オープンなビジネスモデルを模索する富士通

インタビュー:末松千尋(京都大学経済学部助教授)
構成/文:野田幾子、編集:山岸広太郎(CNET Japan編集部)
2003年12月12日 10時10分

Windows、Solarisに続く「第三のOS」としてLinuxに注力する富士通。ミッションクリティカル分野への採用も積極的で、Linuxベースの業務システム向け端末を東京三菱銀行が採用することも発表している。Linuxが富士通に与えた影響とはどんなものか。サーバシステム事業本部 本部長の山中氏に、同社のオープンソース戦略と今後の動向について聞いた。


富士通
サーバシステム事業本部 本部長
山中 明 氏

1976年、富士通に入社。2001年、コンピュータ事業本部 第二サーバソフトウェア事業部長に就任。BCCシステム推進室長 兼 コンピュータ事業本部サーバソフトウェア事業部長を経た後、2002年12月より、エンタプライズシステム事業本部長代理 兼 Lビジネス推進統括部長としてLinuxによる基幹システム事業に携わる。2003年9月より現職。




Linuxは、次世代ITインフラの基盤OS

末松: インテルとのLinuxサーバ共同開発やレッドハットとのグローバル提携の契約締結、ニフティのシステムをSolarisからLinuxへ移行するなど、最近の富士通はLinux関連の取り組みに積極的ですね。銀行用の基幹システムをはじめとするミッションクリティカル分野へのLinux採用も具体化してきました。富士通がLinuxに力を入れ始めたきっかけや、Linux市場における戦略を聞かせて下さい。

山中: 標準という意味でのオープンなサーバとしてはUnix、特にSolarisやWindowsに力を入れてきましたが、Unixはベンダー依存型なのがネックになっていること、社会的な要求や顧客のニーズが高まったことなどから、1999年頃よりLinux導入の検討を始めています。

 Linuxの利点は、誰にでもソースが自由に見られ、Linuxコミュニティの中で修正や改造、機能の追加ができる点です。情報家電にも組み込めるのが特徴で、Linuxに対する社会や企業のデマンドも急速に高まっています。現在国内市場におけるWindows系サーバの売り上げは約50%、Unixは25〜30%程ですが、Linuxのサーバ出荷は急速に伸びており、ワールドワイドで見るとIDCの統計ではUnixよりもLinuxの方が出荷本数が多い。国内市場では2005年頃、LinuxがUnixを上回るという予測もなされています。

 富士通はオープン系市場においてLinuxを、WindowsとSolarisに続く「第三のOS」として位置づけています。今後はLinuxの比重が増してくるでしょうし、最終的にはトップに躍り出るだろうOSと見据えた上での戦略的な取り組みを行っているのです。

 基本的にはLinuxを、メインフレームが使っているようなミッションクリティカルなシステムに適用できるようにして、2005年に発売するのが目標です。そのためのハードウェア、OS、ミドルウェア、サービスを提供しようと、昨年12月から社内的な組織を強化してパワーをつぎ込んできました。Linuxに関しては、ローエンドからハイエンド、ミッションクリティカルまですべてをサポートしようというのが富士通の狙いです。

末松: そこまでLinuxにコミットしているのはなぜですか?

山中: 米国に主導権を握られているコンピュータ市場をなんとかしたい、というのが理由のひとつです。WindowsやSolarisには、「深刻なトラブルに陥った際には米国に行かなければ解決できない」「ほしい機能が自分たちだけでは追加できない」という若干の不満があるんですよね。機能の追加やサポートは結局米国に頼らなければならず、ブラックボックスを握られている感じがするのです。

Linuxコミュニティとの関わりで受けた衝撃

末松: 製品の信頼性を確保する部分には、Linuxコミュニティの力が必要になってきますよね。コミュニティをビジネスの力で管理しきれないのでは、という疑問もあるのですが、富士通はコミュニティに対してどういった取り組み方をしているのですか?

