作ったものをお客様にダイレクトで届けられる。また、コアな「吉本ファン」を開拓するツールにもなりえると期待しています。

 「ネットで売れるのはロングテール」という話をしましたが、そうしたロングテールコンテンツを購入していただけるのは、本当にお笑いの好きな、コアなファンの方々です。そうしたファン層を増やしていくことが、ビジネスの成否にもつながります。

 YouTubeやニコニコ動画は、そうしたコアなファン層を拡大してくれるものと期待している面もあります。もちろん、吉本にも「やりたくてもやれないこと」はある。それでも、できる限りのことをすぐに実行し、ネット配信における権利者のパイオニアを目指していきたいと考えています。

※インタビュー直後となる2008年1月、CS放送チャンネル「ヨシモトファンダンゴTV」が3月末で終了することが決定。本文では触れていないが、中井氏はインタビュー内において「CS撤退」を示唆、いよいよ通信系サービスへ本腰を入れていく考えを仄めかしていた。

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