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消えゆくマスマーケットとミレニアルズ世代

2004/07/06 09:10
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umeda

シリコンバレーで経営コンサルティングを行なう傍ら、ベンチャーキャピタリストとしても活躍する梅田望夫さんが、IT業界の先を読むのに役立つ英文コンテンツを毎日紹介していきます。これを読めば、英語と業界動向を読む力が同時に身に付くはず(このブログの更新は2004年12月30日で終了しました)。
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昨日は「広告産業の今」について英エコノミスト誌のサーベイ記事を読んだわけだが、米ビジネスウィーク誌最新号のカバーストーリー「The Vanishing Mass Market」(消え行くマスマーケット)も、全く同じ問題意識に基づいて書かれた特集である。エコノミスト誌の記事の最後がP&Gの実例で終るのに対し、こちらのカバーストーリーはP&Gから始まる。何せ広告予算が44億ドル(昨日ご紹介した記事では40億ドル)と莫大な会社だから、この会社が何を考えているのかが産業全体にとって極めて重要なのだ。

効果の薄れるマス広告

マスマーケットが消失しつつあるから、テレビ広告の効果は薄れ、

「Figuring out the right way to send the right message to the right person at the right time is difficult work.」

正しいメッセージを正しいときに正しい人に正しい方法で送るにはどうしたらいいかを見極めるのが難しい時代に入った。それがこの記事のテーマである。エコノミストの記事に比べて具体例がたくさん出てくる。ただ、インターネット広告について、あまり深い洞察はない。

「In the competition for ad dollars, the new digital media -- especially the Internet -- are blessed by two intrinsic advantages over mass media.」

マスメディアに対するインターネット固有の優位性についても、

「First, they are interactive. This capability enables marketers to gather reams of invaluable personal information directly from customers and adjust their sales pitch accordingly, in some cases in real time. Second, in part because digital media are interactive they permit a fuller and more precise measuring of advertising's impact.」

と当たり前のことを述べるに留まっている。

ITに強い若い消費者/ミレニアルズ

それは、この記事が、インターネット自身の革新性ではなく、マスマーケットがいかにバラバラになってしまったかという消費者セグメントの視点に立っているからである。そしてその意味で、

「However, the Internet is no panacea for micromarketers. The same technological advances that are fragmenting the mass audience also are empowering a new class of digitally savvy consumers who compile, edit, and otherwise customize the media they consume to their own personal requirements.」

インターネット時代が生み出した「a new class of digitally savvy consumers」、つまり、ITに強い若い消費者が取り上げられていた。というわけで、このカバーストーリー全体で僕にとって面白かったのは、このリード的な長文記事ではなく、補足記事として別建てで書かれた「Channeling The Future」だった。ここで対象となる消費者セグメントは、

「Like much of his generation, known by marketers as "millennials," CJ lives in a world jam-packed with information and entertainment. Born between 1979 and 1994, the 60 million in this generation are coming of age in the new millennium.」

ミレニアルズと呼ばれる世代とは、1979年から1994年までに生れた6000万人を指す。ミレニアルズは、「Generation Y」の別称である。ちなみに「millennials」で日本語サイトのみ検索をGoogleでやったら、大柴ひさみさんの「ジェネレーションYへのマーケティング戦略(Marketing to Generation Y)」というコラムが出てきた。

「私が最初に「クリックするために生まれてきた子供たち」として、ジェネレーションY(Generation Y = Gen Y)を、コラムで紹介したのが2001年8月でした。彼らは、Millennials(ミレニアルズ)、Echo Boom(エコーブーム)とも呼ばれ、大まかな区分で1977年から1997年の間に生まれた7,000万人から8,000万人の世代を指し、米国人口の21%から30%を占め、そのピーク時にはベビーブーマー(BB)を追い越す勢力と言われています。

幼児期からデジタル化された生活をして、その前の世代であるジェネレーションX(Gen X)やBBとは、かなり異なる思考や行動様式を持ちます。彼らは、PCをおもちゃ代わりに使って遊び、Tech & Marketing Savvyな(テクノロジーやマーケティングを熟知した)子供として、成長しています。」

「彼らの属性を表すキーワードは、以下のように非常にポジティブで、前の世代のGen Xが「Disillusioned(幻滅した)」、「Rebellious(反抗的な)」、「Pessimistic(悲観的な)」と言ったネガティブな言葉で表現されたのとは違って、親の世代のBBが持っていた前向きな価値観を保持しています。」

大柴さんの定義は「1977年から1997年までに生れた7,000-8,000万人」となっているが、世代の定義などもともとそれほど正確である必要はないので、どちらでもいいと思うが、いずれにせよ、膨大な数だということを覚えておいたほうがいい。日本に比べて米国は、圧倒的に若い国なのである。

さてビジネスウィーク記事に戻ろう。

情報に対する感性が違うミレニアルズ

ところで僕は、人種を問わず、1970年代生れの若い人たち(ミレニアルズ世代だともっと顕著なのだろうがいかんせん若すぎて接点がなさすぎる)の「情報に対する感性」が自分とは違うことにある時期から気づいて、その違いについての理解を深めるために観察や実験を続けている(この連載を引き受けた理由の1つでもあった)。そんな目でこの記事を読んで、ミレニアルズ世代の「情報に対する感性」についての描写には、とても共感する部分が多かった。特に3点、共感した部分があったので、その部分に絞って話そう。

(1) 浴びている情報量が圧倒的に多い

「They practically grew up with the Internet, so they're far more likely to regard information as something they can control. This thinking extends from one device to the next. Through most of his waking hours, CJ wades through three or four streams of data at the same time. Last baseball season, his roommates say, he hooked up three TV sets, each playing a different game, and watched a fourth with streaming video on his laptop -- toggling all the while between the game and a fantasy baseball site.」

