行政機関が肩を持つのはペンギン?それともマイクロソフト?

David Becker(CNET News.com)2004年02月02日 10時00分

 Microsoftはこれまで法廷でそれなりに苦い思いをしている。しかしこのところ同社は、市議会や州議会からも非常に厳しい攻撃を受けるようになった。

 アナリストの試算によると、Microsoftの政府顧客からの売上げは、全体の売上げの10%以下に過ぎない。しかしその行政機関が過去数年にわたり、それとは不釣合いな割合で同社の頭痛の種となっている。行政機関のコンピュータをLinuxなどの競合ソフトウェアに移行する野心的なプロジェクトに着手したり、オープンソース商品寄りの行政命令を発したり、強硬なライセンス交渉を展開したりと、Microsoftの実力を試すという点においては、政府顧客のほうが一般企業よりもずっと先行している。

 Microsoftがビジネス上の取引で苦い思いをした例のひとつに、行政機関のコンピュータをオープンソースソフトウェアに移行するという政府案に基づいたものがある。ドイツの都市ミュンヘンは、昨年Microsoft離脱者として最も注目を集めた都市のひとつとなった。同市が所有する1万4000台のPCをオープンソースソフトウェアへと移行する採決を下したのである。テキサス州オースティンも昨年後半、似たようなLinuxプロジェクトに着手した。ほかにも、多数の英国政府機関がオープンソース化を検討中で、韓国、中国、ドイツの政府機関でも同様のことが起きている。マサチューセッツ州も昨年、オープンソースソフトウェアを支持するIT購買政策を採用したが、それは後に「最も価値のある」製品を重視する政策へと修正された。

 こういった発表の一部は、交渉戦術に過ぎないようにも見える。だが、単に商談数だけを見ても、行政機関がMicrosoftから抜け出したいという意欲を一層高めていることは明白だ。そして、関心が集まっているのは単にサーバLinuxだけではない。このオープンソースOSはとうとう、デスクトップへの進出をも果たそうとしているようだ。

 「政府機関で行われている商談は、Linuxが本格的にデスクトップ分野で信用を得つつあることの表れだ」と米リサーチ会社Red MonkのアナリストStephen O'Gradyは語る。「政府の動きからして、一部の機関はLinuxに移行する準備ができているようだ」(O'Grady)

政府の例に倣おうとする一般企業

 Microsoftが恐れているのは、主な収入源である企業顧客が政府のまねをするのではないかということだ。「行政機関は、時に流行の先端を行くことがある。オープンソースへの取り組みもそのひとつだ」とオープンソースソフトウェアグループOpenOffice.orgのマーケティング第一人者Sam Hiserは語る。「企業は非常に排他的で、皆自分が突飛な存在ではないという保証がほしいのだ。いっぽう行政機関はより機敏に行動する。特に、コストが削減される場合と、税金の正しい使い道を考える場合には話が早い」(Hiser)

 こういった現状についてMicrosoftのビジネス戦略担当シニアバイスプレジデントMaggie Wilderotterは、現実というよりは感覚的なものだと主張する。行政機関は、一般企業よりも速いスピードで根本的なIT移行を進めてなどいない。行政機関のすることに注目が集まっているだけだというのだ。

 「行政機関の動きが他の誰よりも早いのではなく、そのように報じられているだけだ」とWilderotterは言う。「多くの場合、行政機関の行動にはより多くの注目が集まる。入札が必要なため、商談の透明性も増す。一般企業が新しいソフトウェアパッケージの導入を決めたところで、プレス発表するようなことではない」

 Wilderotterはさらに、「昨年Microsoftは多数の行政機関と契約を交わしたが、わざわざ報道機関に宣伝しようとはしなかった」と付け加えた。

 Open Source Development Labsの最高責任者Stuart Cohenは、各国の行政機関がオープンソースソフトウェアに移行する動機はさまざまで、地域によってそれぞれ異なる理由があると言う。「米国では、総所有コスト(TCO)と柔軟性を重視している。欧州では、Linuxが生まれた場所としてオープンソースコンセプトにより重点が置かれているようだ。日本は輸出入比を気にしており、大量のソフトウェア輸入量に対して輸出の比率も上げたいと考えているようだ。中国では、自前のものを使うことに関心があり、現在Linuxベースのアプリケーションを開発しているようだ」(Cohen)

 行政機関がオープンソースソフトウェアを選択する際、最初のきっかけとしてコスト面に注目することが多い。「お役所は本当に火の車なのだ。多くの行政機関は財政危機に近い状態だといっていい」と米リサーチ会社Directions on MicrosoftのアナリストMike Cherryは言う。「彼らはコスト削減のあらゆる手段を真剣に探している。だから、自分たちのIT組織の中に“私ならコスト削減ができる”と言うLinux支持者がいれば、注目を集めるのも当然だ」(Cherry)

