お使いのブラウザは最新版ではありません。最新のブラウザでご覧ください。

CNET Japan ブログ

ソーシャルネットワーキングサービスは役に立つか

2004/02/04 08:30
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

プロフィール

umeda

シリコンバレーで経営コンサルティングを行なう傍ら、ベンチャーキャピタリストとしても活躍する梅田望夫さんが、IT業界の先を読むのに役立つ英文コンテンツを毎日紹介していきます。これを読めば、英語と業界動向を読む力が同時に身に付くはず(このブログの更新は2004年12月30日で終了しました)。
ブログ管理

最近のエントリー

[ゲスト] 村山尚武 Naotake Murayama
2月2日(月)〜2月10日(火)までの間、梅田望夫さんの代わりに村山尚武さんがゲストブロガーとして登板します。村山さんはシリコンバレーのあるベンチャー企業でBusiness DevelopmentのDirectorを務められており、ご自身でも「Sotto Voce」というBlogを運営されています。村山さんの経歴についてはこちらをご覧下さい。

ゲストブログ、今日で3日目であるが、普段私のブログを読んでいる方々から早くも「いつもと調子が違う」「肩に力が入り過ぎなのでは」といったご指摘を頂いた。確かに、いつもに比べると我ながら大上段に振りかぶったような書き方になっている。柄にもなく緊張しているのであろうか?

でも、ここでゲストブログをさせていただいているのは、落語で言うと、入門したての前座がいきなり師匠である「名人」の代わりに寄席のトリを勤め、「寿限無」のような簡単な噺でなく大ネタの噺を語っているようなものである。多少は緊張して当たり前、いや緊張しないほうがどうかしている(落語のたとえが分かりにくければ、草野球のピッチャーが、いきなり大リーグに放り込まれ、先発を命じられたようなものだ、と思ってほしい)。

シリコンバレーで批判を呼ぶGoogleのソーシャルネットワーキング

閑話休題。

第1回目で書いたScobleを中心とした音楽フォーマット論争と同じか、それ以上にこちらのブロガーの間で先週盛り上がっていたのが、Googleによるソーシャルネットワーキングサービス(以下「SNS」、梅田さんの論考はこちら)として(ベータではあるが)鳴り物入りで登場したOrkutに関する議論である(Orkutとは、このサービスを開発したGoogleのエンジニアの名前である。名前の由来、成立過程についてはこちらを参照されたい)。

Orkutに関する話をする前に、SNSを提供する企業が続々登場し、VCが活発に投資を行う「プチバブル」的状況について、Wired誌が先週木曜日に掲載した記事を紹介したい。SNSの先行きに対する懸念が早くも述べられている。

「Sick of invitations to join networking services, and the constant nagging to validate friends or acquaintances, some people are turning against the ever-growing social networking services.」

冒頭から、「SNSへの加入」「加入している友人知人の身元確認」を勧奨するメールに人々がうんざりし、人々が逆に逃げ出している、という一文である。

(この機会にお断りしたいが、私の場合、英文を引用した後には「訳」でなく、原文の大意を私なりにまとめたものをつけるようにしている)

また、Boing Boingの主宰者の1人であるCory Doctrowに至っては、こんな発言をしている。

「"People who don't know each other very well are trying to develop fast and facile friendships," he said. "It's really, really ironic that software for automating social processes is making interactions worse."」

よそでDoctrowが書いていることとも合わせれば、上の文の趣旨は、「SNSにより、本当の「人間関係」のない、ろくに知りもしない相手とインスタントな友情を築こうとしているユーザーが登場し、その過程で安易に発信される迷惑な招待メールによりかえって人間関係の形成が阻害されるのは皮肉以外の何物でもない」ということである。

「人間関係の形成が阻害」というのはSNSを通じ「知り合いの知り合いだから」という以外に共通の興味も関心も無いのに、接触を求めてくる人が増え、それらを断るとそもそも知り合えずにすめば無関心でいられた相手にかえってネガティブな印象をもたれてしまう、という趣旨である。