山中: 確かに、いくら我々が欲している機能でもLinuxコミュニティがアクセプトしなければ、Linuxへ反映されません。そういう意味では、自社で開発する製品とは違いますよね。ですから、富士通はOSDL(Open Source Development Laboratory)へボードレベルで参画し、どういう機能を高めていくべきかということを提唱しています。

末松: しかし、最終的な判断はやはりLinuxコミュニティへ委ねることになる。とすると、ビジネスとして不確定的な要素も残ってしまうのではないですか。

山中: そうですね。すべてクリアだとは言い切れません。Linuxコミュニティは、組み込みからパーソナルユース、大型サーバまで様々な目的と観点を持った人たちが参加していますし、その立場によって欲しい機能が異なりますから。

 ユーザーがサーバやPCのシステムとしてLinuxを使おうとしても、結局は必要なパーツを選んで組み立てる力がないと使い物になりません。実際使えるものとしてインテグレーションし、ひとつのパッケージとして仕立て上げるディストリビュータの力が不可欠です。で、我々はディストリビュータとグローバルな提携を結び、技術提携ということで人材をも送り込んでいます。そういった行動とOSDLの活動を通じて、不確定な要素を最小限に抑えています。

末松: Linuxコミュニティは、オープンソース、あるいはフリー・ソフトウェアという新しい理念を持つ団体ですよね。コミュニティと付き合うにはその理念を理解することはもちろん、積極的な関わりをも求められるでしょう。そのことと企業がLinuxをビジネスとして捉えること、この両者には温度差があるのではないかと思うのです。オープンソースの理念を十分に理解し、企業全体としてもそういう方向に近づいていく、と意思表示をしているところもありますが、富士通としてはどんな立場にいるとお考えですか。

山中: オープンソースコミュニティの理念は非常に重要だと捉えているので、それには合致させようというのが富士通の基本的な姿勢です。実際、オープンソースを基に我々が開発した技術もすべてオープンにしていますし、それは他のベンダーが使うのもやむを得ない。Linuxのオープン性を貫くことを大切にしていますから、一部にクローズなものを入れ込むといった方法もとっていません。

末松: 富士通がLinuxコミュニティと関ったことにより、何か変化は生じましたか。

山中: Linuxコミュニティに参画することで、これまでの考え方を覆されるような衝撃を受けました。とにかくスピード感が桁外れに違う。それに相当論理的な説得力がないと、Linuxコミュニティは絶対にこちらの提案を受け入れません。日本人的な、あうんの呼吸で意志が通じ合うということはまずないし、声の大きい人の意見が通るなんてこともあり得ない。これらのことは、自分たちですべてを作るというクローズな環境では知るよしもなかったことなんです。スピード感と説得力を持って論理的に説明できなければ相手は納得しないという世界があることを、この身で体感しましたね。ソフトウェアの世界ではそういったところで闘えなければ、ワールドワイドでは通用しないと。

末松: WindowsやSolarisを扱っていたときとは、まるで違うということですか。

山中: 全然違います。Linuxを扱いだしたエンジニアは、目が輝いて元気なんですよね。エンジニアなら誰しも、モノを自由に作りたいという希望を持っていますから。我々が作ってきたメインフレーム用OS、Windows、Solaris……、残念ながらこれらは自由に作れません。Linuxは成長していくのが目に見える世界なので、そこにコントリビューションしていけるということは、エンジニアにとって大きな喜びになるのです。ただ、先ほど話したLinuxコミュニティの世界を体感するにつけ、まだまだ俺たちは田舎者だなという現実に直面するんですよね。

富士通が考えるオープン化への道

末松: Linuxコミュニティの開発体制は、小さいコンポーネントの中で独自性や創造性を駆使して、コンポーネントそれぞれは自由に開発しているけれど、それらがカチッとはまることで全体として機能するという体系になっている。こういう組織形態がいま重要になっているし、それはオープンソースが提示したことの一つではないかと思うのです。

