著者:ベン・リリー
翻訳者:岡田祐輝
写真:ジェームス・ダンカン・デービッドソン
「私の今朝の役目は、35年間分の仕事を17分以内に要約することです」とミナ・ビセルは言います。彼女は、化学のバックグラウンドを持つがん研究者であり、従来のがんに対する説明には納得できなかったと語ります。彼女のキャリアは「何によってがんは、がん化するのだろうか」という巨大な謎によって突き動かされたのです。
彼女はまず、発生生物学に関する短い説明から始めました。私たちは皆、一つの細胞に始まり、10~70兆もの「それぞれが同じ遺伝情報を持つ」細胞で構成されています。がんにおいて支配的な学説は「一つの細胞内に存在する一つの癌遺伝子(とある形で変異した遺伝子)は、がん化を引き起こすのに十分」というものだと彼女は言います。しかしこの学説は彼女にはピンとこなかったのです。もしそれが正しいのであれば、私たちの体のすべての悪性細胞は腫瘍になり、がんの塊となってしまうでしょう。それどころか、がんは私たちの体に個別にできます。なぜでしょう?自身のキャリアをかけて、導き出した彼女の仮説は、がんの発生が「構成と構造」によって引き起こされているのではというものでした。
彼女は始めにニワトリのかなり醜い腫瘍を調査しました。研究者たちの調査により、1911年に初めてがんを引き起こすことで知られるようになったウイルスから一つの遺伝子が発見されました。彼女の研究室は、この遺伝子にマーカーを導入し、ニワトリに投与したところがんの発生を確認しました。しかし、これをニワトリの胚に対して投与したところがんは発生しなかったのです。何が違ったのでしょうか?彼女にとってその結果は「がん細胞が存在した微小環境が癌遺伝子そのものを支配する」ことを示唆していたのです。
更に研究を進めるため、彼女たちは乳腺の基本単位である腺房を調査しました。いくつか上皮細胞(乳腺が乳汁を作り出す場所)を分離してシャーレに移しました。3日後、細胞は完全に変化していました。変形し、乳汁の生成が止まり機能を失っていました。この結果が意味するのはこれらの微小環境以外にも乳汁の生成において必要なものがあるということです。
彼女たちは、乳腺の断面から、「重要な」細胞のための単なる足場として考えられていた腺房の周辺箇所を確認しました。もしかしたらこの足場も信号を送っているかもしれないと考えたのです。そこで上皮細胞も含めた腺房の周辺箇所を培養したところ、再び乳汁が生成されはじめたことから、組織構成が重要であることを示唆する結果となったのです。
次に彼女は、仮説の反証について検証しました。「もし組織構造と構成がメッセージの一部であるとしたら、異常なゲノムを持つ癌細胞は、健康な微小環境で培養されることで正常に戻ることができるはずです
彼女と彼女の研究生たちは、いくつかの悪性細胞に対し健康な周辺細胞下で培養し、その仮説を検証しました。すると、彼女たちは細胞を悪性の表現型から正常な表現型へと戻すことに成功したのです。さらにその細胞をマウスに対して投与しても、悪性細胞のように腫瘍は発生しないことを確認しました。ビセル氏は、これによって、がんに対して新たな見方をすることができると言います。癌遺伝子が自身の環境によって抑制されているという視点です。
これは途方もないアイデアですが、当初は歓迎されるような仮説ではありませんでした。しかし彼女はアインシュタインを引用し「一見常軌を逸したかのようなアイデアでなければ、希望はありません」と述べます。
彼女たちは次にどこへ向かうのでしょうか。この知見を臨床へつなげる考えはあるものの、その前のやるべきことがあるようです。「まだまだ多くの発見が残されています」と、ビセル氏は言います。「私たちはヒトゲノムの配列を決定しましたが、まだ何も分かっていません。その言語や文字の型について何も分かっていないのです」研究室の大学院生に向けて言うように彼女はこう語りかけます。「他にどのようなことが発見されるべきなのか、常に考える必要があるのです」
彼女は去り際に私たちに向けて力強いメッセージを残しました。「傲慢になってはいけません、傲慢は好奇心を殺してしまうからです」
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