「What's more, while the millennials consume gobs of digital fare, they also master tech tools to evade marketers and to customize their own programming.」

当然シャワーのように浴びる情報のすべてを吸収できるわけではないから、取捨選択について独自の方法を持っている。この記事では、そのことについて「インターネットと共に育ったゆえ、情報をコントロール可能な何かと考えているようだ」、「マーケターからうまく逃れ、カスタマイズするための技術に通じている」と表現している。

(2) マルチタスキングが当たり前である

「In the apartment, CJ spices up the mix. Last year he bought a device called a "splitter." This permitted him to channel the cable connection into three TVs at the same time. His ideal scenario is to watch two sports events passively on two of the TVs, with the sound down, and then watch a movie on the third, with the sound up. "It's almost like a sports bar," he says. Not that he just sits there and soaks it all in: He juggles the sound on the programs with his universal remote, and he often watches all three out of one eye while playing a card game with his roommates, or surfing on the Net.」

「CJ's generation is famous for such frenetic multitasking. In previous times, of course, students often listened to the radio, watched TV, and yakked on the phone while doing homework. But today's young people have far more tools, and they use them. It's typical, say marketers, for young people to surf the Web and watch TV at the same time, often looking up to the TV only for funny scenes or replays of a home run or touchdown.」

旧世代だって、テレビを見ながらラジオを聴きながら勉強するといった軽いマルチタスキングはしたものだが、それがもっと凄いマルチタスキングになっている。CJというこの記事に登場する23歳の学生にとっての理想の生活は、2つのスポーツイベントを消音で流しておきながら、映画を見る(こちらは音を出す)。さらに同時にネットサーフィンをし、ルームメートとトランプをするというもの。広告をテレビ番組の間に入れるのではなく、テレビ番組そのものに統合してしまうなんて動きも、こうした若い消費者の変化に対応したものだ。

(3) 情報を人と同時にあるいは人よりも早く得ることに強いモチベーションがある

「You might think CJ would use TiVo to cut the ads out of sporting events. It's a common practice to start watching a game about an hour after it begins and then zap the ads until catching up to real time -- preferably on the last play of the game. But this approach collides head-on with a common priority in CJ's generation: the fervor to have up-to-the-second information. "I don't TiVo sports," he says. "It's too real." He figures that if he watched a game even minutes behind everyone else, he would be in the dark while everyone else knew the score -- a painful idea.」

じゃあTiVoを使って、「ライブのスポーツイベントを、試合開始より少し後から見始めて、CMを飛ばしながら最初のほうを一気に見て、途中でライブに追いつく」という上の世代のアーリーアダプターにとっては当たり前になりつつある「新しいテレビの見方」をするのかと言えばそうではない。それは「the fervor to have up-to-the-second information」という彼らの価値観に反するからだ。

そういう価値観を前提としたサービスとして、こんな例も挙げられている。

「This common desire among millennials to be in the know, or to be among the first to experience something, provides marketers with a useful hook. Video rental outlets such as Mike's, down the street from CJ's, prerelease newly arrived DVDs at midnight -- giving a few customers a chance to see them early. This spring, CJ hurried there at midnight to rent Lost in Translation, a movie that was just reaching State College theaters. "I saw the DVD a day before everyone else did," he says.」

以上3点が、僕が共感した部分である。

「電車男」の伝達経路

余談になるが、最後に(3)の中で出てきた「the fervor to have up-to-the-second information」について日本の具体例を出そう。本連載史上空前のアクセス数とトラックバック数を記録した「「電車男」に見る2ch文学の可能性」(6月3日)の中で、僕が「電車男」を知るに至ったプロセスについて書いた。「電車男」が2chのライブで完結したのは5月9日頃。編集バージョンができたのが5月中旬。若い情報通の連中が「面白い、面白い」と言い始めたのが5月20日くらいで、わぁーっと盛り上がってもうそろそろ飽きてきていたのがその1週間後くらいだったらしい。川野俊充さんのBlogを読んで僕が「何だ、これ」とおもったのが5月27日。ちょうどその頃。そしてさらにその2日後の5月29日に出席した会について、こんなふうに書いた。

「そんなわけで「電車男」って何なんだ何なんだ、と頭の片隅に残しながら、土曜日、(略) 伝播投資貨幣(Picsy)を提唱する鈴木健さんが主催する「飲み会」に参加した。この「飲み会」には「0次会」と称する「1杯飲みながらの勉強会」みたいなものが付いているのだが、そこで鈴木さんがPicsyについてのプレゼンをしてくれることになっていた。ところが冒頭で彼が示した講演タイトルが、何と「「青い鳥」と「電車男」にみる2ch文学の可能性について」。またまた「電車男」の登場だ。ほとんど1970年以降生まれの人たちばかりのこの「飲み会」出席者たちは、これだけで大爆笑。「ぽかーん」としていたのは、43歳の僕と、僕がこの会に誘った50歳の友人の2人だけ。」

実はつい最近、この会にやはり出席していた若い友人と、飲みながらゆっくり話をする機会があった。彼はこう言った。

「あの5月29日に、「電車男」を知らなかったのは梅田さんたち(おじさんたちの意)だけじゃなかったはずなんです。あの部屋に居た僕らと同世代の何人かが、知ったかぶりして大笑いしながら、えっ、「電車男」なんて俺知らないぞ、まずいぞって、冷や汗を流していたに違いないんですよ。俺は絶対にそういう奴になりたくなんですよね。だから、新しい面白い情報へのアンテナは張り続けています。あの部屋で、「電車男」知らない側に回ったら、ショックだったろうって思いますよ」

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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