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インターネット時代のエンジニアの価値

2004/11/29 09:36
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プロフィール

umeda

シリコンバレーで経営コンサルティングを行なう傍ら、ベンチャーキャピタリストとしても活躍する梅田望夫さんが、IT業界の先を読むのに役立つ英文コンテンツを毎日紹介していきます。これを読めば、英語と業界動向を読む力が同時に身に付くはず(このブログの更新は2004年12月30日で終了しました)。
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[ゲスト] 伊藤 直也 Naoya Ito
11月26日(金)〜11月30日(火)までの間、梅田望夫さんの代わりに伊藤直也さんがゲストブロガーとして登板します。
伊藤さんのプロフィール:
青山学院大学大学院にて超並列計算機の研究を行い修士課程を修了。2002年にニフティ株式会社入社。blog サービスの企画/開発などに携わる。2004年9月、株式会社はてなに転職。はてなでは開発リーダーとして人力検索はてなやblogサービスはてなダイアリーをはじめとする一連のサービスの企画/開発を行う。また、講演やメディアへの執筆活動を通じてはてなやblog技術のエバンジェリスト活動も行っている。著書にBlog Hacks (オライリー・ジャパン)。個人ブログはこちら NDO::Weblog

前回の記事ではブロードバンドやオープンソースソフトウェアの普及により、インターネットサービスを提供するための基盤がコモディティ化してきているということを述べました。そのような変化を迎えるインターネット産業において、エンジニアの価値はどのようなものかを考えてみたいと思います。

過去のコードを見て学ぶ教訓

ゲストブロガーも務めた高林さんとの会話で先日話題にのぼった面白い話があります。

高林さんは、アルファ・ギークとして名高い宮川さんが数年前に記述したプログラムのコードを見て驚いたんだそう。いまでこそ国内有数のPerlハッカーであり、多くのエンジニアが彼の記述する美しいコードを参考にしていますが、数年前のコードはとてもじゃないが参考にできるようなものではなく巷に溢れるフリーの配布スクリプトを切った貼ったしたようなお粗末なものだったとか。

スパゲッティのように絡まった処理フロー、節操のないグローバル変数、モジュール分割/オブジェクト指向の欠片もない平坦なプログラミング、ライブラリは使わずひたすら力技で問題解決...といった具合。それがいまや、Perlを自在に操りオブジェクト指向にデザインパターンを駆使して美しいフレームワークをも完成させるほどの技量の持ち主。

それは、彼がわずか数年でそこまでの領域に達したということを裏付ける証拠でもあります。

一方、20年間のキャリアを持ったあるベテランプログラマがC言語で書いた最近のコードを見たときに、高林さんはまた別の驚きがあったそう。そのプログラマの成果物は、20年のキャリアを積んできたとは思えないような、力技満載の美しくないソースコードだったそう。

片や数年で誰もが参考にするコードを書くハッカーに育ったかと思えば、20年経っても当時のままというプログラマもいる、彼らの決定的な違いは何だろう? 個人のセンス、能力? いえ、それは成長の過程のなかにインターネットというメディアが存在していたか否かが決定的なのでした。

インターネットを経由すれば、他人のコードを簡単に読むことができます。特にPerlのようなオープンなプログラミング言語においては、参考にすべきコードはいくらでもあり、その開発者が海の向こうにいようと世界の裏側にいようとわずか数秒でアクセスすることができます。最高レベルのコードを参考にコードを書けば自然と最高レベルに近づくのは当然のこと。また、情報へのアクセスに実質的な限界がないネットの世界ではよりクオリティの高いものがすぐ近くに存在するかもしれないという可能性が常に存在し、それがより高いクオリティを追及するモチベーションとなり得ます。

一方、ネットが普及する以前の環境においては、他人のソースコードを参照する機会などはなかなか与えられず、与えられたとしてもそれがどの程度のレベルなのかどうかを知る術もありません。他を比較対照とするのではなく、過去の自分を比較対照とし成長をしていかなければなりません。その両者の成長スピードに圧倒的な差が生まれるのは当然のことかもしれません。

先日梅田さんにお会いしたときに「(人の成長に影響を与えるものとしての)インターネットは、高速道路だ」と仰っていました。プログラムのソースコードのように、「ネットワーク上を伝播することが可能な物」がナレッジの基礎となるような分野においては、その道のプロになるための高速道路が敷かれているのが昨今の状況なのです。

僕も3年前のコードを見てみました。正直、なんでこんなプログラムになってしまうのかも分からないぐらい、お粗末なものでした。

インターネットは高速道路、平均化されたエンジニアの価値

プロになるための高速道路が整備されたということは何を意味するでしょうか。それは、エンジニアの相対価値の低下を意味します。これまでその道のプロだとして希少性をもって価値を発揮していた人々は、後続の高速道路乗りたちにあっという間に追いつかれてしまいます。そこから先はもう大混雑。数歩先に抜きん出るのも大変な状況です。

