ビジネスパソコンは、今まさに大きな変革期を迎えている。2022年11月のOpenAIによる「ChatGPT」の登場を契機に、世界中で生成AIの活用に向けた開発競争が激化。この潮流はソフトウェア業界にとどまらず、ハードウェア業界にも大きな影響を及ぼしており、AI処理に特化したNPU(ニューラル・プロセッシング・ユニット)をCPUへ統合する動きが加速している。
その代表格が、NPUを内蔵したインテルのCore Ultraプロセッサーだ。昨秋には早くもシリーズ2が登場し、NPU性能は一層の向上を遂げている。この進化と歩調を合わせるように、マイクロソフトもWindowsにAIアシスタント「Copilot」を統合。さらに、特定の要件を満たした高性能なAIパソコンを「Copilot+ PC」としてブランディングし、OSレベルでのAI活用を推進している。
このような状況下で、PCの更新時期を迎えた情報システム部門の担当者にとって、どのマシンを選定すべきかは、まさに悩ましい課題と言えるだろう。
そこで本稿では、インテルのCore Ultraプロセッサー(シリーズ2)を搭載した、日本HPの最新Copilot+ PC「HP EliteBook X G1i 14 AI PC」を取り上げ、その実力をレビュー。AIパソコンがもたらす具体的なメリットと、本製品を選ぶべきポイントについて詳しく解説する。
まずは外観から見ていこう。HP EliteBook X G1i 14 AI PCは、CNC加工を施したマグネシウムボディを採用し、軽さと高剛性を両立している。サイズは約313.9(W)×219.9(D)×10.5(H)mm、重量は1.19kgと14インチモバイルノートとしては極めて薄型軽量な設計だ。ボディカラーは落ち着いた印象のアトモスフィアブルーのみで展開。ディスプレイは1920×1200ドット(WUXGA)解像度で、縦方向に広い16:10のアスペクト比を採用しており、ビジネス用途で効率的な作業領域を確保する。
購入時に対応モデルを選択すると、ディスプレイは覗き見防止機能を備えたパネルになる。ボタン一つで左右の人から見えづらくなる
キーボードはフルキー仕様の日本語配列で、海外メーカー製PCに見られがちな窮屈なキー配置はない。キーストロークは1.3mmと適度な深さを確保し、確かな打鍵感と静音性を両立。LEDバックライトは消灯を含む3段階の輝度調整が可能である。ファンクションキーにはマイクミュートとスピーカー消音の専用キーが割り当てられ、有効時にはオレンジ色のLEDが点灯するため、オンライン会議中でも状態を一目で把握できる。
また、タッチパッドは操作エリアが広く、滑らかな感触を持つ。微細なカーソル移動にも正確に追従するため、マウスがない環境でも高い作業効率を維持できるだろう。
セキュリティ機能も万全で、右上にある電源ボタンには指紋認証センサーが統合されており、Windows Helloによる生体認証に対応。これに加え、Webカメラでの顔認証や、HP独自の強力なセキュリティスイート「HP Wolf Security for Business」も標準搭載する。5MPの高画素Webカメラには物理的なプライバシーシャッターを装備し、意図しない映り込みを確実に防ぐ。プライバシー保護への配慮も抜かりない。
パフォーマンスの要となるCPUは、以下のインテル Core Ultraプロセッサーから選択可能である。
メモリーは32GB LPDDR5xを、ストレージは高速なNVMe SSD(512GBまたは1TB)を搭載する。
通信機能は最新規格に対応し、無線LANはWi-Fi 7、Bluetoothは5.4に準拠。オプションでWWAN機能も搭載でき、Core Ultra 5モデルは4G LTE、Core Ultra 7モデルは5Gに対応する。物理的なnanoSIMに加えeSIMもサポート。eSIMの場合はau回線を利用した法人向けMVNOサービス「HP eSIM Connect」と組み合わせることで、5年間データ通信量無制限で利用できる。場所を選ばない高い利便性とコスト削減を実現する。
インターフェースはビジネスシーンでの利便性を重視した構成だ。
従来のHDMIやUSB Type-Aポートを維持しつつ、最新のUSB-Cポートを左右に振り分けて配置するなど、実用的な設計となっている。
電源供給にはUSB-Cポートを使用し、標準で65WのACアダプターが付属する。携帯時に便利なコンセント直結型のパーツも用意されており、携行性への配慮がなされている。内蔵バッテリーの容量は、5G搭載モデルが68WHr、それ以外のモデルは56WHrと容量に差がある。公称駆動時間はアイドル時が最大23時間52分、動画再生時が11時間59分と十分に長く、外出先で一日中作業する場合でも、バッテリー残量を気にすることなく業務に集中できるだろう。
