5GおよびBeyond 5Gの基地局に向けた高効率ミリ波帯フェーズドアレイ無線機を開発

-独自の高効率増幅回路と、ばらつき補正技術によりミリ波帯無線機の低消費電力化を実現-

・広帯域39 GHz帯のミリ波帯フェーズドアレイ無線機を開発
・双方向性ドハティ型増幅回路と、素子間ばらつき補正技術により、高効率と高信号品質を両立するミリ波帯高集積半導体ICを実現
・現行の5Gに加え次世代のBeyond 5Gの基地局への搭載を通じて、広帯域通信の実現と普及を加速




【概要】
東京工業大学 工学院 電気電子系の岡田健一教授と日本電気株式会社(NEC)は共同で、次世代のBeyond 5G(用語1)に向けて、ミリ波(用語2)帯をより有効に活用できるフェーズドアレイ(用語3)無線機を開発した。
第5世代移動通信システム(5G、用語4)では、ミリ波帯の周波数を用いて通信速度の向上を図っているが、Beyond 5Gに向けたさらなる高速化のために、より高い周波数の活用や大規模MIMO(用語5)の利用が期待されている。ミリ波帯フェーズドアレイ無線機の低消費電力化のために、本研究では新たに、高効率小型ドハティ型増幅器(用語6)と、素子間ばらつき補正(用語7)を適用したデジタル歪補償(DPD)技術(用語8)を開発し、高エネルギー効率と高い線形性(用語9)を両立するミリ波帯高集積半導体ICを実現した。
開発した39 GHz帯ICは、65 nm(ナノメートル)世代のシリコンCMOSプロセスで製作した。ICをアンテナ基板に実装し、64素子フェーズドアレイ無線機としての性能を評価したところ、素子間ばらつき補正によるデジタル歪補償の性能向上を確認した。
本研究で開発した回路は5G向けの基地局に搭載可能で、39 GHz帯の広帯域を用いた大容量通信を低消費電力・低コストで実現し、5Gのさらなる高度化と普及を加速させる成果といえる。
本研究成果は、6月13日(現地時間)から米国ハワイ州ホノルルで開催される国際会議「2022 IEEE Symposium on VLSI Technology and Circuits <VLSIシンポジウム>」で発表される。

●開発の背景
昨今のデジタルトランスフォーメーション(DX、用語10)の加速により、移動通信システムに求められる通信容量が指数関数的に増加している。このような社会的要求に応えるため、第5世代移動通信システム(5G)では、従来のマイクロ波帯と併用して、周波数が10倍以上高いミリ波帯を用いることで従来にない高速大容量の無線通信を実現しようとしている。
国内でも2020年に5Gの商用サービスを開始しているが、次世代のBeyond 5Gに向けては、ミリ波帯のさらなる有効活用が求められている。その方向性として、低消費電力技術によってビットあたりのコストを低減し、さらなる大容量通信サービスを加速すると同時に、充電不要な低消費電力デバイス等による新たなサービスを提案することが期待される。また、さらに高い新規周波数の活用や、ミリ波帯大規模MIMOの実用等が求められている。

●ミリ波帯のさらなる有効活用に向けた課題
現行の5Gミリ波帯通信では、アナログビームフォーミング(用語11)によって空間的な多重化を行い、無線資源の有効活用を図っている。ビームフォーミング機能はフェーズドアレイアンテナシステムによって実現されるが、そのためには、必要な機能素子を高密度に集積し、低消費電力技術を駆使して高エネルギー効率のミリ波帯高集積半導体ICを実現することが何より重要である。
また、より大容量な通信のために、より広い周波数帯域をもつ39 GHz帯などの利用が期待されているが、より高い周波数帯での低消費電力・高エネルギー効率ミリ波帯高集積半導体ICの実現が課題であった。