 オープンソースソフトウェア支持者とプロプリエタリソフトウェア支持者の間での最大の争点は、Linuxやオープンソースソフトウェアの総コストと、Windowsを購入して使用する場合の総コストのどちらが高くつくかという点だ。Microsoftの主張によると、オープンソース商品は、入手にあたっては安価であるか無料だが、管理費やサポート費がかさむため、長い目で見ればより高価な買い物となる。米リサーチ会社IDCによる有力な調査結果を含め、いくつかの第三者機関による調査もMicrosoftの主張を支持している。しかし、Linuxへ移行した場合のコスト優位性が、初期導入以後も引き続き蓄積すると主張するものもいる。

 Microsoft幹部のOrlando Ayalaは、中小企業向けの商品販売と、チャネル販売プログラムを指揮する人物であるが、そのAyalaは先日1通のメールを送信した。Linuxに対するMicrosoftの勝利を謳う2つの新しい調査結果を強調する内容だった。

 まず、Microsoftが委託して世界のチャネルパートナー1700社を対象に行った調査では、前回の調査と比較して、Linuxの導入は横ばいであることがわかった。Linuxを将来的プロジェクトとして考慮する企業の数が少しずつ減っているのだという。

 もう1つの調査は、Microsoft Germanyがドイツのミュンスター大学に委託して実施したもので、Microsoft製品の売上げがパートナー企業に与える経済的影響に関する調査だった。この調査によると、Microsoftのドイツ国内でのパートナーシップ関係による売上げは、年間で合計約140億ドルに相当する。また、Microsoftの売上げ1ドル当たりのMicrosoftパートナーの売上げは7.5ドルに相当する。

 Microsoftの広報担当者は、Ayalaのメールについてのコメントを避けた。

地元の利益が重要

 各国の行政機関にとっては、自国の金の行き先も気になるところだ。オープンソースプロジェクト、特にローカライゼーションや既存製品との統合を要するプロジェクトは、地元開発者の雇用を生む可能性がある。

 「米国外の行政機関は、自国内で処理できるビジネスを国外に流したいとは特に考えていない」と米リサーチ会社GartnerのアナリストMike Silverは言う。「地元経済の利害関係を計算に入れると、ビジネスの事例も大きく変わってくる。各国政府は、平等な条件の下でソフトウェア開発を行いたいのだ。そうすれば、インフラ整備のために地元の雇用を創出できる」(Silver)

 公文書や情報へ自由にアクセスできるかどうかという点についても、行政機関の考えは一般企業と違ってくる。オープンソースソフトウェアやオープンスタンダードというと、プロプリエタリなものよりも自由にデータにアクセスできるとして有望視されることが多い。

 「行政機関にとって、公開審査が大きな課題となるのは間違いないだろう」とLinuxを販売する独SuSEの最高技術責任者(CTO)Jurgen Geckは言う。「行政機関は外部から注目されているため、こういった課題についてより高い認識を持っている。警察などが関わってくる分野なのだから、100%の透明性を提供できるLinuxが有利なのは明らかだ」(Geck)

 またOpenOffice.orgのHiserは、「行政機関は(他の一般企業よりも早く)オープンファイルフォーマットの利点に気づくだろう」という。「彼らの大きな関心事は、公式文書へのアクセスを保証することだ。これは行政機関にとってかなり説得力があるはずだ」(Hiser)

 これに対しMicrosoftは、自社製品の基本ソースコードを一部の顧客に公開するプログラム、Shared Source Initiativeを拡大した。同社がCNET News.comに語ったところによると、このプログラムは今年Office製品などにも適応される可能性があるとのことだ。同様に、ソースコードを世界の59の行政機関および政府系機関に公開するGovernment Security Programというプログラムも拡大される可能性があるという。さらに同社は、Office 2003製品の基本的なXMLファイルフォーマットへにアクセスできるというプログラムも開始した。

 MicrosoftのWilderotterは、政府機関が偏りのない調査さえすれば、彼らがオープンソースソフトウェアを選択しようとする理由の多くは崩れ去り、Microsoft製品を選択する方が有利だという結果になるという。Wilderotterは、数年前にある有名なオープンソース開発推進プロジェクトに関わっていたロンドンのニューアム区の例をあげる。ニューアム区は、外部コンサルタントを雇い、長期IT計画についての支援を受けた結果、Microsoftを選択することになった。

 「ニューアム区はTCOやセキュリティといった多くの項目を検討し、その検討結果に基づいてMicrosoftを選択するに至った」とWilderotterはいう。「ニューアム区がそれまでにとってきたスタンスからして、多くの人がその選択に驚いた。しかし、これが現実だ」(Wilderotter)

 Wilderotterによると、Microsoftにとって最も大きな課題は、オープンソースソフトウェアを取り巻く神話の一部を打ち崩すことだ。その神話の1つに、オープンソースソフトウェアはプロプリエタリソフトウェアよりも自動的に安くなるという概念がある。

 「コストは重要だ。だが、行政機関との商談にたどり着けさえすれば、大抵の場合Microsoftが非常にコスト効率のよい製品を提供しているとわかってもらえるはずだ」(Wilderotter)

