認知症の課題解決を「音で」目指す塩野義製薬とPxDT--共創で得た「3つの学び」を紹介

 CNET Japanでは、2月19日から3月1日にかけて、「1+1=2以上の力を生み出す『コラボ力』」をテーマに掲げたカンファレンス「CNET Japan Live 2024」を開催した。

 2日目のセッションでは、塩野義製薬と共同で音を使った認知症の予防・改善に取り組んでいるピクシーダストテクノロジーズ(以下、PxDT)が登場。同社のkikippa事業部 兼 iwasemi事業部・事業部長 辻未津高氏が、「オープンイノベーションにおけるピクシーダストテクノロジーズと塩野義製薬の事例」と題して、自らの経験を踏まえた大企業・スタートアップ共創のポイントについて語った。

(右下)ピクシーダストテクノロジーズ kikippa 事業部 兼 iwasemi事業部・事業部長 辻未津高氏(右上)CNET Japan 編集部 西中悠基
(右下)ピクシーダストテクノロジーズ kikippa事業部 兼 iwasemi事業部・事業部長 辻未津高氏
(右上)CNET Japan 編集部 西中悠基

音や光の波をコンピューターで制御する「波動制御」で社会課題を解決

 PxDTは2017年設立のスタートアップで、音や光の波をコンピューターで制御する「波動制御」を活用した複数の技術を有し、「パーソナルケア&ダイバーシティ」と「ワークスペース&DX」の領域で事業を展開している。エンジニアでメディアアーティストとしても活躍する落合陽一氏が代表取締役会長CEOを務め、2023年8月に米国のナスダック市場に上場を果たしている。

 辻氏は、「我々は、『社会的意義』や『意味』があるものを連続的に生み出す“孵卵器”となることを目指しており、認知症のような大きな課題に対して取り組むことを得意としている。その際には、今までになかったアプローチを用いて、様々な企業と組みながら連続的に商品を届けていくことに挑戦している」と、同社の理念を説明している。

PxDTの保有技術と事業ポートフォリオ
PxDTの保有技術と事業ポートフォリオ
PxDTの産学の共同事業・研究パートナー
PxDTの産学の共同事業・研究パートナー

通常の生活をしながら認知症をケアする技術を共同開発

 そのような活動の一環として、同社は現在、塩野義製薬と共に「ガンマ波サウンド」を活用した認知症問題に取り組んでいる。

 厚生労働省によると、2025年に日本の65歳以上の認知症想定患者数は5人に1人にのぼるとされているが、現在は解決策がない状態にある。一方、最新の研究では、アルツハイマー型認知症患者は、脳波の一部であるガンマ波が弱まっていることが明らかとなり、これまでに実際に音や光を使った感覚刺激によってガンマ波を引き起こすことで、認知機能や認知症に関連する機能悪化の抑制を示唆するという研究結果が得られているという。

 その中でPxDTと塩野義製薬は、日常に溶け込む形でガンマ波を引き起こすことに成功。「様々な場所で、音によって認知機能をケアできる世界に変えていける技術を両社で開発した」(辻氏)。具体的には、テレビを見ている時や音楽を聴いている時の音声情報をリアルタイムに40Hzに変調し、ガンマ波をひき起こす音に変えることができる技術だ。少しざらざらした音になるが、問題なく音声情報も聞き取れ、音楽も楽しむことができるという。辻氏は、「この音声変換技術を使って、誰もが生活をしながら自然と認知機能ケアができる未来を作っていきたい」との希望を語る。実装形態としては、イヤホンやテレビスピーカーなどのデバイス、番組の副音声やラジオコンテンツなどを想定しているそうだ。

PxDTと塩野義製薬が共同事業で目指す世界観
PxDTと塩野義製薬が共同事業で目指す世界観

 両社は同技術をもとに、2023年4月に共同開発製品を発表した。さらに認知症という社会課題の解決のため、NTTドコモ、学研ココファン、SOMPOひまわり生命保険、三井不動産と、新たにアライアンスパートナー契約を締結。業界が異なる各社がそれぞれ持っているフィールドを使い、認知症の改善、認知機能の改善を目指すという大きな取り組みに進化させている。現在では、大型ショッピングモールや銭湯、フィットネスジム、介護施設などで採用が進んでいるという。

2社のほかに多くの企業が参加する取り組みに拡大している
2社のほかに多くの企業が参加する取り組みに拡大している

協業解消の危機を救った「トップ同士の“腹を割った”話し合い」

 2社の共創を振り返ると、PxDTと塩野義製薬が出会ったのが2019年10月で、製品化はそこから3年半後、共同開発を開始してから2年後となっている。その間には、取り組み解消の危機も含めてたくさんの壁に突き当たったという。

2社協業のこれまでの歩み
2社協業のこれまでの歩み

 最も高かった壁が、2022年前半に生じた製品化のタイミングに関する問題である。それは「まさに大企業とスタートアップがぶつかる壁」(辻氏)であり、現場レベルではどうしようもならないところまで至ったという。

