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【日光市】7月1日、英国大使館別荘記念公園、開館のお知らせ

日光市 2016年06月09日 19時05分
From 共同通信PRワイヤー

2016年5月31日

日光市観光情報発信センター

7月1日、英国大使館別荘記念公園、開館のお知らせ
~ ヨーロピアンの歴史を色濃く残した、日本最古の避暑地探訪~

7月1日(金)、国際避暑地・奥日光の原点となった「旧英国大使館別荘」が、120年の時を経て、「英国大使館別荘記念公園」として開園します。
 英国の外交官として、明治維新に大きな影響を与えたアーネスト・サトウが、奥日光の自然、特に故郷・英国の風景を思い起こさせる中禅寺湖をことのほか愛し、1896年(明治29)、湖畔の南岸に山荘を建てました。山荘は後に英国大使館別荘となり、2008年まで利用されました。その後、2010年に栃木県へ寄贈され、今年から一般公開されます。
英国大使館別荘記念公園では、歴史や英国文化についての展示を行います。また、館内で紅茶やお菓子などが楽しめるほか、2階の広縁からは、湖畔の風景を満喫できるなど、当時使われていた時代の雰囲気を感じることができます。
美しく移り変わる春夏秋冬がはっきりとして、歴史的な史跡の中に豊かな自然を感じられる、日光。この土地には、古くから多くの外国人が訪れたことから、西洋の香りを残した施設もいまだに存在しています。
本リリースでは、7月1日に公開される旧英国大使館別荘の他、19世紀のネオ・ルネサンスの歴史等を残した日光の近代建築を紹介します。

― 英国大使館別荘記念公園について ―
◆平成28年開園予定期間:7月1日(金)から11月30日(水) ※11月の月曜日は休園
◆開園時間(予定)   9時から17時まで(11月11日から30日は9時から16時まで)
◆観覧料(予定)    大人 200円  小人 100円(4才以上~中学生まで)
◆イタリア大使館別荘記念公園との共通観覧券 大人 300円  小人 150円

~日光の近代建築をめぐる~

■中禅寺湖畔・イタリア大使館別荘
 旧英国大使館別荘のすぐ近くにはイタリア大使館別荘があります。昭和3年にイタリア大使館の別荘として建てられ、平成9年まで歴代の大使が使用していたものです。「本邸」は、床板や建具・家具などをできる限り再利用して復元し、副邸は、往時の歴史を紹介する「国際避暑地歴史館」として整備しています。
設計者は、チェコ出身のアントニン・レーモンド(1888-1976年)。レーモンドは、22歳で渡米し建築事務所へ所属。その後、大学時代から憧れていたフランク・ロイド・ライトから帝国ホテルの仕事を依頼され、大正8年の大晦日に初来日しました。
別荘は、二階建ての木造建築で、レーモンドは設計時、地元の職人たちにどのような建材が適しているか提案するように依頼しました。外壁は地元特産の日光杉を樹皮と薄い板に分け市松模様にし、美しくモダンな外観を演出しています。

■中禅寺湖畔・西六番園地「グラバー別荘跡地」  
国際社交場の名残をとどめる、二荒山神社中宮祀の西にある「西六番別荘跡地」。明治期、スコットランド出身の貿易商、トマス・グラバーがこの地に別荘を建てた後、実業家のトマス・ハンターが購入、釣りを通じての国際社交場としての拠点として大いに賑わいました。グラバーはこの地で英国紳士のたしなみと言われた「フライフィッシング」を楽しんでいたと言われており、昭和2年(1927)には、アントニン・レーモンド設計で新たに「西六番別荘」が立てかえられました。会員には、ヨーロッパの外交官なども名を連ね「夏は外務省が日光に移る」といわれるほどでした。昭和15年(1940)、パーティー後の漏電火災が原因で消失し、現在は「西六番園地」として、国際避暑地としての往時の面影を今に伝える湖畔空間となっています。

■JR日光駅
JR東日本管内では、もっとも古い木造建築の気品あふれる洋風の駅舎『日光駅』。優美で清楚なその姿は「白き貴婦人」と讃えられるほど。両翼は平屋建てで2階建ての中央部は北ヨーロッパに多くみられるネオ・ルネサンス様式となっており、大正天皇が訪れた時の貴賓室もあります。長らく設計者が不明で、フランク・ロイド・ライトやアメリカのジェームズ・ガーディナーという説もありましたが、現在は明石虎雄氏の設計と言われています。夜はライトアップされ更に幻想的です。

■旧日光市役所(現日光行政センター) 登録文化財  
大正時代の初め頃に「大名ホテル」の名前で建てられましたが、営業することなく、昭和29年から日光市役所の庁舎として使われてきました。お城のようなこの建物は、古美術骨董商として財をなした小林庄一郎が日光を訪れる外国人観光客のホテルとして建てたもの。しかしながらホテルとして使われることはないまま、古川電工日光精銅所が所有して職員アパートになったり、戦後には進駐軍の社交場になったりしましたが、その後日光町に寄付され、1954(昭和29)から日光市役所の総合支所の庁舎として使われています。

