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ポスト・グローバル資本主義としての「合本主義」

文京学院大学 2014年08月13日 10時53分
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文京学院大学 オピニオンレター Vol.1

提言者:島田 昌和(経営学部教授 専門:経営史、経営学)
(1961年東京都生まれ。渋沢栄一の企業者活動の史的研究などが専門。主な著書に『渋沢栄一 社会企業家の先駆者』(岩波新書)や『渋沢栄一と人づくり』(共編著、有斐閣)などがあり、2014年7月18日には『原典でよむ 渋沢栄一のメッセージ』(岩波現代全書)が発刊された。)


■ 遺産登録から見いだす意味

富岡製糸場が世界文化遺産登録され、話題になっています。このことを契機に、その創設に関わった渋沢栄一の視点を通じて、日本および世界の資本主義のあり方を提言します。

まずは富岡製糸場についてです。過去の例を見ると、世界遺産は一過性の「地域おこし」に終わってしまいかねない危惧があります。おそらくこの夏は富岡製糸場観光でにぎわうと思いますが、それだけにならないように、その意味を見いだすことが重要です。

意味は大きく三つあると考えています。一つ目は、世界史における意味。これは最も一般的ですが、「非西欧国でその後の近代産業の出発点となる近代工場が建設され、礎となった」ということです。

二つ目以降がより重要だと考えます。二つ目は日本の経済発展上の意味です。富岡製糸場は、当時官吏であった渋沢栄一が設立にかかわり、その後は財閥である三井に払い下げられています。これは、渋沢がリードした日本の経済発展の特徴を象徴的に示しています。この詳細は後述します。

三つ目は、現代における意味です。二つ目ともリンクしますが、富岡製糸場から始まる日本の近代化は、非西欧国の近代化の中で「特異性」を有していると考えます。それはBRICsやアジアなど現在の新興国にとって、一つのモデルを提示します。

その特異性は、渋沢栄一の思想である「合本主義」から生まれました。合本主義について説明する前に、簡単に渋沢栄一という人物について紹介しておきます。

■ 渋沢栄一という人物

渋沢栄一は、氏の研究の第一人者である土屋喬雄により「日本資本主義の最高指導者」と称され、しばしばこのように紹介されます。事実、生涯で500社以上の企業の立ち上げに関与しました。

その功績はピーター・ドラッカーからも高く評価されていて、岩崎弥太郎と共に「ロスチャイルドやモルガンやクルップやロックフェラーの業績よりもはるかにめざましいもの」とまで言われています。

渋沢は、現在の埼玉県深谷市に、1840年(天保11年)に生まれました。生家は農業と「藍玉」という藍染め原料を販売する富農の家でした。渋沢は、家業を手伝う際に藍玉を巨大市場である江戸で売るのではなく、あえて江戸の大問屋が相手にしない新潟や長野まで下って販売していました。当時から新市場開拓を考えていたことが分かります。

また、利根川の水運によって江戸とつながる地の利を生かし、頻繁に江戸に出ては高い教養を身に付けました。同様の環境に生まれた人も多くいるので、それだけが原因ではありませんが、渋沢の傑出した能力を形作る一因は、この生まれた環境にあると考えます。

渋沢は、一般的には著書『論語と算盤』が知られていて、そこで唱えた道徳と経済は一致するはずだという「道徳経済合一説」が有名です。

一方、これまで打ち捨てられていたもので、富岡製糸場を機に現代で見直して欲しい考えが「合本主義」です。これは、読み方を聞かれるくらいまったく浸透していません。「がっぽん」と読みます。渋沢は、しばしばスピーチでこの言葉を使っています。合本主義は「株式会社制度」と理解されることもありますが、渋沢は社会福祉や学校についても、「合本制度」であるべきだと発言しています。

渋沢にとって、合本主義とはより大きな概念です。そして現在の資本主義社会を考える上でも、大きな示唆を与える考え方です。

■ 人とお金を合わせる「合本」

「合本」とは、「本を合わせる」と書きます。本とは、「人とお金」のことです。株式会社は、資本だけを集めるので、そこに「人」を足すことが、合本の基本的な考えです。より詳細には、『グローバル資本主義の中の渋沢栄一』(東洋経済新報社、2014)の中で、「公益を追求するという使命や目的を達成するのに最も適した人材と資本を集め、事業を推進させるという考え方」と定義しています。

