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ソフトバンクの「光の道」論に全面反論する(下)

2010/04/29 18:36
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佐々木俊尚

現役ジャーナリストが、長年培ってきた取材経験などを通して、IT業界のビジネス動向から事件まで、その真相をえぐり出します。
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(上)から続く。 

 

 

国民生活に直結したサービスの不在が普及を妨げている

 

いずれにせよブロードバンドの「普及」が進まなければ、いくら「基盤」をつくっても意味はない。ではなぜ普及が進まないのか。

 

「価格が高いから」という理由もあるかもしれない。それがすべてならソフトバンクのいう「価格をメタルと同じ1400円にまで下げれば普及する」というシナリオは成り立つだろう。しかし理由はそれだけではない。情報通信白書は今年度版の編集が進んでいるが、その中でインターネット未利用者に「なぜ(固定回線の)インターネットを使わないのか」というアンケート結果が出ている。「通信料金が高い」と答えた人は38%いたが2位にとどまっており、1位は「パソコンを所有していない、パソコンの価格が高い」の55%だった。続いて「自宅外や携帯電話の利用で十分」33%、「きっと使いこなせない」30%、「個人情報の流出や不正利用などが不安」27%。

 

これは正確に言えばブロードバンドではなく、「インターネットを使わない」理由だが、これを見るとネットの普及が進まないのは料金の問題よりも他の要因の方が相対的に大きいことがわかる。つまりは固定回線のネットを利用することにさほど魅力が感じられていないのだ。もちろん都市部のデジタルネイティブな国民の間では、ブログやTwitterなどのソーシャルメディアやさまざまなリッチコンテンツを楽しむ文化ができあがってきているが、しかしたとえば地方の高齢者などにはそういう文化は比較的伝わりにくい。本来そうした層に送り込むべきインターネットのサービスは、たとえば健康管理やセキュリティといった、もっと生活に密着したサービスだ。

 

そういうものが未整備のままで、「うちはネットなんて要らないよ」と言っている世帯にどうやって無理矢理ブロードバンド契約をしてもらうというのだろうか。引き込み費用を無料にし、さらに月々の契約料も完全無料にすれば広まるかもしれないが、そんなことをするためには巨額のコストが必要になってくる。まったく現実的ではない。

 

 

「光の道で豊かな国民生活」というのは間違っている

 

ソフトバンクは「光の道で豊かな国民生活」とうたっているが、「光の道」ができたからといって「豊かな国民生活」が実現するわけではない。最も重要なのは、「光の道」と「豊かな国民生活」の間を橋渡しする存在だ。

 

少し政府内部での政策論議の歴史を振り返ってみよう。2000年に産構審が「わが国はIT後進国の予兆が出始めている」と警告。これに呼応して内閣官房に出井伸之ソニーCEO(当時)が議長をつとめるIT戦略会議が設置された。01年にe-Japan戦略が策定され、(1)世界最高水準のインターネットインフラを作り上げる(2)電子商取引を拡大し、1998年実績の約10倍に当たる約70兆円規模を2003年に実現(3)世界最高水準の電子政府の実現(4)ITの活用能力をもった技術者、専門家の育成――などが挙げられた。

 

そしてこのe-Japan戦略に基づいた重点計画では「3000万世帯が高速インターネットアクセス網に、1000万世帯が超高速インターネットアクセス網に常時接続可能な環境を整備することを目指す」とインフラ整備が掲げられた。これは実のところ、今日までにほぼ実現している。

 

しかし成功したのはインフラ整備までで、先にも書いたようにその先の利活用はまったくうまく行っていない。だからこの間、「なぜ利活用が進まないのか」「どうすれば進むのか」という議論は政府内部でも延々と続けられてきた。私は03年にITの利活用を進めるための新たな戦略「e-Japan戦略?」というのを取材したが、この時に総務省幹部が「高速道路が整備されているが、車が走っていないのと同じだ」と話していたのを覚えている。

