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中世化するインターネット社会?

2004/07/07 14:02
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プロフィール

渡辺聡

インターネット/IT分野で事業開発に携わる渡辺聡さんが、注目ニュースなどを題材に、そのニュースの背後にある本質的な変化とその先行きを、経済や社会との関わりの中で考えていきます。
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昨日書き残したところで二点。マイケル・ルイスをベースにまとめようかと考えていたが、一日寝かせつつ関連エントリを読んでいると、浅田彰が浮かび上がってきた。

インターネット全体を考えていると、情報の流通は前期中世型に戻っていくのではないかと思える時がある。「構造と力」で紹介されている浅田モデルを仮援用するのであれば、王が生まれるまえの中世である。条件列挙すると
 ・マスメディアはない
 ・市場(=情報と文化の伝播範囲)は分断的/分散的
 ・市場、もしくは国家内の情報は分断化している
という二点。比較して現代に繋がる近代を対置すると
 ・マスメディアが存在する
 ・市場は包括的
 ・市場、もしくは国家内の情報は均質化している
と整理される。
※ポイントのみ抜粋したが、元モデルは更に精巧で面白い。今から見ると、社会文脈が既に古くなっているところ(Amazonの評が割れているのも良く分かる)や思想論として正しい正しくないという議論もありが、何かの事象を理解する際の整理モデルとして使えれば個人的には十分なので関知していない。

インターネット全体はメディア(Yahoo!)が強くなっていっているなという印象で眺めていたが、つい最近王、あるいは貨幣(Google、あるいはサーチエンジン)が生まれた。権力性を伴った情報のハブというのはいわゆるマスメディアが表現している機能ではなく、媒介のみを行っており積極的に主体として情報発信を行っていないという意味では彼らは狭義のメディアではない。

しかし、メディアも王も、中心を志向し権力が集中するモデルであることには変わりはない。真ん中が存在するのだ。

一方、ウェブログの世界は真ん中が存在しない。以前磯崎さんがココログ内部のアクセス分散について簡単に触れられていたが、今日時点のデータと比較してみると軒並み1%前後のアクセスシェアとなっており、分散化が進んでいることが推察できる。RSSリーダーの登録数を参考値として、普通読んでいても150フィード程度というのを何度か見かけているが、当然自分の手近なところしか目を通していないということとなる。全体数が緩やかに増えていると仮定すると、メディアの消費時間(基本)一定の法則から、各Blogへの注目度は同じく緩やかに落ちていく。

社会集団が分かれ、情報の流通が分断されると消費市場も小さく分割される。多品種少量生産に向かった製造業の流れを価値観とニーズの多様化と良く括るが、背後にあるのはコミュニケーションと文化集団の分散である。特定集団で強く支持されていることが、ちょっと世代を変えると全然知られていないなどということはもはや日常の風景となっている。例えば、50代以上にちょっと古いところも織り交ぜてチャゲアス、ドリカム、ヒッキーと略語で問いかけて認知シェアを図るとどの程度出てくるだろうか。もちろん、いずれも数百万単位でセールスされているビッグアーティストばかりである。逆に、私たち自身が中学生以下の文化と流行をどの程度知っているだろか。ポケモンは言えたとして、デジモン以降どこまでついていけるのか。

昨日の梅田さんのエントリにて

「あの5月29日に、「電車男」を知らなかったのは梅田さんたち(おじさんたちの意)だけじゃなかったはずなんです。あの部屋に居た僕らと同世代の何人かが、知ったかぶりして大笑いしながら、えっ、「電車男」なんて俺知らないぞ、まずいぞって、冷や汗を流していたに違いないんですよ。俺は絶対にそういう奴になりたくなんですよね。だから、新しい面白い情報へのアンテナは張り続けています。あの部屋で、「電車男」知らない側に回ったら、ショックだったろうって思いますよ」

との引用がされているが、どの程度以上の情報であれば「普通知っているよね」というレベルなのかは今後ますます曖昧になっていくことだろう。特定社会集団内部であればともかく、一歩外れると、細部細部でついていけない領域は次々増えていく。

一定量以上の人が小波を追いかけて、古きよきメディア消費のスタイルに戻ることを決意しない限りは、不可逆の流れである。その時、市場も同時に形を変えてしまっていることだろう。

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中心が周辺を取り込んで拡大する動きと、周辺の爆発に中心の処理が破綻してついて行けなくなる動きは現在同時に起こっている。サーチエンジン系の方の意見を伺っていると前者の声が多いが、ウェブログ系だと後者が反対に多くなる。この対比の中で、ライブドアがサーチエンジンの中軸としてウェブログの検索を持ってきているのは面白い。
※ご存知の通り、トップページからでも使えるようにデザイン変更が行われている。

この両者の隙間がどう埋められようとしているかは昨日ご紹介した南さんが秀逸なまとめエントリをpostしている。本分野になんらか関心のある方は是非お読み下さい。

一点だけ引くと、

当方の頭にもうひとつ渦巻くのは、ダーウィンの進化論的な考え方。個々の情報がより豊かに進化する為には、それぞれの情報が新しい情報と出会ってもまれ、影響を受けて、常に変化して行く事が望ましい。その為には、多くの情報の種が生まれる事も必要で、情報同士が切磋琢磨出来る環境を整える必要がある。多様な情報の種を生むのが Weblog で、その切磋琢磨を可能とさせるのが、Search Engine の役割なのかもしれないな、と。

このような問題意識の元で書かれたものとなる。

お勉強でも思いつきでも書けないエントリというのはこういうものを指すのだろう。学び、その身で体験し、熟成された結果出てくる種類の言葉と言える。

そしてもちろん、本エントリは「交配」の末に生まれた産物である。

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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