お使いのブラウザは最新版ではありません。最新のブラウザでご覧ください。

CNET Japan ブログ

新興サーチエンジンKaltixのGoogleへの早期売却を考える

2003/10/09 10:05
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

プロフィール

umeda

シリコンバレーで経営コンサルティングを行なう傍ら、ベンチャーキャピタリストとしても活躍する梅田望夫さんが、IT業界の先を読むのに役立つ英文コンテンツを毎日紹介していきます。これを読めば、英語と業界動向を読む力が同時に身に付くはず(このブログの更新は2004年12月30日で終了しました)。
ブログ管理

最近のエントリー

先週GoogleがKaltixを買収した。本連載8月28日「Googleを取り巻く苛酷な競争」で

「シリコンバレーでボツボツと話題になってきているのが、Kaltixというサーチエンジンのベンチャーである。」

「スタンフォードのPageRank研究チームから出たベンチャーで、Googleの6-7年前を彷彿させる。基本的にはPageRank計算の速度向上技術が中核技術になっているようだが、・・・、将来的にはパーソナライゼーションで特徴付けたいと今のところは考えているようだ。」

とご紹介したあのKaltixである。

スピード売却の背景にあるものは?

CNET News.comの「Google buys personalized search start-up」によれば、「was formed in June this year」、今年の6月に設立され、「The university recently granted Kaltix an exclusive license for personalized Web search technology」、つい最近スタンフォード大学から技術の独占的ライセンスを受けた、とある。

「なぜ、こんなに早く、Googleへの自社売却に踏み切ってしまったのだろう?」

「最後はGoogleに売るにしても、もう少し賭け金の高い勝負を目指しても良かったんじゃないの?」

正直なところ、このニュースに接して、僕はこんな感想を持った。Kaltixという会社のことは、技術の詳細も、創業者がどんな人かも僕は知らないので、ここから先は想像で話を進めていこう。

なぜこんなに早くGoogleに自社売却したのだろうか、ということについて。

第一の可能性は、本連載9月30日「その技術は本当に「製品」になりますか?」で議論した、ある技術が単独で「製品」または「サービス」になるものなのか、それとも「機能」に過ぎないものなのか、という見極めの問題がある。

Kaltixの技術の中核が「PageRank計算の速度向上技術」に過ぎず、「パーソナライゼーション」のほうは取ってつけたような構想のみだった(つまりハイプ)という可能性だ。もしそうだとすれば、この技術の単独での事業化というのはそもそも考えにくく、Kaltixという会社を作った理由は、スタンフォードから技術ライセンスを開ける受け皿会社にして、そのライセンス契約が締結したら速やかにそのIPをGoogleに売り払うと共に、創業者も少し小遣いを得た上で、Googleにいいポジションで就職する。はじめからそんなシナリオができていたという可能性である。

第二の可能性は、GoolgeがKaltixを脅威と感じて、かなりいい条件をKaltixの創業者に提示したという可能性である。ディール内容はDiscloseされていないが、「創業者たちがこれからベンチャーキャピタルから資金を集めて、2年くらい寝食を忘れて働いて達するかもしれない時価総額、つまり売却額」から逆算したときの創業者の取り分、そこに到達できる確率などを、かなり甘く評価してもなお十分に魅力的なオファーが創業者に出たという可能性である。「買収されるならマイクロソフトよりもGoogleがいい」というような考えも、頭をよぎったことだろう。

大勝負に出なかった創業者たち

この第二の可能性だった場合と仮定して考えると、ここから先は、創業者たちの人生観の問題と密接に関わってくる面白い問題だ。アンビジョン(大望・野心)の程度という意味において。

Kaltixの創業者たちにとっては、おそらく今回は、一生に何度とない大勝負ができるチャンスだった。どんな人の人生においても「機会の窓」(オポチュニティのウィンドウ)が開いている時期というのはそう長くないものだし、一度それを逃がすともう二度とそんな大きなチャンスは訪れないことも多いから、彼らに今回ほどの大勝負のチャンスはおそらくもう二度と訪れまい。なのに・・・。

火曜日の本欄「リッチになりたければ本拠地の見直しを」で提起したパーソナリティの3つの軸、Money(カネ)とPower(力)とPersonal Satisfaction(個人的な充実)で、この創業者たちの性格が、かなりPersonal Satisfaction(個人的な充実)指向だったのだろう、というのが、僕の想像である。

本連載「バブルの波に乗るのは悪いことか?」でも少しご紹介したシリコンバレーのベンチャーキャピタリスト・金子恭規さん(実はいま、彼についての後編を書いているので、困ったことに頭の中が金子さんのことでいっぱいになっている)みたいな強気な性格の人が1人でも創業者チームに居たとしたら、こんな早い時期での売却は絶対にあり得なかったろうと思うのだ。

きっと実際には、創業者たちの性格やアンビションはごく普通で、彼らはまだあまり人生について深く考えておらず、技術的に見ても、第一の可能性と第二の可能性の間くらいのことだったのではなかったかと思う。でもまぁ、人間の性格とか生き方に焦点を当てながら、あれこれと思考実験をしてみるのは面白いものである。

Googleの可能性と危険性

さて、「Googleついで」という以外に何の共通点もない話題に飛んで恐縮だが、「圏外からひとこと」が10月3日に、「Google八分の刑」という社会的制裁に関するアイデアを提起していて面白かったのでご紹介しておこう。

「Google八分」の八分は「村八分」の八分である。Googleがその気になれば、どんなURLも「村八分ならぬGoogle八分」にできるぞ、という指摘である。

「基本的には、「Google八分の刑」はあるURLに宣告します。そのページがグーグルランクのマイナス査定を受けることになります。例えば、このBLOGが「Google八分の刑」と宣告されたら、このページのグーグルランクは無条件でマイナスになります。そして、グーグルで検索してもこのページは表示されません。」

「さらに、このページにリンクしたページも同様の影響を受けます。このページにリンクすると、リンク元のページのグーグルランクが下がってしまうのです。そのページのランクが低ければつられてマイナスランクになるし、元のランクが高いページでもランクが下がって、表示順位は後の方になってしまいます。そして、この影響はさらにリンク元に対するリンクにも波及していきます。」

「結果として、私のページにリンクする人はいなくなります。もしいたとしても、その人にリンクする人はいなくなります。だから、検索にも引っかからないし、私のページへのリンクも存在しない。私のページは存在していてもそこにたどりつくことができなくなり、この日記はインターネットの中に存在しないも同然となります。」

「これは技術的には難しいことはないので、 Google社がその気になったらすぐにできることです。社会的な発言を一切封じることに等しい「Google八分の刑」の執行が可能なだけの、非常に大きな権力をGoogle社は持っているわけです。」

「つまり、Googleには社会的に(ヘタをしたら物理的に)一人の人間を抹殺することが可能なわけです。それが、データベースとプログラムをちょっといじるだけで可能になっているのです。」

この先は、ぜひ「圏外からひとこと」でお読みください。

月曜日の本欄「ソフトウェアエンジニアのオープンソースへの相反する感情」で軽くご紹介したMitch Kaporらが持つ「Googleは大好きなんだけれど、一社が独占する力として社会的問題があるよなぁ」というGoogleへのアンビバレントな感情とも相通ずる指摘なので、とても興味深かった。

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
運営事務局に問題を報告

最新ブログエントリー