人月計算という計算方法があります。あるシステムを構築するにあたって、「このシステムは10人月だから、1人月100万円として1000万円だね」といった会話がなされます。そのシステムを作るのに10人分の労力がかかるから1000万円ということです。この会話に違和感を覚える人も多いはず。そこには、各個人の能力というものが一切考慮されていません。しかし、IT業界においてはこの人月計算がシステム構築コストを算定するにあたっての標準的な物差しです。

人月計算は個人の能力差が反映されないということで、よく議論になりやすいことでも有名です。さまざまな弊害も生んできました。しかしいま周囲を見渡すとどうでしょう。対外的な交渉能力や管理能力などのメタな知識を除いた、いわゆる技術に関しての能力という意味では、高速道路の登場により各個人間での差がどんどん縮まってきているのが今の状況なのです。つまりは、人月計算による計算の方がより妥当であるという見解も、あながち間違いではないという方向に近づいているのかもしれないと見ることもできます(決してそうはあって欲しくないのではありますが)。

例えば、Perl における CPAN、Java や .NET におけるクラスライブラリ群などの高度に抽象化されたライブラリを用いるプログラミングスタイルが当たり前になり、かつ Strutsに代表されるようなフレームワークを用いた設計が一般的になりつつある昨今、プログラマが才能やセンスという、学習によっては身につけにくい分野で力を発揮しなければならない機会はどんどん減ってきています。「何かがしたい」と思ったときにそれを実現する部品としてのライブラリはすぐそこにあります。開発のための方法論はフレームワークが規定してくれます。

インターネットの普及が、エンジニアの相対価値を平均化してしまったのです。

コモディティ化された中で価値を発揮するには

そんな平均化されたエンジニアとしての価値を今後高めていくにはどうしたらいいのでしょうか。コモディティ化が進む技術分野においての技術の知識は、他者との差別化には役に立ちそうにありません。あるとすれば、知識の多い少ないぐらいでしょう。

おそらく、この状況の中で差別化要素を持つには二つの選択肢が残されているかと思います。ひとつは、コモディティ化しない、それほど一般的ではない技術に長けること。他者が知り得ないほどの参入障壁をもつ技術分野に特化するか、あるいは特定の分野に特化してそのオーソリティとしての地位を確立すること。

もうひとつは技術以外の能力を柱として持つこと、ではないでしょうか。営業ができるエンジニア、マーケティングに詳しいエンジニア、あるいは文章が書けるエンジニア、何でも構いません。その組み合わせがユニークであることが大切です。そしてそのユニーク性が差別化要因になります。

私がいまアルファ・ギークと呼ばれ、高林さんや宮川さんに続いてここで記事を執筆しているという現状をふと振り返ると、なにやら不思議な感じがします。社会人になりたてだった数年前、宮川さんが連載していた雑誌記事を読んでプログラミングの勉強をし、高林さんのコードを参考にしてはHackをしていた自分が、いまこうして彼らと肩を並べて記事を書いているのです。

それが、彼らと同じだけの技術力を身に着けた結果なのかと聞かれると、その答えはノーです。謙遜ではなく、作り上げた成果物の技術的な評価を行えば誰の目にでも明らかです。そしておそらく、私が周囲からいただいている評価は、決してそのような技術的な技量の大小で決まったものではないと思います。物事を他者にわかりやすくプレゼンテーションする・説明すること、文章を書く力、アプリケーションにおけるユーザー・インタフェースの発想力など、技術そのものには直接は関係ない要素、それを総合して評価していただいた結果だと思います。

自分でそれを意識するようになったのは最近のことですが、それが自分に期待されたパフォーマンスなのではないかと思っています。

移り行く世代

改めて振り返ってみると、高林さんや宮川さんや私は年齢がほとんど離れていません。77年生まれ、あるいは76年生まれです。そして前回の記事でも紹介したGREEの田中さんも76年生まれ。2ちゃんねるを管理する西村博之氏も同年代。はてなの代表近藤淳也は75年生まれ。近頃インターネットを騒がす人々は共通して70年代後半生まれだったりします。そして、彼らとよく話題にのぼるのが、ちょうど大学に入学したときにインターネットの波が押し寄せてきたのだということ。ネットが徐々に普及していき技術が想像を超えたスピードで進化していく様をダイナミックに体感してきた世代です。そんな私たちにとっては、ネット上のドキュメントを日々漁り続けるということは日常茶飯事ですし、他人のコードを読むということもその中の一環にすぎません。私たちにとって高速道路は当たり前のインフラで、それに乗ることは当然のことでした。

いずれ、気づいたときにはインターネットがあったという世代がやってきます。おそらく彼らの中から、私たちとはまた違った価値観、感性を持ち且つ今現在の技術に最適化されたギークたちが多く登場するでしょう。そんな状況下において、私が技術分野でパフォーマンスを出し続けるのはあまり賢い選択ではないと思っています。技術を素地としながら他の分野にも注力していく、それが自分のニーズを喚起することと直結するのだろうと感じている昨今です。

頭をやわらかくして考えてみましょう。あなたが仲間にしたいのは、ちからが255の戦士なのか、ちからが200で魔法が唱えられる勇者、どちらですか。

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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