■明治の館(旧ホーン邸) 国登録有形文化財(2006年登録)  
日光東照宮のほど近く、閑静な日光不動苑に建つ「明治の館」は、蓄音機を日本に初めて紹介したアメリカの貿易商、日本における蓄音機の父と呼ばれたアメリカ人実業家F.W.ホーンの別荘として建造された、明治の時代の息吹を今に伝える石造りの洋館レストラン。
日光石を積み上げた外装が特徴で、当時の日光の匠たちが「乱れ石積み」という技法で丹念に時間をかけて完成させたもの。洋館の扉を開くとそこには文明開化が織りなした気品溢れる空間が広がっています。1977年からレストランとなり、2006年登録有形文化財に登録されました。「明治の館」はジョージアン様式で、18世紀にイギリスで流行しました。

■日光真光教会(しんこうきょうかい)   県指定建造物 1982年登録    
外国人の方々の為に大正時代、1914年に建てられた歴史ある教会。日光を何度も訪れていた建築家アメリカ人宣教師・建築家で立教大学(当時立教学校)初代校長だったJ.M.ガーディナーの設計により本格的なヨーロッパ風デザインに仕上げられています。
石造りの外観は教会らしく重厚感たっぷり。使用されている材料は近くの大谷川から採取された安山岩。さらに教会の中の壁にも地元の鹿沼石が使われ、日光らしい独特の雰囲気に。内部にある聖書台の下には、日本をこよなく愛したガーディナーと夫人の遺骨が納められています。

■田母沢御用邸   国指定重要文化財 2003年登録  
明治天皇の皇太子・明宮嘉仁親王(後の大正天皇)の西洋のために造営された、日本家屋と西洋文化の(内部)融合した建物です。地元出身の銀行・小林年保の別荘だった「日光田母沢園」にあり、江戸・明治・大正の歴史的な建物が同居する木造建築は稀有であり、「近代和風宮廷建築」とも称されたほどです。現在は記念公園として整備された、近代和風建築の頂点を見ることが出来ます。

■日光金谷ホテル本館  国指定文化財 2005登録
明治26年(1893)、金谷善一郎氏は大谷川岸の高台に、客室30の洋風の2階建て「金谷ホテル」を開業しました。日本最古のリゾートホテルと言われています。昭和11年(1936)には前面の土取り工事を行い、玄関入り口を設け、3階建てに増築。内部は、柱や階段の上部を洋風に円形の天窓を設けていますが、食堂の透かし彫りの柱頭飾りや採色は和風の趣があります。
     
■金谷ホテル別館    国指定文化財 2005登録
別館の設計はドイツの工科大学で学んだ久米権九郎氏。屋根は和風を強調し、正面入り口は簡素な唐破風。そして正面玄関の左右の扉には獅子と虎が彫り込まれています。内部は質素な造りとなっていますが、窓からは日光の山々と変化に富んだ美しい風景が広がります。
  
■金谷ホテル歴史館(金谷カッテージイン、「侍屋敷」) 
現存する日本最古の外国人専用の宿泊施設。そのルーツは、日光東照宮の楽人(雅楽を演奏する人)だった金谷善一郎によります。アメリカ人医療伝統宣教師のヘボン博士が日光を訪れた時、金谷善一郎がヘボン博士に「外国人用の宿(イン)」を経営するように勧められ、明治6年(1873)に「カッテジイン」が誕生しました。利用した人でもっとも有名なのが、英国人旅行家のイザベラ・バード。明治13年(1880)に出版された「にっぽん奥地紀行」では、「金谷邸(カナヤズ・ハウス)という章を設けて、建物の構造から調度品、風景、もてなし方などを簡潔に記しています。金谷カッテジインの最大の魅力は、国の登録有形文化財にもなっている360年余の歴史を誇る建物であることです。複雑な間取りはさながら迷路のような構造に、外国人宿泊者たちから「侍屋敷」と呼ばれていました。そして、釘などを使わずに縦と横の部材を組み合わせる軸組工法「貫構造(ぬきこうぞう)」や礎石の上に柱を立て軒下の湿気を逃す「礎石工法」など、伝統的な建築技法が随所に見て取れるのも魅力のひとつとなっています。

■古河掛水倶楽部(足尾エリア)
古河鉱業が足尾銅山の隆盛期に、銅山を訪れる華族や政府高官を招いて、接待や宿泊に使用した迎賓館。大正初期に改築された建物は、外観は洋風、内部は和洋それぞれの様式を用いた木造建築となっています。



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