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「スノウ・クラッシュ」解読

2008/01/27 19:39
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プロフィール

鈴木健

伝播投資貨幣PICSY、構成的社会契約論などの構想をもつ鈴木健氏が、荒川修作建築の三鷹天命反転住宅での生活を通じて、コンピュータやインターネットの登場が、人間の認知構造・身体性にどのような影響を与え、文明を変容させていくのか、多方面から分析をしていきます。
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国際大学GLOCOMを中心として、「仮想世界の統治および制度の可能性に関する研究会」というのを主宰していて、そこで去年の4月から仮想世界について月1のペースで研究会を開いている。今のところ、表にでているものとしては、昨年の夏に宮台真司さんをよんで講演をしてもらったくらいであるが、そろそろ内部で議論もできつつあり、本格的に始動しようかというところだ。

去年1年の仮想世界研究の話題といえば、セカンドライフではじまり、電脳コイルで終わったといっていいだろう。そこで、この流れを総括し、いくつかのエントリーをシリーズで書いていこうと思う。

セカンドライフは、仮想世界という言葉を日本で一気に広めることに貢献した。そのセカンドライフの開発会社であるLinden Labの創設者達が参照していた1冊の本がある。1992年にニール・スティーブンソンが書いたSF「スノウ・クラッシュ」である。この本は、サーバーパンクを愛読する米国のギークのバイブル的存在となり、アヴァターやメタヴァースという言葉の産みの親となった。

リアルネットワークス社の元CTOでLinden Labの創業者のフィリップ・ローズデールは、Linden Lab設立の数年前に妻にすすめられて「スノウ・クラッシュ」を読み、シャワーを浴びているときにセカンドライフ事業を思いついたという。

しかしながら、この「スノウ・クラッシュ」は日本ではすこぶる評判が悪い。翻訳の問題もあるかもしれないが、かなりディープな人たちでさえ、「読んだけどつまらなかった」「読んだけどよくわからない。最後はぐだぐだだよね」「知らないなあ」という反応が返ってくる。去年芥川賞候補になったSF作家の円城塔さんと話したときも、「昔読んだけど、つまらなかったなあ」と言っていた。

この本、日本のAmazonでは1件しかレビューがついていないが、 アメリカのAmazonでは、なんと517件もレビューがついている

今回のエントリーでは、ネタバレ必死で、このスノウ・クラッシュの世界を解読してみたい。

いうまでもなく、セカンドライフはヴァーチャルワールド(仮想世界)を実現しているが、その世界観の多くは、SF小説「スノウ・クラッシュ」におっている。スノウ・クラッシュを解読することはセカンドライフをはじめとする仮想世界の根本思想を理解することにつながるに違いない。

「スノウ・クラッシュ」の舞台は、近未来のアメリカだ。グローバル経済が行き着くところまで達し、世界はフラット化したあげく、アメリカの経済力は世界でも最低レベルになった。アメリカ人が世界に誇れるのは、音楽、映画、マイクロコード(ソフトウェア)づくり、高速ピザ配達の4つだけになってしまった。

アメリカ国内で大統領の権威は失墜し、政府は数あるステイクホルダーのひとつにすぎなくなり、様々なフランチャイズ国家が国土を分割統治するようになっている。例えば、マフィアのドンであるアンクル・エンゾが経営する<ノヴァ・シチリア>や、<ミスター・リーの大ホンコン>のようにマフィアや資本家がフランチャイズ国家を運営しており、その中は治外法権で、大統領といえども口出しできない。

物語の後半で大統領が登場するシーンがあるが、まわりは誰も気づいてくれない。

「みなさん、こんにちは」明るい声で言った。「中には初対面の方もいらっしゃるようですね。今朝来たばかりで、もう帰るところなんですよ!」
「あんた誰?」とトニー。
新参の男は意気消沈したようだ。「グレッグ・リッチーです」
誰ひとりとして反応しないことに気づくと、彼は全員の記憶を呼びさまそうとした。
「合衆国大統領の」