●研究成果
従来のマイクロ波帯基地局装置では、低消費電力化のためにドハティ方式と呼ばれる高効率の増幅器回路技術と、高効率とトレードオフ関係にある信号品質を改善するデジタル歪補償(DPD)技術が広く用いられている。本研究では、これらの技術を基地局用ミリ波帯フェーズドアレイ無線機に初めて適用した。
2つの増幅器を用いるドハティ型増幅器は、回路面積が大きく小面積のミリ波帯ICに集積するのが困難であった。本研究では、送信と受信を同じ増幅器で行う独自の双方向性ドハティ型増幅器回路を考案し、小型集積を可能にした。
また、フェーズドアレイ無線機にDPDを適用する場合、複数のアンテナ素子経路に対して共通の信号補正を行うため、経路間に特性のばらつきがあると信号品質の向上が制限されるという課題があった。本研究では、ICにセルフテスト回路を内蔵し、閾値電圧(用語12)のばらつき、利得および位相オフセット(用語13)のばらつきを検出し、素子間の特性ずれを補正してからDPDを適用することで、信号品質のさらなる向上を実現した。

これらの新しい技術を用いたフェーズドアレイ無線機用ICを、最小配線半ピッチ65 nm(ナノメートル)のシリコンCMOSプロセスで製作した(図1)。このICは39 GHz帯で動作し、偏波MIMO(用語14)にも対応し、水平偏波用に4系統分、垂直偏波用に4系統分のトランシーバを、5.0 mm×4.5 mmの小面積に集積している。ICチップ内には先に述べた双方向性ドハティ型増幅器、セルフテスト回路を内蔵している。集積回路チップはWLCSP(Wafer Level Chip Size Package)技術(用語15)によりパッケージングした。
[画像1: リンク ]

このIC 16個をアンテナ基板に実装し、64素子フェーズドアレイ無線機(図2)としてのOTA(Over-the-Air)性能(用語16)を評価した。この評価試験では、無線機の実際の使用状況を想定し、16個あるICの一部の温度を変化させ、意図的に、特性のばらつきを起こした状態でモジュールの特性を測定した。その結果、本研究で提案した内蔵セルフテスト回路を用いたばらつき補正を施すことで、補正なしの従来に比べて信号品質が大きく向上し、優れた線形性と高エネルギー効率を実現できていることがわかった。また、64素子フェーズドアレイモジュールとして、飽和 EIRP 55.2 dBm、64-QAM変調による21 Gb/s の伝送速度などの優れた性能が確認できた。

[画像2: リンク ]

●今後の展開
本研究では、39 GHz帯においても低消費電力・高エネルギー効率のフェーズドアレイ無線機を実現できた。本研究で開発した回路は5G基地局に搭載可能で、低消費電力化による低コスト大容量通信、39 GHz帯での大規模MIMO、高速での到来方向推定、安定したビームトラッキング等を可能とする技術であり、大容量ミリ波帯5Gの普及を大きく加速させる成果である。