Doctrowによれば、OrkutはYet Another Social Networking Service(これまた同じようなSNS)=「YASNS」でしかなく、のサービス開始直後に招待メールを排除するフィルタをプログラムしたそうである。

こういった反応は極端かもしれないが、Orkutの登場直後にあちこちのブログで書かれた意見、大半が否定的なものである。

まず、サービスの開始直後に、システムの不具合か容量オーバーかは不明だが、サービスがダウンした。

すぐに復帰はしたのだが、その後さまざまな批判が巻き起こった。その中でも、あちこちのブロガーに取り上げられていたのが、Danah Boydによるこちらのエントリーである。ここで、Boydは7点にわたってOrkutを批判している。

Orkutのサイトに行っていただければわかるが、Orkutには招待がなければ参加できないので、彼女が語っている事が実際にはどうなのか、ということは検証できない。ベータ版のサービスでは、Googleにコネクションのある一部のプログラマー、エンジニアに招待が限られているようで、当然私なぞのところには招待は来ていない。

従って、BoydのBlog、そして他のブロガー達の意見から実態を推察するしかないのだが、どうも大きな問題としては、最初の招待者が限られているため、「一部の人だけのもの」という印象を与え、反感を買ったこと、簡単に脱退できないこと、ネットワーク内の人々を特徴づけるためのパラメーターが限られていること、の3つらしい。

また、サービス内のセキュリティホールを指摘したとたんに、サービスから閉め出しをくったという話もあり、どうにも評判が悪い。

ただ、これだけさんざんに言われているから駄目、と決めつけるの時期尚早であろう。今回の議論の中で数少ない肯定的な意見を寄せたReverend AKMAのエントリーにあったように、このサービス、あくまでもベータであり、Google流の「新サービスをユーザーと共に試しながら完成させる」というモデルが実行されている、という見方が正しいように思う。

「The reason I like Orkut so far is that I get the feeling that Google and Orkut are leaving the system unfinished to watch what happens and what people want to do with it. Rather offering us an elaborate, polished network that doesn’t do what we want, they’re offering us a raw beta (it does say “beta” in those white letters on the upper right of the window) so that they can build out what participants demand. That would be Google-like; that would be clued.」

Google、そして開発者のOrkutはシステムを未熟なままリリースすることにより、他のSNSのように凝っており、洗練されてはいるがユーザーが使わないような機能ばかりで完成してしまう、という失敗を避け、ユーザーが本当に使いたいものを作り上げようとしているように思えるからである。それはとてもGoogleらしい、「clued」なやり方である。

「Clued」というのは、月曜日のScobleの話でも取り上げたこの本にある「インターネット上の対話こそが市場である」という考え方を指している(本のタイトル「The Cluetrain Manifesto」から)。ちょっと乱暴に要約すれば、ユーザーとのインターネットを介し対話を通じて本当のニーズを汲み、製品・サービスを「押し付ける」のでなく、「共に創る」という考え方である。

ソーシャルネットワーキングサービスの価値は何か

問題はOrkutそのもののサービスの中身でなく、本当に説得力のある価値を提供していないSNSが乱立することにより、ユーザーにとって逆に迷惑な状況が出来している ことなのではないだろうか?

まず、上の議論に関し、Tim Orenのブログに引用されたこちらのサイトでは、現存するSNSの企業一覧のリストを掲載している。これこそ引用は避けるが、見ただけでうんざりする数である。

Oren曰く、

「So far, my own nibbling around the domain, and scanning the comments of a lot of others, doesn't lead me to believe that many of these players have sufficient user value to create such a network effort. (With the possible exception of Friendster.)」

いろんなSNSを試し、利用した人のコメントをざっと読んだ限り、これらのSNSのほとんどには、SNSに期待されるネットワーク効果(参加者の数が増加するほど、全体としての価値が上がる)をもたらすほど、ユーザーにとっての価値は無いということである(Friendsterには「価値があるかも」とはしている)。

