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GoogleのIPOに対する直観に基づく違和感

2004/05/07 09:14
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シリコンバレーで経営コンサルティングを行なう傍ら、ベンチャーキャピタリストとしても活躍する梅田望夫さんが、IT業界の先を読むのに役立つ英文コンテンツを毎日紹介していきます。これを読めば、英語と業界動向を読む力が同時に身に付くはず(このブログの更新は2004年12月30日で終了しました)。
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5月4日の「GoogleのIPO申請、そのやり方に異議あり」に対して、素晴らしい内容のTrackBackを磯崎哲也さんからいただきました。ありがとうございました。読者の皆さん、是非、こちらをお読みください。

磯崎さんはGoogleのIPO申請に問題がないことを、プロの立場から、論理的にかつ実務的詳細にわたって、日本語でお書きくださっているので、たいへん貴重な資料だと思います。僕もその内容を、論理的には100%理解し、合意し、納得します。

むろんGoogleほどの会社ですから、今回のIPO資料の背後には、どんな批判を受けようとも対応できるだけの論理を用意しています。磯崎さんの分析は、その総括的なものと位置づけてもいいかと思います。

僕の今回のGoogle IPO批判は、僕の直観や人生観に基づくものと言うべきかもしれません。やや論理を超えたところで感じている違和感に基づいた批判だ、と言ってもいいかと思います。人間でも企業でも、理屈で許される範囲のギリギリまで突っ張って生きるか(理屈もギリギリまで突っ張っていけば、屁理屈に見えることもあるでしょう)、これまでの他者の経験や社会の常識を頭に置きながら少しはブレーキを踏みながら生きるか、その選択肢の幅は広いものです。創造的で挑戦的なシリコンバレー企業だって、その例外ではありません。コーポレートガバナンスだって、企業の性質によって千差万別、また世界各国でも千差万別。ルールも多様で、正解はありません。

その多様な選択肢の中のどのあたりを選び行くのかというところに、人間や企業の性格が如実に現れるわけですが、僕はそのレベルでのGoogleの思想や生き方に異議を唱えているのです。このことについては、もう少しきちんと考えた上で、いずれちゃんとどこかに書きたいと思っています。ただ、この直観を何かの形にして今書いておかないと後できっと後悔するな、そう思ったので書いたものです。

未経験なものが多重に重なりあうリスク

少しだけ今日付け加えるとすれば、「Googleよ、ちょっとやり過ぎじゃないか。君たちは自分たちの才能を過信し過ぎていないか。賭け金を吊り上げすぎていないか」ということです。飛び切り新しい誰も経験したことがないことを大舞台で試すのは、同時には1つ、多くてもせいぜい2つくらいにするのが世の常識なんじゃないか。過去のすべての超一流テクノロジーベンチャーが、事実、そういう常識の範囲内でやってきたではないか。Googleの場合、技術と事業自身が信じられないほど斬新、そしてウォールストリートの悪しき株式公開慣習をも正そうとして競売方式を取り入れるのも斬新(大規模IPOでは未経験の手法)、さらに異例の資本構造も斬新(新聞社や投資会社や特殊な理由がある企業以外においては未経験)、そういう「未経験で斬新なことの3乗」のような条件を、史上最大の数兆円規模でのIPOというこれまたほとんど未経験の「10年に1度あるかないかの場面」で、さぁ勝負だ、とGoogleは持ってきた。

未経験なものが多重に重なりあったとき、机上ではいくら筋が通っても、それを実際に試してみると何が起こるか予測がつかなくなる。ハルバースタムが「ベスト&ブライテスト」で描いた「賢者たちの愚行」になる危険はないのだろうか。そういう内省・省察があった上で、ある種の「大人の判断」をして「これほど突っ張るべきではないぞ」と、若い創業者たちを説得するのがボードの役目なのではなかったのかと僕は思う、ということです。

論理的には筋が通っているからいい、理屈は合っているからいい、と考える人が大半かもしれない。でも、こうしたことすべてをひっくるめたGoogleの基本姿勢に、やっぱり凄いなぁと嘆息すると同時に、傲慢さや驕りの匂いをも感じ、僕は心から不安に思った。「唯我独尊的経営思想」と呼んで批判したのは、Googleの根底に流れる「自らと他者、自らと社会との間の距離のはかり方」についてだった、と言い換えてもいいかと思います。

このままGoogleが株式公開した場合に想定される投資家にとっての直近で最大のリスクの1つは、chika(渡辺千賀)さんがComment欄で書いてくださったように、

「Googleが今回のstructureを取ったことによるリスクは

--唯我独尊で結局事業がうまくいかなくなる

--しかも、会社売却など思い切った手段も、強力なファウンダーたちに拒まれタイムリーにできない

--結果事業は尻つぼみに

--そして企業価値3兆円(SJ Mercuryの試算ではYahooをcomparableとして使うと$50B超だそうですが)は雲散霧消」

ということかと思います。これは「競売方式の効果も出てかなりの高値が最初はつくが、いずれGoogleはネットスケープ化し、創業者の反対でどの会社との売却話も進めることができず(ネットスケープはAOLに自社売却し、ネットスケープの投資家や関係者は皆何とか最悪の事態をまぬがれた)にズルズルとジリ貧になっていく」場合でしょう。

このシナリオの蓋然性をいま議論することにさほどの意味はありません。大切なのは、あくまでも将来は不確実で何が起こるかわからないということを前提に、さまざまな逆風が吹いたときのリスクも頭に入れたときに、ジェットコースターに乗っているかのように激しく揺れ動く産業の中心に位置して、時価総額何兆円というレベルで公開した公開企業として、Googleはどういう経営的な構えをしておくのが常識的か、ということなのだと思います。

創業者2人がどんな優れた人間だったとしても、人間には必ず限界があります。Googleの今後の運命が、ギリギリの決断のときに最終的にはたった2人の創業者の意図でどうにでもなるという「固定的な資本構造」になってしまうことは是認するわけにはいかないと、僕は改めて思うのです。

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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