ChatGPTに代表される生成AIは、その多くがクラウド上で処理を実行する。では、NPUを内蔵し、デバイス上でAI処理を行うローカルAIには、どのような価値があるのだろうか。
その答えは、主に「リアルタイム性」と「セキュリティ」にある。ローカル処理はネットワーク遅延の影響を受けないため、瞬時の応答が可能となり、作業効率を向上させる。さらに、機密情報などクラウドにアップロードできないデータをデバイス内で安全に処理できるため、AIの活用範囲を大きく広げるのだ。
そして、マイクロソフトによるCopilot+ PCの発表から時間を経て、当初予告されていた機能が実装され始め、ユーザーはそのメリットを具体的に享受できる段階に入っている。
その一例が、標準アプリ「ペイント」に実装された「コクリエーター」だ。これは、ユーザーが描いたラフスケッチとテキスト指示を組み合わせ、AIがリアルタイムで画像を生成する機能である。そのほかにも、背景を削除したり単語を指定するだけで画像を生成するといった機能も用意されている。
また、Web会議の体験向上もNPUの得意分野である。Windows標準の「スタジオ エフェクト」では、背景ぼかしや自動フレーミングといった処理をNPUが担う。さらに本機は、HP独自の高機能カメラアプリ「Poly Camera Pro」を搭載。標準機能に加え、任意の背景画像への差し替えや、発言者を際立たせるスポットライト機能などを利用できる。
これらの画像・映像処理をNPUに任せることで、CPUやGPUの負荷は大幅に軽減される。これにより、消費電力を抑制しつつ、CPUリソースを他のタスクに割り当てられるため、PC全体のパフォーマンス向上に直結する。
Copilot+ PCの目玉機能として注目されるのが「リコール」である。これは、PC上のあらゆる操作画面を定期的にキャプチャし、ローカルに保存する機能だ。AIが画像内のテキストやオブジェクトを認識・索引化するため、「先週見た青いグラフの資料」といった曖昧な記憶からでも、目的のファイルや情報を瞬時に探し出すことができる。過去の作業履歴を辿るための、強力な検索ツールと言える。
リコール機能に対しては懸念されていたセキュリティにも万全の配慮がなされている。リコールのデータアクセスにはWindows Helloによる生体認証が必須であり、保存されたデータはすべてデバイス上で暗号化されるため、クラウドへの情報流出リスクはない。本稿執筆時点ではプレビュー版だが、まさにNPUのローカル処理能力があってこそ実現した、次世代の機能である。
さらに、HP独自のAIアシスタント「HP AI Companion」も搭載する。一般的な質疑応答を行う「Discover」に加え、ユーザーが指定した資料を基に分析や要約を行う「Analyze」機能や、自然言語でPCの設定変更を指示できる「Perform」機能などを備える。執筆時点ではベータ版であり改善の余地は見られるものの、NPUを積極的に活用するメーカー独自のアプリケーションとして、今後の発展が期待される。
そして、パフォーマンスの最適化による省電力化も、ローカルAIがもたらす重要なメリットだ。AIがPCの利用状況を学習し、リアルタイムで電力配分を最適化することで、無駄なエネルギー消費を削減する。これが結果としてバッテリー駆動時間の大幅な延長につながり、公称値通りの長時間利用を実現する基盤となっている。
このように、Copilot+ PCはソフトウェアの成熟とともに、ようやくその真価を発揮し始めた。生成AIの技術は日進月歩で進化しており、今やその活用は、ビジネスにおける競争優位性を左右する不可欠な要素となっている。
現状、AI処理の大半はクラウド上で実行されるが、この潮流は確実に変化する。今後、リアルタイム性やセキュリティを重視したローカルAIアプリケーションの増加は必至である。そのとき、NPUを搭載しないPCではこれらの恩恵を享受できず、結果として大きなビジネスチャンスを逸しかねない。
今回レビューした「HP EliteBook X G1i 14 AI PC」は、こうした未来を見据えた戦略的な投資対象となりうる一台だ。
これらの点を総合的に評価すると、本製品は次世代のビジネスPCを検討する上で、極めて有力な選択肢の一つであると言えよう。
全社的な一斉導入に踏み切れない場合でも、まずは少数導入から始めるというアプローチも有効だろう。特定の部門でその実用性を検証し、費用対効果を見極めた上で段階的に展開していく。それこそが、この変革期において、賢明な第一歩となるのではないだろうか。