スーパーコンピュータで8億年かかる計算問題を1秒以内に解く──富士通は2017年、そんな驚愕のコンピュータ「デジタルアニーラ」を商用化し、金融、創薬、デジタルマーケティング、物流などの業界向けに先行導入を開始した。
ここで言う「8億年かかる計算」とは、コンピュータ科学の領域では有名な「巡回セールスマン問題」のことだ。これは、セールスマンがすべての都市を巡回して出発地点に戻るときの最短ルートを求める問題である。
例えば、巡回するのが3都市であれば、3の階乗(3×2×1)である「6通り」の組み合わせを比較計算すれば答えが求められる。だが、巡回する都市の数が増えると計算対象は指数関数的に増えていき、30都市なら実に1京×1京通り以上の計算が必要になる。これは、1秒間に1京回の演算ができる富士通のスーパーコンピュータでも、8億年かかる計算量である。デジタルアニーラは、こうした1京×1京通り以上もの「組み合わせ最適化問題」を1秒以内に解いてしまうのである。
「デジタルアニーラは、組み合わせ最適化問題に特化したコンピュータです。実ビジネスの世界で存在する、さまざまな組み合わせ問題をほぼリアルタイムに解くことが可能です」(富士通 AI基盤事業本部 本部長代理 東圭三氏)。
デジタルアニーラの応用例として、わかりやすいのは宅配での最短ルートの算出だろう。数十カ所に荷物を届ける際の最短ルートが瞬時に計算できれば、物流の合理化やコスト削減に役立つ。
また、実際の物流では、配送先と他の配送先の距離だけではなく、積荷の量や荷降ろしの作業時間、交通量など、さまざまな条件を加味しながら配送の最適化を図らなければならない。今日のコンピュータでは、その最適解を即座に算出するのは不可能とされてきたが、デジタルアニーラならば、そうした計算をほぼリアルタイムに実行でき、状況の変化に応じて最適なルートをリアルタイムに提示することも可能なのである。
組み合わせ最適化問題は、もともと量子コンピュータの適用分野と目されてきたものだ。実際、デジタルアニーラは、量子コンピュータにおける組み合わせ最適解の算出手法「アニーリング」のアプローチを採用している(図2)。
【解説】アニーリングとは、「焼きなまし」を意味し、材料を適当な温度に加熱し、ゆっくり長時間冷却することで、内部のひずみを取り除く熱処理手法を意味する。アニーリング方式も、考え方はこれと同じで、最適解の枠の中に、すべての要素を入れて、「揺らし」ながら、短時間で最適解の枠に収まる組み合わせのかたちを見つけるというものである
アニーリング自体は目新しい手法ではない。ただ、デジタルアニーラが革新的なのは、量子コンピュータではなく、これまでのコンピュータと同じく、デジタル回路を使ったコンピュータによってアニーリングによる超高速計算を可能にしている点だ。
富士通には、量子技術の研究開発で培ってきたノウハウと、スーパーコンピュータ開発で蓄積してきた並列処理技術、半導体設計のノウハウがある。この2つを融合させ、富士通では、アニーリング処理(組み合わせ最適解を得る処理)に特化した新アーキテクチャのデジタル回路を開発した。のちに、量子コンピューティングソフトウェアのトップベンダー、1QBit社と協業、同社のアニーリングソフトウェアを新アーキテクチャのデジタル回路に対応させ、デジタルアニーラを商用のクラウドサービスとして提供し始めたのである。
「デジタルアニーラは、アニーリング方式を採用しつつ、安定した動作と、実ビジネスでの利用を可能にした世界唯一のコンピュータと言えるものです。量子コンピュータは、ビット数、稼働の安定性、量子の持続性など、解決すべき課題も多く、本格的な実用化にはまだ相応の年月と技術革新が必要とされています。一方のデジタルアニーラは、今すぐビジネスに役立てられるコンピュータです。その意味で、近未来の量子コンピューティングパワーを、今日のビジネスに応用するための現実的なソリューションと言えるのです」(東氏)。