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Blogの増殖で変わる世界について考える

2003/10/31 10:10
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umeda

シリコンバレーで経営コンサルティングを行なう傍ら、ベンチャーキャピタリストとしても活躍する梅田望夫さんが、IT業界の先を読むのに役立つ英文コンテンツを毎日紹介していきます。これを読めば、英語と業界動向を読む力が同時に身に付くはず(このブログの更新は2004年12月30日で終了しました)。
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今日はBlogについて最近考えることを、思いつくままに書いてみたい。日本語のBlogや日記も増えているようだが、今日の話は原則的に英語圏での話としてお読みいただきたい。

まずはその増殖ぶりのすさまじさである。Blogなど「コロンブスの卵」のようなアイデアであるが、だからこそシンプルで良く、カジュアルにスタートする人が多いのだろう。つい最近、「Blog全体で見れば、三日坊主が多い」という調査報告(3分の2が2ヵ月以上、全く更新されていない)が出たが、まぁ当たり前だ。昔から「日記を書こう」と思い立っても大抵の人は三日坊主で長続きしない。加えて、ツールを試してみたけれどうまくいかないからやめた、なんて数字も三日坊主のほうにカウントされているのだろうし。

世の中には言葉を発信してこなかった面白い人がたくさんいる

そんなことより問題は、母集団が数百万人とか一千万というような莫大なオーダーになると、比率の議論はあまり意味がなくなってしまうということだろう。1%だって数万から10万、0.1%だって数千から万のオーダーですからね。某か意味のあるBlogの絶対数は、今のところ増殖の一途をたどっている。これは間違いなく言える。

そして「自分に合ったテーストのBlogを探してできるだけたくさん読む」という行為を続けていて痛切に感じるのは、陳腐な言い方だが、世の中には途方もない数の「これまでは言葉を発信してこなかった」面白い人たちが居るということである。

逆に言えば、これまでモノを書いて某かの情報を発信してきた人たちが、いかに「ほんのわずか」な存在であったか、そしてその「ほんのわずか」な存在は決して選ばれた存在だなんて大それたものではなく、その他の人々(Blogの質という意味でのたとえば上位0.1%-1%くらいの層)に比べて、取り立てて格段に優れているというようなことはない、という事実である。このことは、特にビジネスや技術や経営といった領域で顕著だが、文学のような芸術的領域を除き、たぶん他領域にも概ねあてはまるのだろうと思う。

考えてみれば、これも当たり前のことである。

高校時代・大学時代の友人たちを思い起こしても、こいつは本当に凄い技術者だな、天才ってこういう奴のことを言うのかな、とか、あいつは本当に頭がいいな、膨大な量の本を読んでいて何でも知っていて敵わないな、とか思ったような連中の中で、これまでモノを書いて情報を発信してきた人たちなどほとんど居なかったではないか。様々な職業について、独自の情報ソースと解釈スキームを持ち、一線で仕事をしているそういう連中が、「俺もやってみるか」とカジュアルに情報を発信し始めれば、それは面白いに決まっているのである。「0.1%」という意味は、たとえば「大学の500人くらい入る大教室の全員がある日、日記やBlogを書き始めたとして、その中で最も面白いもの1つあるかないか」くらいの感じだから、そりゃあ、そういう質の高いBlogに新鮮な視点が含まれていて、何の不思議もないわけである。

まぁ、全体として、英語圏のBlogというのは、そんな雰囲気になっている。

ジャーナリズムに影響を与えるBlog

だからこそ、Blog対ジャーナリズム、なんて議論も真剣味を増している。

ニューヨーク・タイムズでハイテク業界をずっとカバーし続けてきた有名な記者にJohn Markoffという人がいるが、彼のUSCのオンライン・ジャーナリズム・レビューというサイトによるインタビューが面白い。

まず聞き手は、Blogのジャーナリズムへの影響を、「reader-gatherer, participatory journalism」、つまり読み手と情報収集者の区別がなくなる参加型ジャーナリズム、と表現している。そして、その「reader-gatherer」のことを「people who suddenly start creating content who don't have the same standards as, well, The New York Times」(ニューヨーク・タイムズと同じスタンダードを持っていないけれど、突然コンテンツを作り始めた人々)と呼んでいる。知的レベルは同等に高い人々だが、ただ、ジャーナリズムにおけるこれまでの約束事(スタンダード)を身につけていない人たちだというニュアンスで定義している。この言い方というのは、ジャーナリズムに限らず、コンテンツ空間全体にあてはまる表現だろう。

