「G-SHOCK」に代表される、独自性の高い製品で定評のあるカシオ計算機。そうしたカシオの技術を生かし、取り組みはじめたオープンイノベーションが、注目を集めている。
2019年、中期経営計画の中で、他社との「共創」による新規事業の早期立ち上げに向けた取り組みを発表した。アシックスとのスポーツテック事業や、コーセーとのビューティーテック事業など、いずれもこれまで同社が手がけてきた事業分野とは一線を画す、まさに新たな事業の創出と言えるものだ。
事業開発センターで新規事業プロジェクトを担当する井口氏によると、その第一歩は「これまで培ってきた技術を棚卸しし、市場のニーズやメガトレンドと照らし合わせて、選択と集中を行うことだった」という。
オープンイノベーションがもてはやされる一方で、どう取り組むべきか悩める企業は多い。カシオはどう挑んだのか。その挑戦を井口執行役員はじめ、各事業の担当者に聞いた。(後編はこちら)
新規事業に取り組むことになったきっかけを教えてください。
井口氏
カシオは、電卓や時計、電子楽器をはじめ、デジタルカメラの「QV-10」など、半導体の進化にあわせたさまざまな製品を生み出してきました。しかし、インターネット時代となった2000年代以降は、なかなか革新的な新製品が出せなかった。それが今IoTの時代になって、再びわれわれの得意な領域にスポットが当たるようになった。これがひとつのきっかけです。一方でさまざまな価値観が大きく変わる中で、新たな成長戦略を考えなければならないという危機感もありました。そこで1年ほど時間をかけて市場のニーズやメガトレンドを分析し、その中でわれわれの強みは何か、どのような技術を持っていてどう生かせるのかという、棚卸しをしたのがスタートラインです。
新規事業の創出にあたって、他社との「共創」を選択したのはなぜですか?
井口氏
新たな成長戦略を考える上で、なんでも自社でやろうとする自前主義から脱却しなければならないという思いがありました。技術の中には長年研究開発を続けているものの、自社だけではなかなか出口が見いだせないものもあったからです。パートナーとの「共創」というエッセンスを加えることで、シーズ(種)をニーズにつなぎあわせることができ、新たな市場形成のチャンスが生まれると考えました。ただそのためにはもちろん、われわれの技術もパートナーが出口を見いだせるようなものでなければなりません。
「共創」が実現できたのは、パートナーに技術を認めていただいたことに加えて、グローバリゼーションが進んできた時代背景もあります。われわれもパートナーも、これからの時代はグローバルで戦っていかなければならない。ライバルはもはや国内だけではありません。アシックスもコーセーもそういう背景があり、なおかつまったくの異業種同士だったから、同じ日本企業として互いをリスペクトしながら、補完し合う関係を築くことができたのだと思います。またカシオのDNAとして、これまでも意外性のあることをずっとやってきたので、今回も意外性のある組み合わせでの「共創」が実現できたのかもしれません。
カシオ計算機が取り組む新規事業の1つが、スポーツ用品大手のアシックスとの「共創」によるスポーツテック事業だ。カシオの持つセンシングやウェアラブル技術と、アシックスの持つスポーツ工学の知見やデータを掛け合わせて、ランニングのフォーム分析やコーチングといったサポートサービスを提供。アシックスが持つコミュニティとも連携し、初心者から本格ランナーまで、ひとりひとりのモチベーションの維持や成長に役立つ、新たなランナー向けプラットフォームの構築を目指す。
カシオが新規事業としてスポーツテックに取り組むのは、どのような理由からですか?
井口氏
「センシングとアルゴリズムで世の中にないユーザー価値を創造する」というのが、われわれが健康やスポーツの新規事業に対して掲げたミッションです。カシオはもともとスポーツと相性の良い時計を持っていますし、今回新たに心拍計や酸素摂取量の計測などを搭載した「G-SHOCK」の新モデル「G-SQUAD GBD-H1000」も発売します。このようなウエアラブルデバイスで得たデータを可視化して、さらにさまざまなデータと連係させることで、人々に新しい気づきをもたらし、生活改善をサポートしたいというのがわれわれの思い。その第一弾がアシックスとのランナー向けの取り組みになります。
アシックスとの「共創」に至った、背景を教えてください。
井口氏
カシオが長年、人の動きをセンシングする技術を研究する中で、腰にモーションセンサーをつけることでランニングフォームを可視化できることがわかりました。その技術をランニングに関する長年の知見とデータをもつアシックスに、「今までにランニングフォームを正確に分析できるセンシングデバイスは他になかった。われわれが探していた技術」と評価していただいたのがきっかけです。ただそこから「共創」に至ったのは、企業カルチャーが似ていたこともあります。われわれも技術を重んじる会社ですが、アシックスもスポーツ工学研究所という施設を持つなど技術にこだわっている。そういう共通点があったことが大きかったと思います。また現場レベルだけでなく、トップ同士がコミットメントしたことによって、より深い「共創」が可能になりました。
アシックスとの「共創」は具体的にはどのような座組になるのでしょうか?