【付記】
本研究は、総務省委託研究「第5世代移動通信システムの更なる高度化に向けた研究開発(JPJ000254)」の成果の一部である。
【用語説明】
(1) Beyond 5G:第5世代移動通信システム(5G)の次の世代の移動通信システム。
(2) ミリ波:波長が1~10 mm、周波数が30~300 GHzの電波。
(3) フェーズドアレイ:複数のアンテナをアレイ状に配置し(アレイアンテナ)、各アンテナへ位相差・振幅差をつけた信号を給電する技術。ビームフォーミングの実現に利用される。
(4) 第5世代移動通信システム(5G):2019年に展開を開始した、国際的な移動通信ネットワークの第5世代技術標準。現在ほとんどの携帯電話に用いられている第4世代移動通信システム(4G)ネットワークの後継の規格である。4Gまでは6 GHz以下の周波数帯が用いられてきたが、5Gではその6 GHz以下の周波数帯と併用してミリ波も利用することで、大幅な通信速度の向上を可能にしている。
(5) 大規模MIMO:MIMO(multiple input multiple output)とは、複数の送受信アンテナを使用することで複数の無線通信経路を確立し、利用する技術であり、帯域あたりの伝送速度の向上が可能である。大規模MIMOは、より多数のアンテナを用いるMIMO技術の総称である。Massive MIMO(マッシブマイモ)と呼ばれることが多い。
(6) ドハティ型増幅器:増幅器を2つ並列で構成し、出力電力が低い時は一方の増幅器のみを動作させ、出力電力が高い時は両方の増幅器を動作させることにより、幅広い出力電力レベルで高効率を実現する増幅器。
(7) 素子間ばらつき補正:本研究で新たに導入した補正技術。チップ内の各素子の特性をあらかじめテスト回路によって測定し、そのばらつきを無くすようにバイアス電圧などの境界条件を変化させ、素子間のばらつきを補正する。
(8) デジタル歪補償(DPD)技術:回路の非線形性による所望の特性からのズレを事前に計測し、入力側にあらかじめ逆方向のズレを与えて、結果所望の特性を得られるように補償する技術。
(9) 線形性:電気回路においては、入力と出力の関係が直線的であること。線形性が高いほど、入力と出力の関係が曲がりなく真っ直ぐである。線形性が悪いと、2つ以上の入力が互いに干渉し、望まない成分が出力に現れることがある。
(10)デジタルトランスフォーメーション(DX):5G、IoT、AI等の通信・デジタル技術を活用し、浸透させることで、人々の生活や社会の構造などをより望ましい方向に変化させていく概念をいう。
(11)ビームフォーミング:アンテナからのビームパターンを制御すること。一般的にはアレイアンテナを用いて、各アンテナから送受信される信号の位相と振幅を制御することにより実現する。電波の放射パターンを特定の方向に向けて細く絞り、遠くまで届けることができる。位相と振幅の制御の方法による分類として、アナログ回路部分で位相と振幅を変化させるアナログビームフォーミングと、デジタル回路部分で変化させるデジタルビームフォーミング、両者を組み合わせたハイブリッドビームフォーミングがある。ミリ波帯では多数のアンテナを用いるため、デジタル方式では回路規模と消費電力が莫大になるため使用されておらず、アナログ方式が用いられている。
(12)閾値電圧:トランジスタがONになり、電流が流れ出すときのゲート電圧。閾値電圧が異なると、同じゲート電圧を与えたときに流れる電流値が異なり、結果としてトランジスタの特性にばらつきが出る。
(13)位相オフセット:位相の初期値のずれ。
(14)偏波MIMO:偏波とは、電波が空間を伝わるときに波が振動する方向のことで、振動方向が一定で、電界が地面に対して垂直な偏波を垂直偏波、水平な偏波を水平偏波と呼ぶ。偏波MIMOとはMIMO技術の一種であり、適切なアンテナを用いることで特定の偏波の電波を取り出すことが可能であり、水平偏波と垂直偏波の2つの偏波を用いて複数の通信経路を作り出すMIMO技術を、特に偏波MIMOという。
(15)WLCSP(Wafer Level Chip Size Package)技術:半導体ICチップのパッケージ技術の一種。ICチップと同じ面積で実現できる非常に小型かつ安価なパッケージ技術。
(16)OTA(Over-the-Air)性能:実際に空中に電波を飛ばしたときの性能。

【発表予定】
本研究成果は6月13日(現地時間)から米国ハワイ州ホノルルおよびオンラインで開催される国際会議2022 IEEE Symposium on VLSI Technology and Circuits <VLSIシンポジウム>のWireless, Phased Arraysのセッションにおいて、「A 39-GHz CMOS Bi-Directional Doherty Phased-Array Beamformer Using Shared-LUT DPD with Inter-Element Mismatch Compensation Technique for 5G Base-Station」の講演タイトルで発表される。

講演時間:6月15日午前10時30分(現地時間)

講演タイトル:A 39-GHz CMOS Bi-Directional Doherty Phased-Array Beamformer Using Shared-LUT DPD with Inter-Element Mismatch Compensation Technique for 5G Base-Station

会議Webサイト:リンク

プレスリリース提供:PR TIMES リンク

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