 辻氏は、「我々目線では、世の中に困っている人達がたくさんいる中で現状の成果をもとに早く製品化して、薬では取りえないスピード感で世の中の役に立っていきたいという強い想いがあった」と、PxDTの立場を説明する。それに対して塩野義製薬では、「まだまだ確認したいことが多い。早く世の中に届けたい気持ちはあるが、製薬企業としてはまだ製品化の実現は難しい」という考えだった。背景の違いでどうしても折り合えず、「現場レベルではブレイク寸前になってしまった」と、辻氏は当時を振り返る。

 それを乗り越えたのが、両社のトップによる腹を割った話し合いだった。PxDTのトップが「現場はこういうが、私は塩野義さんと一緒に仕事がしたい」という熱い思いを伝え、塩野義製薬のトップもそれに呼応して腹を割った話し合いをした結果、改めて想いを形にしていくためにはどうしていけばいいか、何か打開策はないのかという視点で議論が再開されたのだという。

 そして、その想いが周囲を動かし、第三者として塩野義グループでヘルスケア商材を取り扱うシオノギヘルスケアの参画が決定。「ヘルスケア」という出口が見えて、対立構造だった状況が改善され一気にブレイクスルーしていったという。そこから、シオノギヘルスケアの社長を含めた現場のリーダー、メンバーを加え、議論が進められた。「どうしたら社会価値が最大化していくのか、各社の事情ではなく、社会に対して何が最もバリューが出るのという一点に向かっていったことで、取り組みが加速していった」と、辻氏は経緯を説明する。

シオノギヘルスケアの参加で製品化に向けた課題を解決
シオノギヘルスケアの参加で製品化に向けた課題を解決

取り組みの「旗印」を立てて目的に向かう姿勢を鮮明に

 このように、開発における最大の危機は、両社のトップが腹を割って話をしたことで回避できた。両社はその後に同じことを繰り返さないために、取り組みに関する“旗印”を立てることにした。2023年4月14日に、PxDTと塩野義製薬の連名で、主要5紙に企業広告を掲載。根本的な治療策がない認知症に対して、音という新たなアプローチで解決を目指し、全速力で社会実装に向けた取り組みを推進しているという姿勢を世の中に広く展開した。辻氏は、「ここまで色々とぶつかってきたが、一番何を大切にしていきたいかというところで想いを揃え、我々だけでなくプロジェクトに関係していない人たちも大きく巻き込んでいきたいという目的もあって、メッセージを発信した」と、広告展開の背景を説明した。

新聞掲載した連名の企業広告
新聞掲載した連名の企業広告

 辻氏は、塩野義製薬との共同開発で得られた学びとして、(1)「旗印を立てる」、(2)「ブレイク覚悟で腹を割る」、(3)「経営クラス同士の接点を持ち続ける」という3点を挙げる。

 (1)については、スタートアップと大企業では置かれている状況も立場も異なるため、すれ違うのは当たり前だ。中身を詰めていくだけでなく、両社が向かう先であり、立ち返る旗印を立てることが、プロジェクト成功の鍵になるという。辻氏は、自身が手掛けたプロジェクトを振り返り、「旗印を当初から定めることで、社内外を含めて巻き込めて、プロジェクトメンバーもそこに向かって進んでいるという合意形成を作っていくことができたら、もっとスムーズに物事を進められたと思う」と語る。

 (2)は、当初はお互いにオープンな関係性ではあったものの、「本当にここは」という部分はぎりぎりまで本音を出しあえず、結果的にブレイク寸前まで行ってしまったことに起因して得られた知見である。「当初からあけすけに話し合っていくことができていれば、もっとスムーズに運んだだろう。スタートアップと大企業の協業はそもそも難易度が高いので、しこりが残った状況では協業の成功にはたどり着けない」と辻氏は総括する。

 (3)に至る背景としては、柔軟なスタートアップの事業責任者でかなりの裁量権を持っていたはずの辻氏でも、大企業との共創では決めきれないことがあったという。そこで今回はトップ同士のやりとりで危機を回避できたが、その際に「名刺交換程度の関係性ではうまくいかなかっただろう。トップ同士が定期的な頻度で人柄を含めて分かり合っているという関係性を構築することが、今回のような難しい協業を成功させる肝になる」と辻氏はポイントを語る。

両社の取り組みで可視化された大企業・スタートアップ共創の3つの成功ポイント
両社の取り組みで可視化された大企業・スタートアップ共創の3つの成功ポイント

 塩野義製薬とPxDTのガンマ波サウンドによる認知症ケアの取り組みでは、既に事業拡大に向けて複数の企業と連携しているが、今後さらに広くパートナーシップを拡大し、認知機能の改善、認知症がなくなる世界の実現を目指しているという。

 辻氏は、「我々の挑戦にはまだたくさんわからないことや逆風もあるが、音で認知症に挑み、人々が生活をしながら認知機能の改善ができて、最終的に認知症という言葉すら世界からなくなっていく、そんな未来を多くの方々と作っていきたいと思っている。このパートナーシップに参画したいという企業は、是非お声がけください」と、セッションを締めくくった。

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