合本主義の特徴は、「私益」と「公益」の両立を図った点です。西欧資本主義に、「論語」に根ざす渋沢の倫理観や公共性、また安定と長期的な利害形成の考え方を加味したものです。ステークホルダーを束ねるために道徳的観点が強調され、企業間の競争には一定の秩序を求めるなど、通常の資本主義観とは明らかに異なっています。

例えば、渋沢は株主総会を何よりも大切な場だと位置付けましたが、それは単に株主利益の尊重という視点ではなく、長期的な利害形成を目指してのものでした。そのため、短期的な株主の利益に資する配当増には走らず、多数決ではなく議論を持って結論を出しました。そこでの意思決定には、道理とモラルが重視され、近代知に基づく道理と、論語に根ざしたモラルは必ず一致すると考えました。

■ 資本主義が戻るべき場所

前述の『グローバル資本主義の中の渋沢栄一』は、公益財団法人渋沢栄一記念財団が中心となり、私をはじめとする日本の学者と、イギリス、アメリカ、フランスの経営史研究者が共同で研究・執筆しました。欧米の学者は、日本以上に資本主義に悲観的です。自己利益の追求を第一に考える資本主義は、既に多くの人を幸せにせず、制度疲労を起こしていると断言する彼らは、「その次」を探す上で、極端な「ゼロリセット」を考えていました。ところが、渋沢栄一の話をするにつれ、その内容に共鳴し、「資本主義が立ち戻るべき場所」として考えるようになりました。

私が驚いたのは、パリで行われたOECDのシンポジウムにて渋沢栄一に関するプレゼンテーションをした際の、ハーバード大学ジェフリー・ジョーンズ教授の発言です。ジョーンズ氏は、同僚であるマイケル・ポーター氏の提唱する「CSV(共通価値の創造)」を引き合いに、「合本主義は、CSVよりリアリティーがある。私は、これをヒントに、より使えるモデルを作る」と宣言されました。

■ 新興国の成長に寄与

渋沢の示す合本主義は、行き過ぎた資本主義を是正するだけではなく、これから経済成長を遂げる新興国にも、大きな指針を示すと考えます。

その理由は、渋沢が合本主義を編み出した原点によります。渋沢が最初に考えたことは、日本を近代国家に経済成長させるためには「官尊民卑」を打破すべき、ということです。フランスに留学し西欧の資本主義モデルを学んだ経験から、「強い民間経済を作らないと、近代国家・社会は成り立たない」と考えました。そのために株式会社制度を日本に導入する必要があり、その株式会社を長期的視点で成長させるために用いたモラルが「論語」だったのです。

このように、国の発展をベースに考えているため、渋沢はもともとの日本にあった財閥型のクローズドなビジネスモデルと、ベンチャー経営者も参加可能な市場型のオープンなビジネスモデルをうまく両立させます。財閥を否定するのではなく、うまく利用し、人的ネットワークを築くことで、関わったほとんどの会社を破綻させずに継続することができました。富岡製糸場のくだりで話した「日本経済の発展の特徴」は、まさにこの点にあります。近代資本主義の象徴たる「富岡製糸場」を、財閥である三井に払い下げたことは、決して矛盾することではなく、新旧のモデルをうまく組み合わせ、成長性と安定性を両立するための仕組みなのです。

この点は、現在まさに成長を続ける新興国に投げかける価値のあるモデルだと考えています。上記のマトリックスからも分かるように、新興国はどうしても財閥と政府による影響が強くなります。スピード感ある成長のためにはまとまった投資が必要ですが、いびつな投資はいびつな成長を呼びます。そのバランスをとる手法として、最適なものが合本主義です。

その実現に向け、前述の『グローバル資本主義の中の渋沢栄一』の研究を、今度は新興国バージョンで実施する予定です。2014年9月にはインドネシアを訪問、2015年4月ごろにはトルコを訪問し、9月には現地でのシンポジウムを実施する予定です。思想の普及のため、同著の英語版も発行します。

このように、渋沢の唱えた「合本主義」は、先進をいく「行き過ぎた資本主義」が帰るべき思想として、また後発である新興国が今後目指すべき思想として、今日その重要性を増しています。私は、合本主義こそが、ポスト・グローバル資本主義の時代を導く思想だと考えています。


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