といった具合である。近年米国でみられるゲーテッド・コミュニティとフランチャイズを合体させ、それを国家に並ぶような力を与えたのが、フランチャイズ国家である。フランチャイズ国家の中でのセキュリティは、会員以外は入れないよう、それぞれのフランチャイズが技術を駆使し物理的抑止力で守っている。

一方で、メタヴァースの中も同様だ。ヒロやその友人のDa5idが経営する会員制のバー「ブラック・サン」には、普通の人には入れず、静かな会話を楽しむことができるようになっている。

このような国家の役割を最小化した世界観は、政治思想ではリバタリアニズムと呼ばれている。「スノウ・クラッシュ」は、メタヴァースではコードが法としてそのまま実行されるため、リバタリアン的世界が容易に実現可能であることを指摘すると共に、現実世界でもメタヴァースと同様の世界が実現している世界設定をしている。

しかし、メタヴァースと現実世界という2つの世界はパラレルにおかれるだけで、その2つの世界が交わることはない。あくまでも2つの世界にログインしている登場人物を通して相互作用するのみなのである。メタヴァースはこのようにして、常に「もう一つの世界」でありつつづける。

主人公のヒロは、いまとなってはアメリカ名物となったピザの配達をしているが、もともとメタヴァースでは、戦闘をした場合のルールについてコードを書いたりもした著名なハッカーだ。

物語は、ヒロの友人であり、メタヴァース上のバー「ブラック・サン」のオーナーであるDa5idが、メタヴァース上でスノウ・クラッシュと呼ばれるウィルス型ハイパーカードを引きちぎるところから急展開する。スノウ・クラッシュは、バイナリーデータの白黒でしかなく、それをアヴァターが見た途端、Da5idのアヴァターはまったく制御不能になるとともに、メタヴァースのデーモンによって排除されてしまう。ところがアヴァターだけにとどまらず、現実世界のDa5idもバイナリーのスノウ・ノイズを見ただけなのに意識不明で病院送りになり、謎のつぶやきを言うのみになってしまう。

物語の中盤でヒロは、この謎を解くために、メタヴァース上での人工知能であるライブラリアンと、古代シュメール文化についての長い対話を続ける。

五千年前に、シュメール神話の登場人物でエンキという名の神経言語学的ハッカーが、”ナム”・シェブ"として知られるデータを収めた言語を用いて、他人の心をプログラミングすることができた。

「この言語は、初期の人類の社会的な発達の遺物で、古代社会は"ミー"と呼ばれる言語の規則によってコントロールされていました。ミーは人類にとって小さなソフトウェアのようなものだったのです。これらは穴居人社会から統制された農耕社会への移行に必要な部分でした。たとえば、鍬で土地を耕し、穀物を植えるためのプログラムがあった。パンを焼くためのプログラムもあれば、家を建てるためのものもあった。また、戦争や政治、宗教儀式といった、より高いレベルの行事に応じたミーもあったわけです。独立した文化を維持するのに必要な技術は、こういったミーの中に含まれていて、それらは粘土板にかかれたり、または口伝えで伝わっていきました。」

「いつの場合も、ミーの保管場所は寺でした。そこは、ミーのデータベースとなっており、"エン"と呼ばれる僧または王によって管理されていました。誰かがパンを欲しがれば、人々はエンもしくはエンの部下のもとへいき、寺からパン焼きに関するミーをダウンロードしたのです。そして彼らは指示にしたがい、ソフトを走らせ、それが終わると、パンが出来上がっていた。」

「シュメール文化ーー各地の寺をミーで一杯にしていた文化ーーは千年王国が蓄積してきた優秀なウィルスの集大成にすぎなかった。それはフランチャイズ経営だったんです。ただ、黄金色のアーチのかわりにジッグラトが、スリー・リング・バインダーのかわりに粘土板があった、というわけです。」

