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心的外傷後ストレス障害(PTSD)治療のための簡便なトラウマ記憶の忘却方法の開発 - 海馬神経新生を亢進して古いトラウマを忘却させる -- 東京農業大学

東京農業大学 2016年09月29日 08時05分
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東京農業大学応用生物科学部バイオサイエンス学科の喜田聡教授らのグループは、心的外傷後ストレス障害(PTSD)の原因となるトラウマ記憶を、神経新生を促進することで忘却させる方法を開発した。この方法を用いて臨床試験も開始され、過去のトラウマを忘却させてしまうことで、PTSDを治療することが期待される。この研究成果は、国際的な学術雑誌「eLife」のon line版に掲載された。


【背景と概要】
 心的外傷後ストレス障害(Post Traumatic Stress Disorders; PTSD)は、トラウマ記憶を原因とする精神疾患である。PTSD治療のための治療薬はなく、現時点では、医師との面接による認知行動療法(持続エクスポージャー療法)が最も有効なPTSDの治療方法である。しかし、この治療方法では、長期間にわたってトラウマ記憶を繰り返し思い出させて治療するために、治療に長期間を要し、医師と患者の双方の負担が大きいことが問題となっていた。喜田教授らは、トラウマ記憶のマウスモデルである恐怖条件付け記憶を用いて、古いトラウマ記憶であろうとも、マウスにトラウマ記憶を短時間(10分間)思い出させた後で、神経新生を促進することで、効率良くトラウマ記憶が忘れ去られることを発見した。この原理を用いて、国立精神・神経医療研究センターにおいて、本論文で使用された神経新生を劇的に亢進するメマンチン(NMDA型グルタミン酸受容体の拮抗薬)を利用した臨床試験も開始されている。この方法を用いることにより、持続エクスポージャー療法を用いることなく、簡便に、かつ、効率良くトラウマ記憶を消去することでPTSDを治療することが期待される。

【論文内容】
 海馬神経新生が記憶の忘却を誘導することが示されている。しかし、この場合、忘却を誘導できるのは、最近の記憶(記憶したばかりの記憶)に限られており、PTSDの原因となっているような昔のトラウマ(古いトラウマ記憶)には適用できなかった。これは、最近の記憶は脳の記憶中枢である海馬による制御を受けているが(海馬依存的)、記憶が古くなると海馬からの制御を受けなく(海馬非依存的に)なるため、海馬の神経新生を促進しても、海馬と関係のない古い記憶自体は影響を受けないためと考えられている。喜田教授らのグループでは、古いトラウマ記憶を思い出させて、再び海馬の制御下に置く(海馬依存性に戻す)ことで、古いトラウマ記憶をも忘却させられるのではないかと仮説をたて、研究を進めた。
 本論文では、トラウマ記憶のマウスモデルとして、恐怖条件付け文脈課題を用いた。この課題では、マウスに小さな箱の中で軽い電気ショックを与え、恐怖体験した場所(小箱)を記憶させる(恐怖条件付け)。マウスが恐怖体験した場所を記憶していれば、小箱に再び戻された時に恐怖反応(身動きできないすくみ反応)を示す。恐怖条件づけ直後から、メマンチン(体重1 kg当たり50 mg)を投与すると(4週間、週一回投与)、投与期間終了後に小箱に戻すと恐怖反応は約50%程度に低下しており、恐怖記憶の忘却が観察された。しかし、恐怖条件づけから8週間以上経過後からメマンチン投与を開始しても、投与期間終了後に恐怖記憶の忘却は観察されなかった。そこで、恐怖条件づけの8週間後にマウスを小箱に10分間戻し、恐怖記憶を短時間思い出させた後に、同様のメマンチン処理を行うと、投与期間終了後に恐怖反応が約50%程度に低下し、最近の恐怖記憶と同様に、昔の恐怖記憶をも忘却できることが明らかとなった(図1)。さらに、海馬神経新生を亢進させることが知られているエクササイズ(マウスのケージに回し車を入れてやりマウスに運動させる)を用いても、同様の恐怖記憶の忘却が引き起こされることが明らかとなった。以上の結果から、古い(過去の)トラウマ記憶であろうとも、短時間思い出させた後に神経新生を促進することで、忘却されてしまうことが明らかとなった。
 続いて、短時間思い出した後に、神経新生亢進により忘却が誘導されるメカニズムを解析した。これまでの研究から、記憶を思い出(想起)した際に、記憶想起をコントロールする脳内の領域では、遺伝子発現(初期応答遺伝子c-fos)の誘導が観察されることが示されている。この遺伝子発現を解析した結果、恐怖条件付け後に4週間以上経過してから、マウスを小箱に10分間戻した後に、海馬において遺伝子発現が起こっていることが明らかとなった。一方で、3分間だけ戻した場合には、海馬における遺伝子発現は観察されなかった(図2)。これまでは、古い記憶を思い出しても海馬は活性化されないと長く信じられてきたが、10分間という比較的長い時間恐怖記憶を思い出させると、古い記憶の制御に海馬が関与することが初めて明らかになった。さらに、一旦海馬が活性化されてしまうと、古い恐怖記憶であろうとも、その想起に海馬を再び必要とするようになること、加えて、その記憶の再貯蔵にも海馬を必要とすることが明らかとなった。以上の結果から、古い恐怖記憶を10分間思い出すと、失われていた海馬依存性が復活することが世界で初めて明らかとなり、古いトラウマ記憶であろうとも、記憶を思い出すことにより、海馬依存性を復活させた後に海馬の神経新生を促進することでトラウマ記憶の忘却が可能となることが明らかになった(図3)。
 この結果に基づいて、国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所成人精神保健研究部金吉晴部長、堀弘明室長らにより、PTSD治療のためのオープン臨床試験が開始されている。今後、メマンチンを用いた簡便なPTSD治療方法開発が期待される。

【用語解説】
 海馬神経新生:以前は脳の神経細胞は増加しないと考えられていたが、海馬では神経細胞の新生が起こっており、神経細胞は常にリニューアルされていることが明らかとなっている。

【掲載情報】
論文名:Hippocampal neurogenesis enhancers
    promote forgetting of remote fear memory
    after hippocampal reactivation by retrieval
著者:石川理絵、福島穂高、Paul W Frankland、喜田聡
雑誌名:eLife
公開日:平成28年9月29日

本研究は、以下の研究プロジェクトの成果である。
科学研究費補助金・新学術領域研究
研究領域:「マイクロエンドフェノタイプによる精神病態学の創出」
     (領域代表者:喜田 聡 東京農業大学 応用生物科学部 教授)
研究課題名:「環境要因が導く精神疾患モデルを用いたマイクロエンドフェノタイプ同定と分子基盤解明」
研究代表者:喜田 聡
研究期間:平成24年6月~平成29年3月

※本文中で指示された図版については、添付のPDFファイル(リリース原文)をご覧ください。

▼リリースに関する問い合わせ先
 学校法人 東京農業大学戦略室 上田・矢木
 〒156-8502 世田谷区桜丘1-1-1
 TEL: 03-5477-2300
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