井口氏
われわれがモーションセンサーのようなハードウェアを提供し、そのデータを元に誰もが手軽に、ランニングフォームなどについてアドバイスがもらえるサービス、およびアプリケーションをアシックスと一緒に作っていきます。カシオには生体認証、生体力学を可視化する技術があり、アシックスは人間工学、スポーツ工学に関する知見とデータががある。これらをもとに、企画開発からマーケティングまで一緒にやっていきます。
ユーザーから見れば、ハードウェアとソフトウェアとコミュニティの3つが伴った、プラットフォームが提供されるイメージ。継続して利用できて成長を実感してもらえる、新しい顧客体験を両者で一緒に作っていきたい。またそのサイクルの中でわれわれの「G-SHOCK」だったり、アシックスのシューズを使ってもらおうということです。今後はランニングだけでなく、さらにウォーキングや疲労リカバリー(睡眠)といった分野についても、一緒に取り組んでいく計画です。
中期経営計画で発表された事業分野の中でも、特に意外性のある組み合わせなのが、コーセーとの「共創」によるビューティーテック事業だ。カシオの持つ画像認識技術、画像補正技術、インク吐出制御技術をネイルプリンターに応用。マニキュアなどのセルフネイル市場で強いブランドを持つコーセーと、ネイルインクやネイルデザインの開発で協業し、さらに美容市場についての知見などを提供してもらう。
2019年12月から東京・銀座の「Maison KOSÉ」にて、実証実験もスタートしている。事業開発センター 事業企画部 ビューティーテックグループの小野田 孝グループマネージャーに取り組みの詳細を聞いた。
なぜカシオがビューティーテックで「共創」することになったのでしょうか?
小野田氏
美容機器にIoTやAIといったテクノロジーを組み合わせたビューティーテック市場が、近年急速に立ち上がりつつあって、弊社では2023年くらいまでに一兆円規模のマーケットになると予想しています。この市場に参入できないかというのが、プロジェクトの最初の一歩でした。
ビューティーテックには大きく分けてメイク、スキンケア、ネイルの3分野がありますが、その中でこれまでカシオが培ってきたデジタルカメラや、ハガキプリンターの技術を応用できるのがネイルプリンターだった。そこで参入にあたって美容に強いパートナーを模索していたところ、コーセーとの提携が実現しました。コーセーでもちょうど、ネイルプリンターをいろいろと試されていた時期で、タイミングがあったのもあります。
具体的にはカシオとコーセーで、どのように役割分担をしているのでしょうか?
小野田氏
カシオがハードウェアとアプリケーションの開発を担当しています。画像認識技術で爪の形を認識し、形にあわせた立体的なプリントを実現するために、独自のインク吐出制御技術を応用。また、さまざまな爪の形の認識データを蓄積し、画像認識の精度を高めるしくみも採用しました。
一方「NAIL HOLIC」など人気のセルフネイルブラントを擁するコーセーには、ネイルプリント用のインクやコート剤などの消耗品の開発に取り組んでもらっています。ただしインクの開発はインク吐出制御とセットのため、より早くより簡単にプリントできるように、両者で一緒に開発を進めているところ。さらに今後はチャネルについても、一緒に検討をしていきたいと思っています。
ネイルプリンターでどのような事業展開を目指しているのですか?
小野田氏
ターゲットにしているのは20~40代のセルフネイルを楽しんでいる女性。ネイルサロンではネイルアーティストの方が考えたデザインを選びますが、われわれが目指すのは好きなブランドの服を着たり、小物を持ち歩いたりするような感覚で、気軽に変えられるネイルです。そこに、デジタルにしかできない価値がある。ゆくゆくはいろんな場所にネイルプリンターを設置して、ネイルがしたいときにいつでもどこでも簡単にプリントできるような世界を築きたい。もっと身近で自由度高く自己表現ができるように、ネイルの世界を変えていきたいと思っています。