ミーとは社会におけるオペレーティングシステムのようなもので、社会にとって重要なある種の作業を実行するアルゴリズムである。「あるものは聖職と王政の仕事に関係します。あるものは、宗教的儀式をいかに行うかを説明します。またあるものは、戦争と外交の術に関係します。そして多くは、芸術や技能についてです。つまり音楽や大工仕事、鍛冶、皮なめし、建築、農作、あるいは火おこしといった単純な作業にまで関係していました」

光ファイバー・ケーブル事業を独占しているメディア王、L・ボブ・ライフは、ミーを用いて信者を操作し、ハッカーをバイナリーウィルスによって脳を破壊し、王の中の王になろうともくろんだ。Da5idはその犠牲になったのである。

ミーは一種のウィルスだが、そのウィルスを書く優れた神経言語学的ハッカーだったのが世界ではじめた自意識をもった存在であるエンキである。彼は、何も新しいものを生み出さない当時のシュメール文化に絶望し、"ナム・シェブ"というウィルスを蔓延させ、人々の脳の基盤を書き換えた。これ以来、人々はミーやシュメール語を理解できなくなり、言語は互いにわからないように多様化すると共に、人々にも自意識が芽生えた。

このような技術が古代に存在することを知ったメディア王ライフは、古代シュメールの技術を徹底的に調査し、2つのウィルスを世界に蔓延させることを思いつく。一つは、アシェラーとよばれるステロイドのようなもので、細胞壁を突き抜け、核に到達すると細胞のDNAに干渉する。やがて脳の基盤を変化させ、ミーを理解できるように戻してしまう。いわば、エンキの行った"ナム・シェブ"をアンインストールする作用をもつ。もう一つは、バイナリウィルスで、これはコンピュータの中にはいると、新種のウィルスを生ませてそれ自体を感染させ、スノウ・クラッシュさせる。さらに脳の基盤に組み込まれたバイナリ・コードを理解しているハッカーの脳に入り込んだ場合は、ハッカーの脳を破壊してしまう。

これにより、生物的ウィルスで蔓延させ、ライフの信者を爆発的に増やしてミーでコントロールするとともに、自らに対して対抗するであろうハッカーというパワーエリートを撲滅しようというのがライフのねらいだという。

物語は、ヒロがこのライフの陰謀を阻止しようと空母エンタープライズに乗り込んでいくシーンへと進んでいく。

以上で紹介したように、「スノウ・クラッシュ」は2つのテーマをもっている。ひとつは、法のプログラミングであり、もう一つは心のプログラミングである。

メタヴァース上での各エリアのオーナーは、その中でのルールを自由にコードで書き換えてよく、それによって秩序を維持している。これは法のプログラミングであるといってよい。ご存じの通り、セカンドライフでは、Linden Script Languageによって、シムにおけるオブジェクトの挙動をコーディングすることができる。最近は、ギャンブル、銀行業などは普通の法律がセカンドライフ内に適用されるようになりつつあるとはいえ、シムにはそれぞれオーナーがいて治外法権であり、「スノウ・クラッシュ」で描かれている世界に近いといえる。

心のプログラミングは、ミーと呼ばれる古代シュメール人の技術として登場する。ミーは、脳の深層構造に言語を理解する機能が埋め込まれているという80年代のチョムスキー的言語観と、70年代にリチャード・ドーキンスが提唱した文化遺伝子ミームからインスピレーションを受けていることは明らかだろう。法のプログラミングは現在の情報技術で可能だが、心のプログラミングはまだできていないし、できる見込みもない。

このようにして、プログラミングという人工言語、自然言語、ミーという神経言語、DNAという生物言語、宗教という社会言語(ミーム)といういくつもの言語を透過的に横断しながら、サイバースペースと国家の関係を描いているのが、SF小説「スノウ・クラッシュ」のぼくなりの解読だ。

情報が力を握る近未来社会では、古代シュメールでミーを使って心のプログラミングを行うフランチャイズ化した寺があったのと同様に、フランチャイズ化した文化コントローラーがスリー・リング・バインダーのマニュアルをプログラミング化していく。そうした消費文化資本主義批判をこの小説から引き出すことは比較的容易だ。

次回のエントリーでは、電脳コイルの魅力について、紹介しよう。

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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