 オープンソースをひとつの契機として、企業でも新しい組織形態が生まれる可能性もあるのではないでしょうか。クリエイティブな世界は個々人の動機が大切ですから、ある種のルールを決めた範囲内で自由に創造し、かつ競争しあっていいものだけが残っていく──こういう形態が知識情報の環境では適していると言えないでしょうか。

山中: そうですね。Linuxに関わりだしてから、ソフトやOS部分のモノ作りに対するパラダイムが、自分たちとはまったく違うという実感はひしひしと感じています。現時点ではまだエキサイティングな体験につながる程の経験にはほど遠いのが現状ですが、今後は本当に知識情報社会的な方向へと進んでいくでしょう。つまり、これまでのように競合のベンダーだけを横目で見ながら自分たちだけの技術を発展させてきた世界から、インタラクションによって違う見方が出てくる世界。長い目で見ると、それは技術全体の、そして自分たちへの蓄積進歩として跳ね返ってくるだろうと思うし、そう期待したいですね。

 富士通の中でも、ある意味そういったことは実行してきました。ストレージ担当やサーバ担当、サーバの中でもメンテナンス担当というように役割を分担し、それぞれがビジネスとして成り立つようにしようと。この方式は自己最適という意味ではうまくいったのですが、システムを組み上げて顧客に提供する段階で全体最適ができていなかったため、非常に苦心したんです。このことから、最も重要なのは共通のプラットフォームであるという観点を持つに至り、サーバ、ストレージ、ネットワークの総合的なプラットフォームコンセプト「TRIOLE(トリオーレ)」が考案されたんですよね。ですから最終的な問題は全体最適ができるかどうか、それが難しいかなと。

末松: 欧米の企業も何十年という時間と苦労をかけた結果、ようやくITを成功事例として「共通のプラットフォームを作ろう」という動きになりました。日本企業も、オープンソースという考え方をひとつの突破口として壁を越えることができれば、少なくとも日本で事業部制を取っている総合型企業の全体力は増すわけですよね。そういうLinuxの使い方や考え方もあるのではないかと思うのです。

山中: Linuxを抽象的に理解することで共通のプラットフォームとして認識が高まれば、事業部同士が協力し合えることになる。従って個別最適でなく全体最適が高まるはずです。これまでの日本のやり方とは違う考え方を理解する上で、プラットフォームの重要さが浸透していけばいいと思います。

末松: Linuxからの発展形態としてプラットフォームを理解するとすれば、OSだけでなく他のアプリケーションやソフトでも、オープンソース的な取り組みを始められるのではないですか。無料で配布されているコンポーネントをカスタマイズし、顧客のニーズを理解した上でピッタリなものをインテグレーションして提供するといったような。そういう意味で、オープンソースとサービス化も密接な関わりがあります。富士通としては、今後この2つの展開も考えられるのではないでしょうか。

山中: アプリケーション部分にまでオープンソースを活用すると、ミドルウェアもオープンソースを使った方が具合はいい、故に利用せざるを得ないという状況ではあると思います。実際、富士通のミドルウェア「インターステージ」(ネットワークコンピューティング環境でトランザクションを実行するコンポーネントなどを提供する)には、ウェブサーバの「Apache」や「Tomcat」といったオープンソースを取り込んでいます。そういった機能を顧客が使いたがることと、自分たちで一から作るよりは効率的だという意味合いがありますね。

 また、オープンソースのミドルウェアに自分たちが開発したミドルウェアを組み込んでオープンソースとの連携を図り、顧客がさらに使いやすようにするといったことは、Linuxやデータベースの世界では既にやっているんですよね。ですから、オープンソースとして公開されているミドルウェアを使ったり連携していくという動きは、今後さらに増えていくだろうと思います。

 しかし、我々が開発したミドルウェアをオープンソースにしていけるかというと……。まだそこまでは決断できませんね。オープンソースにした瞬間から利益が出なくなってしまいますから。

