昨日は、IT産業において今後シリコンバレーが果たしていく役割について、「反権威的性格とIT最先端を結びつけて、既存産業を破壊する力強いイニシアティブ」であると書いた。今日はそのことをもう少し補足してみたい。なぜならば、このテーマこそが本連載の基調なのだということが、たくさん書くことによって、僕自身にも理解できるようになってきたからだ。
自分が漠然と感じていることをきちんと理解するというのは、実はとても難しいことなのである。
「カネのためではない」の本当の意味
CloudmarkのCEO、Karl Jacobの「Back to the Real Entrepreneur」に、こういう文章がある。
「But for a true entrepreneur, at the end of the day it's not about the money? it's about changing the world.」
真の起業家にとって本当に重要なのは「カネではなくて(not about the money)」、「世界を変える(changing the world)」ことなのだ。
こういうフレーズは日本人の多くが好む文章だ。どこを好むかと言えば、「カネではなくて(not about the money)」の部分。ここを読んで喜んでしまう。そうだそうだ、カネなんて大切じゃないんだ、バブルはよくない、巨額報酬をもらう経営者はよくない、株式市場は嫌いだ、IPOはしないほうがいい、誰からも文句を言われずに仲間うちの親しい人たちと一緒に好きなことをやってもし一生を生きていけるのならそれでいいじゃない、みたいな連鎖でモノを考える人が多い。
しかし、アメリカ人が書くこの文章の真意は、全く違う。
「カネではなくて(not about the money)」は、カネが大切ではないと言っているのではなく、カネはものすごく重要でそのことばかり実は俺も考えているが、そのカネへの情熱以上の、常人では考えられないような「世界を変える(changing the world)」という強固な意思を最優先事項として持っているのが「真の起業家(true entrepreneur)」だ、というのがこの文章の真意である。
では「世界を変える(changing the world)」とは何なのか。それは、現代テクノロジーの真の能力を現実世界に応用し、新しい製品やサービスを生み出すことで、既存の経済メカニズムや産業構造や現在の市場の支配者を叩きつぶして、世界の風景(産業風景、消費風景、生活風景などなど)を一変させてやろう、という強烈な意思のことだ。
つまりシリコンバレーの「真の起業家」の底流に流れる「世界を変える(changing the world)」という意思こそが、冒頭で書いた「反権威的性格とIT最先端を結びつけて、既存産業を破壊する力強いイニシアティブ」になっていくということなのである。
アンディ・グローブの至言
アンディ・グローブなどは、そういう「真の起業家」の思想を体現したような人物であるが、フォーチュン誌が最近のシリコンバレーをテーマに書いた記事「Where the Action Is」の中に、彼の至言が含まれている。
「"We have not defined the technology industry broadly enough."」
「我々は、まだテクノロジー産業を十分広く定義しきれていない。」
うーん、とうなってしまうような言葉である。アンディ・グローブの発するオーラについては、「「死の谷」を越えるアンディ・グローブの直感力」にも書いたが、直接こういう言葉を、目をじっと見つめながら話されたら、催眠術にかかってしまいそうである。
彼の真意は、ありとあらゆる産業がすべてテクノロジー産業である、というところからスタートしてモノを考えれば、現在、テクノロジー産業と定義している部分などはまだまだ小さい。テクノロジーの力が既存産業をブルドーザーのようになぎ倒して、産業を作り直していけば、もっともっとテクノロジー産業が増えていく。そういう考え方である。
本屋はテクノロジー産業ではなかったが、アマゾンはテクノロジー産業ではないか。
アンディ・グローブは、そういうふうに世界が動いていけば、必ず自分に富が落ちてくるような仕組みを、長年かけて作ってきたのだ。
こういう営みのことを、「it's not about the money? it's about changing the world.」と言うのである。