 しかし、行政機関の決断は常に統計的な分析のみに基づくものでもないと、Directions on MicrosoftのCherryは言う。「オープンソースコミュニティは本当にエネルギッシュで活動的だ。コミュニティの力で企業にLinuxを購入させることはできないが、草の根活動家的な方法で行政機関の注目を集めることはできる。行政機関は、こういった圧力に敏感なのだ」(Cherry)

Linuxの影響力は本当に大きいものなのか

 一部の政府機関がLinuxへ乗り換えたからといって、Microsoftの利益に大きな影響が出ることはないとGartnerのSilverは言う。だがこのような動きは、オープンソースプロジェクトを検討中のほかの政府機関や一般企業に事例を提供することになる。これはMicrosoftにとって痛手だ。

 「どの機関がLinuxに移行したかはともかく、それが話題にさえなればLinuxにとって好都合だ」とSilverは言う。「皆どこでLinuxの導入が実現し、大規模なデスクトップLinuxへの移行に成功するのか注目している。なかでも大規模な事例のいくつかは、行政機関から出て来る可能性が高い」(Silver)

 しかし、行政機関が本当にオープンソースソフトウェアを支持しているのかどうか疑う人々もいる。大規模なLinux移行プロジェクトは、実際にはほとんど実行されていない。さらに、こういったプロジェクトが、Microsoftとの交渉の結果、中止に至ったケースもあるのだ。

 イスラエル財務省は最近、数千台のPCをオープンソースソフトウェアに移行するとMicrosoftに対して脅しをかけた。その結果Microsoftは、同社のOfficeパッケージから個別にアプリケーションを購入したいという財務省の要求を呑んだ。

 またMicrosoftは昨夏、これまでにないほどの甘い態度をタイ政府に示している。同社は、Windows XPとOfficeパッケージを標準価格より4000ドルも安い価格で提供することに合意したのだ。このパッケージは、国民に安価なPCを提供しようというタイ政府のプログラムを通じて提供されたが、このプログラムはそもそもLinuxとオープンソースソフトウェアのみに焦点を当てたものだった。

 「こういった事例の一部は、プロプリエタリな製品を提供する企業から有利な条件を引き出すための単なる戦術だと言ってもいい」と、Computing Technology Industry Association (CompTIA)の広報担当者Michael Wendy は言う。CompTIAは、Microsoftからのサポートを受けている商業団体だ。

 Microsoftと契約交渉を行う際、オープンソースソフトウェアを試すと言って脅す戦術がより一般的になってきている。そして行政機関は、交渉が公的であることを利用して、そういった戦術をより効果的に使うことができるとSilverは言う。

 「イスラエルの件は、オープンソースの脅威をMicrosoftとの交渉に利用したいい例だ」とSilver。「Microsoftにしてみれば、この脅しをかけると誰でも大幅な値引き交渉ができると思われたくはないだろう。しかし、行政機関が大声で叫べば叫ぶほど、Microsoftが契約を結ぶ可能性は高くなる」

新しい姿勢に出るMicrosoft

 Cherryは、特に昨年のタイでの契約が、今後もMicrosoftに悪影響をもたらす可能性があるという。同社が一部の顧客に非常に有利な条件を許すという前例となるからだ。

 タイとイスラエルの例が先例となって、いくつもの行政機関が特別な契約条件を求めるようになれば、Microsoftの収益にも影響することになるだろうとCherryは言う。「企業顧客も同じような要求をし始めると、問題はさらに大きくなる。人が持っているものを欲しいと言うのは、ごく自然なことだ」(Cherry)

 「こういった条件を要求するケースはこれからも増えるだろう。特に財政困難に陥っている行政機関がこのような態度に出ることは容易に想像できる」とCherryは付け加えた。「その結果、Microsoftの価格設定力は失われることになる」

 しかしWilderotterによると、タイでの契約は、行政機関、それも特に発展途上国政府に対するMicrosoftの新しい姿勢を示す重要な例であるという。万国共通のソフトウェアパッケージに固執していた同社だが、今回の契約にあたっては特別に廉価版Windows XPとOfficeを用意したのだ。廉価版とはいえ、大半のタイの顧客ニーズを満たすものである。

 「タイをテストケースにして検証したかったのは、商品パッケージを発展途上国のニーズに合わせて切り分けることができるかどうかだ」とWilderotter。「よりよい商品パッケージを、現地のニーズに沿ってその市場に投入するにはどうすればよいか。我々は非常にいいフィードバックを受け、そういった状況に合った製品を作るにはどうすればいいのかがわかった。そして、そのニーズに合うパッケージにたどり着いたのだ」(Wilderotter)

 Microsoftは今回の経験で、行政機関を相手に商売をする際にどのような態度で臨めばよいのか学んだのだとWilderotter言う。「これまで行政機関も単なる顧客として見ていたが、そうではない。このことを理解した結果、Microsoftは行政機関との長期プログラムを多数獲得することができた。これら発展途上国の多くは、長期的に見て大きなチャンスを生み出すもので、こういった国々とうまくやっていくことは重要なのだ」

 Wilderotterは言う。「我々の現在のアプローチは、ずいぶんと改善された。行政機関は我々の柔軟性、透明性、ニーズへの即応性について、以前よりもいい印象を抱いている」と。

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