末松: 製品としての収益はなくなりますが、サービスとしては収入を得られるでしょう。

山中: 確かにそうですが、モノを提供することで得る収益とサービスで得る収益とではまったく質が異なりますから、すべてをサービスへ転換するのはそう簡単なことではないのです。また、オープンにしたら各社が横並びの状態になってしまう。

末松: しかし、質のいいサービスを提供していける企業は残りますよね。逆に言えば、サービスに力を入れている企業ほど、オープンソースの方向へさほど違和感なく進めるだろうと考えますが。

山中: 富士通はプロダクトでかなりの規模を持っている会社ですからね。世の中は確かにサービス部分の規模を大きくする方向に流れていますが、富士通がプロダクトをオープンにして、さらにサービスへ転換するという考えにはまだ至らないのが現状です。

 またプロダクトを作る技術がなければ、最終的にサービスも生き残れないはずです。ですから、我々はプロダクト部分をゼロにしてサービスへ転換することはできない。ハードウェアやプロダクトをしっかり作る技術と、それを支えるインフラ系のソフトウェア、付加価値の部分を作る技術──これらをしっかりと守っていかなければなりません。

末松: この質問は、みなさんから言質をとっているのですが、富士通は、今後の戦略を「オープン」または「クローズ」のどちらで考えているのかという問題です。オープンというのは、企業間の関係におけるオープンあるいは非自前主義のこと。これまでの日本企業のように、系列を中心とした限定の仲間うちですべてを提供する、そしてユーザーもその中に限られているというのがクローズです。

山中: 企業としてはクローズな方が楽ですが、それではもう生き残っていけないでしょうね。既に時代はオープンになりつつある中、競合するベンダーが続々と登場してきたし海外へも打って出なければならない。その上サービスへの流れができてしまっている昨今、公開されているものやシェアを取っているものは積極的に使わないとデマンドのスピードにも追いつけないし、コストがかかりすぎて立ちゆかなくなってしまいます。

 富士通は経営陣自身もそれを痛いほど理解しているし、方向性もかなりオープンになってきてはいるんです。その上でビジネスの数字とどう結びつけるか、会社の仕組みとしてどう取り入れるかというところで、もがき苦しんでいる最中だという気がしています。

 しかしその中で、富士通のDNAとでも言うべき「高信頼なシステムを提供していく、そしてそのコアな技術を持ち続ける」という部分は、我々が最も守らなくてはならないところだと思うんです。例えばハイエンドサーバの分野でハードとメインフレームを作れるのは、世界広しと言えどもIBMと富士通しかない。そういった技術を守るためにがんばっていかなければ。

末松: なるほど、わかりました。富士通はいま、確かに苦しんでいるかもしれません。しかし、ぜひオープンソースを契機として新しい日本のIT企業像を作り上げ、日本産業復活のカギとなっていただきたい。やはり日本の再生に、富士通の再生は不可欠ですから。

インタビューを終えて

 私事で恐縮だが、今から15年程前、Linuxの元祖、Unixが標準プラットフォームとして売り出している最中、海のものとも山のものともわからない筆者の著作(オープンシステム)を大々的に取り上げてくれたのが富士通だった。かつての巨大独占企業、IBMに対抗する千載一遇のチャンスと捉えたのだろう。同社は、また、当時は一介のベンチャーであったサン・マイクロシステムズと提携し、リスクをとって日本でのUNIX普及に賭けた。当時、「この会社はまさに、野武士集団だ」と思わされたものである。

 しかし時は移り、今回は(間違っていたら失礼だが)社内他部署に配慮されたコメントが多いという印象を受けた。あの頃の、ベンチャー精神、独占企業に対する反骨精神を思い出して、社内のパワーを再度結集し、苦境を乗り切って欲しい。日本の再生に、富士通の再生は不可欠なのだから。

2003年12月12日 末松千尋

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