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サブスクリプションエコノミーへの試論

2010/06/12 09:43
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渡辺聡

インターネット/IT分野で事業開発に携わる渡辺聡さんが、注目ニュースなどを題材に、そのニュースの背後にある本質的な変化とその先行きを、経済や社会との関わりの中で考えていきます。
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クラウド周りの議論がひっきりなしに行われており、電子書籍も着々と出そろいつつあり、Spotifyが日本のメディアででも表立って記事になるなど、サブスクリプション型(+定額制)のサービスモデルがまた議論になりつつある。
 
コンテンツなどがデジタル化された際の取引形態がどうなるか、ライツ周りのパッケージングがどのように捌かれていくとスムーズかといった議論は随所で交わしているが(後者についてはひとつの試みに結実していくかもしれない)、関連した議論としてサブスクリプション化した際の値ごろ感をどこに求めると良いかというやりとりもあるので少し試論的になるがまとめたい。
 
アプローチはフリーやなんちゃらというよりは、シンプルに身体性と利用価値基準からとなる。
 
筆者は長年のiPodユーザーで世の中がタッチ液晶やスマートフォンに気が移って行ってるのとは別筋で、大量に曲を持ち歩いて日々気分であれこれ聴いているという生活を送っている。そこで体感的に出てきているのが、曲数が4ケタの特に後半に入ってから、一曲一曲の重みが落ちてるような気がすることである。
 
ごく個人的な感覚なのだろうか?と思っていると、周りにもぽつぽつと類似の感触を持っている人がいることに気付いた。曰く、「昔のCDとかが安く手に入る機会が増えて、古い音楽ファンとしては楽しみで仕方がないのだけれど、リップしたCDの視聴回数を冷静に見てるとごく何回か、場合によっては1回しか聴かないようなものがある。昔はもっとひとつひとつを大事にしてたんじゃないかという気になる」、という感じである。
 
クラウド的なものも含めて、大量の選択肢に同時に晒された場合、人間の時間や注意力というのはある限界点があるため、全てのコンテンツと等価の距離感に仮にいるとした場合、量が増えるに従って一個一個に避ける理論的な心理エネルギー、熱量みたいなものは減っていくことになる。つまり、一曲増えても増分価値が小さくなる。一曲から受けるありがたみが小さくなる。
 
サブスクリプション化というのは、更に全体ストレージが自分が買ったという実感なく全体へのアクセス権を獲得する購買行動であり、ひとつひとつの購買意思決定というのは行われることはない。一曲幾らというのは実感しにくい話になる。
 
これら二つの話を組み合わせると、前者は同時に選択出来る量が増えるに合わせて増分価値が漸減していくことをしめしており、後者は選択量の無制限な拡大をイメージさせる。となると、積分計算ではないが、ある金額に収斂していくようなモデルが容易にイメージされる。
 
直感モデルであるが、サブスクリプション型というか大容量ストレージ化していくと立ちあがってくるお値ごろ感納得感というのはこういうものになるのではないだろうか。もっと直感的にはレストランなんかでのビュッフェのモデルでも良い。食べれる量基準で考えるようになると、個々のコンテンツの価値の積み上げというよりは自分の胃に入る量と満足度から逆算して支払い価値を決めた方がしっくりとくる。また、実際にそういう価格設定をされている世界である。
 
より現実に近付けるには、例えば月額課金だと、月に音楽に割いていいとユーザーが納得出来るウォレットシェアの変数が加わっての確定となるだろう。月数枚定期的にCDを買っている人だと数千円くらいは自然だと思うだろうし、携帯でたまに耳についたものを一曲二曲落とすだけというユーザーだと、聴き放題とかいわれてもあまりメリットを感じず、数百円でバランス良く使えるものはないかという選択を示すかもしれない。この辺は個人差である。
 
コンテンツの端から端まで、全てが十把一からげな扱いになるとも思えない。おそらくヘッドとテールで分かれたような棲み分けになっていくと考えられる。が、少なくともテール的な部分については、一つ幾らという話は薄れていくのかもしれないという予測を一つの仮説シナリオとして立てているこのごろである。

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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