こうして見ると、批判ばかりで前途多難なようだが、 Wiredの記事の最後には、こうした批判は自分のホームページやブログを持っている「ウェブ上に自らの存在を確立している人」から来ており、一般のユーザーにとっては、SNSは簡単にウェブ上の人的ネットワークに参加することを可能にする手段である、という意見も紹介されている。

「"They're great for people without a Web page," Hall said. "If you don't have a Web page, people can find out where you are and what you are up to. I have loads of non-Internet-savvy friends on Friendster, and they love it."」

自分のホームページを立ち上げる知識を持たなくても、SNSに加盟すれば他人に対し、自分がどこで、何をしている人かを示すことができるのである。

そうなると、SNSは、ホームページやブログと対立するものになるのであろうか?

そうではないと思う。

これはまだ発展途上の考えであるが、私の見るところ、ソーシャルネットワーキングとホームーページやブログはやがて有機的に結合し、互いの価値を高めるのではないかと思う。

関係性の質が大事

インターネットの各ユーザーを点、その間の関係を「線」であると考えれば、 現状のSNSに対し「どこに価値があるかわからない」という意見が出るのは、「どの点とどの点が線でつながっている(誰が誰を知っている)」「この点は他のいくつの点と線でつながっている(誰は何人を知っている)」「どの点はどういう属性を持っている(この人はこういう肩書きを持ち、こういう興味を持つ人)」という情報だけを取り扱っており、人的ネットワークを活用する際に本当に重要な情報である、「線」の性質(関係)を把握できていないからではないだろうか。

実際に人的ネットワークを有効活用するには、他の点(=他人)との間に存在する線の長短(接触機会の多さ)、太さ(関係の緊密さ、信頼関係)、方向(ギブアンドテイクの←→か、一方的な影響関係を示す→なのか、はたまた破線なのか実線なのか)といった性質を考慮しなければならないはずである。

もし考慮しないとすれば、それこそ他の点に対して「どういう中身の関係かはわかりませんが、あなたとつながっています、何か一緒にしましょう」というシグナルを送り、受け取った方が迷惑する、というWiredの記事の冒頭にあったような状況に陥るであろう。大方のSNSで起きているのは、こうした「線の性質」の理解不十分に由来するのではないだろうか。

ここでSNSとホームページやブログを結合させる意味がある。SNSで把握される点と点の結びつきという情報に、各「点」である個人のホームページやブログの内容、特に引用やコメント、トラックバックという情報を組み合わせる事により、 「線(関係)」の性質をある程度把握することが可能となり、現実世界の人的ネットワークの様相をそれなりの精度で再現できるのではないかと思う。もっと言えば、そこにオンライングループ、掲示板、Eメール、そしてインスタントメッセージといったものを組み合わせれば、もっと忠実な把握が可能になのではないだろうか。

…とここまで書いて、SNSに上に列挙したさまざまな要素を取り込む必要はないことに気づいた。

そう、上に挙げたものは、全て既にインターネット上に存在するのである。そうなると、SNSというものはユーザーを「登録」という形で囲い込んだ「コミュニティ」としてでなく、より広大なインターネット全体に散らばった情報を、「ある個人の視点から見たソーシャルネットワークの把握」という切り口で解析する仕掛けを提供する、という形でも成立するのではないだろうか。

技術的にそんなことができるのかどうかは分からないが(できそうな気もする)、そうなったら、「ソーシャルネットワークサービス」でなく、「人間関係理解エンジン」と言った名前の方がふさわしいような気もする。

今のところこんなヨタ話みたいなレベルであるが、ソーシャルネットワークについて考えるとこんな発想も出てくる。そういう意味で、奥の深いものだと思って良いのだろう。

ヨタ話ではあっても、こういう思考実験は楽しい。これもブログ書きの醍醐味である。

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
運営事務局に問題を報告

最新ブログエントリー