「Well, I'm of two minds. I certainly can see that scenario, where all these new technologies may only be good enough to destroy all the old standards but not create something better to replace them with. I think that's certainly one scenario. The other possibility right now -- it sometimes seems we have a world full of bloggers and that blogging is the future of journalism, or at least that's what the bloggers argue, and to my mind, it's not clear yet whether blogging is anything more than CB radio. And, you know, give it five or 10 years and see if any institutions emerge out of it.」

マーコフは、二つのシナリオを思い描いている。一つはBlogが旧来のジャーナリズムを破壊するだけでそれに置き換わるより良い何かを作りだせない可能性。もうひとつはBloggerたちがしきりに議論しているようなBlogやBloggerで溢れた未来のジャーナリズム。ただ後者は本当にそんな大きなムーブメントになるのか、まだよくわからない、5-10年単位で、新しい枠組みが生まれるかどうかだろうと言っている。

Salon.comのScott Rosenbergは、そのBlogの中で、このマーコフのインタビューを引用しながら、

「But like so many other Web phenomena, blogging may prove significant despite a failure to prove itself as a business.」

他のウェブ現象と同じく、Blogは「ものすごく意義深いことは証明されるが、同時にそれ自身をビジネスとしてみれば失敗だったことが証明される」ことになるかもしれないと言っている。

また、「What's Radical About the Weblog Form in Journalism?」はあえて、Blogとジャーナリズムについての過激な対比を10個ほどしてみようという話。

「1.) The weblog comes out of the gift economy, whereas most (not all) of today’s journalism comes out of the market economy.」(現在のジャーナリズムのほとんどが市場経済に立脚しているのに対して、Blogは贈与経済に立脚する)

に始まる10項目は、けっこうよくまとまっている。興味のある方は原文をどうぞ。

もう一つ面白かったのは、シカゴ・トリビューンの記事「An unlikely new source of writing talent: Blogs」で、これは、質の高いBlogを書く人が、ジャーナリズムの世界に採用されて職を得るという事例が増えているという記事。

「It's a classic dream-come-true: A young would-be writer from a small town in Alabama comes to New York City, and within months of penning her first words for a hot new publication, she's snatched up by a big-time magazine.」

スター誕生ってほどのことではないが、在野の「writing talent」がBlogによって発掘される話。アメリカ人好みの話だが、ジャーナリズムの業界構造そのものが変化するのではなく、その業界で働くためのパスが多様化しているというのが記事の視点だ。

Blogが増殖すると解決すべき課題はまだまだある

さて最後に、そういうふうに質の高いBlogが増殖している(と同時に関心のないBlogもその1000倍、1万倍くらい多く増殖している)、また質の高いBlogの中でも自分に関心のないテーマの書き込みのほうが大半、という現象を前にして、これからどんなふうにうまく時間を使って、自分にとって面白いもの、意味あるものを抽出して読むことができるのか、という悩みに行き着くのである。

自分が面白いと思うもの、自分にとって意味があると思うものだけを自動的に抽出することの重要性をますます痛感する毎日なのだが、それと同時にその実現に向けての困難さもものすごく大きいことに思い至る。Googleの創業者たちが、技術が実現し得る理想を100としたときに今Googleが実現できているのはどのくらいですか、と聞かれて7か8ではないか、と答えたというような話をどこかで読んだことがあるが、この領域には、技術的にもビジネス的にも、未開の荒野が広がっていることを実感するのだ。

先週金曜日から2回にわたってご紹介したGoogleの副社長Wayne Rosingインタビューの最後に、こんな発言がある。

「The day will come when Google won't be a search engine anymore, because everything will be searchable. So, instead, we'll have to algorithmically find you the good stuff. It will be an up-leveling of our ranking function, if you will, from what's the best document to what's the best, most well-formed knowledge on the subject. I basically came to Google because it struck me what an incredibly neat thing this was to spend a large fraction of my remaining work years on.」

すべてがサーチ可能になったとき、Googleはサーチエンジンではなくなる、その代わりに我々は、アルゴリズムによって、あなたに最適な情報を見つけなければならない、それをやるために自分の残りの仕事人生を費やしたい、とWayne Rosingは語っているが、まさにこういう方向の進化が必要なのであり、そこに大いに期待したいと思う。

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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