 

この幹部はこうも言っていた。「高速道路を片道2車線で作ったが、クルマを走らせないと、メンテナンスもできなくて道路がつぶれてしまうかもしれない。しかしクルマが増えれば、2車線がやがて4車線になり、投資も増えて企業も便利になり、最終的には国民全体が利益を受けることができる」。まったくその通りだ。インフラとサービスは鶏と卵のようなもので、高速道路がなければクルマは走れないが、クルマが増えなければ高速道路は整備されない。そしてこの苛々するような状況はいまもまったく変わっていない。

 

 

既得権益構造が利活用を阻害している

 

なぜ利活用が進まないのか? それにはさまざまな理由が複合的にからんでいるが、重要な要因のひとつとして挙げられるのは、総務省や経産省などITリテラシーの高い省庁がいくら旗を振っても、他の省庁が追随しないということ。そしてそれらの省庁を取り巻く各業界が、古い既得権益を引きずっていてIT化を阻害していること。

 

いちばん有名な例は、医薬品のネット販売禁止だ。この馬鹿げた省令は、厚生労働省と既存の業界との構造化した既得権益が象徴的に現れている。「光の道」が存在しないからではない。


医療・医薬品業界はこうした「反ネット」が非常に多く、たとえば処方箋はウェブ経由で医師が薬局に送信できる「ウェブ処方箋」という新方式が検討されたことがあった。寝たきりの患者を対象に、往診した医師がウェブ経由で薬局に処方箋を送り、薬局が患者宅に郵送するというシステムである。しかし「対面しないで売るのは良くない」という結論になり、結局ウェブで処方箋が送られた後に、患者の家族が処方箋の実物を薬局に持って行かなければ受け取れない、というルールに変更された。これではウェブで送る意味はほとんどない。

 

また電子カルテもまったく進んでいない。医療系のコンサルタントに発注するとあまりにも高価な金額になってしまうため、小規模な病院や診療所では手が出せないのだ。こういうところにどうして安価なウェブ系のサービスが入っていけないかといえば、結局は厚労省を頂点とした業界構造の問題に行き着いてしまったりする。ベンダーが多数乱立し、それぞれの電子カルテシステムにはまったく互換性がない。これを国際標準のHL7というデータ形式に変換して相互接続しようという試みは、経産省の「ドルフィンプロジェクト」で行われているが、実証実験にとどまっていてまったく普及していない。医師会が積極的ではないからだ。

 

 

電子カルテはFTTHがあれば普及するわけではない

 

ソフトバンクの孫正義社長は「光ファイバーになれば電子カルテが実現」というような脳天気な未来像をぶち上げているが、電子カルテが普及しない問題は「光の道」とはまったく無関係だ。

 

政治もそうだ。アメリカの大統領選ではオバマ陣営がTwitterやSNS、YouTubeなどのソーシャルメディアが駆使して有名になったのに対し、日本ではいまだだにネットの選挙運動が解禁されていない。この夏の参院選までには解禁される方向だが、いまのところはブログやウェブの更新だけで、ソーシャルメディアをどこまで認めるかは保留されているままだ。

 

さらに。日本では電子マネーの普及が進んでいない。「光の道」がないからではない。送金などのサービスを扱えるのが銀行に限られているからだ。四月から資金決済法が施行されたことで、これまで銀行のみに認められてきた送金などの為替取引が、少額の取引に限って、「資金移動業者」として登録された企業にも認められるようになった。これで一歩前進したが、しかしマネーロンダリング法の規制で、ネットのサービスでも運転免許証などのコピーを郵送して本人確認しないと口座を開設できない。これが大きな足かせになっている。

 

電子政府関連は、もっと悲惨だ。たとえば税務署の電子申告・納税システム(イータックス)は異様な使いづらさで有名で、TechWaveの湯川鶴章さんが「e-Tax、ややこし過ぎる! 僕の能力不足と言われればそれまでだけど、一応IT記者を20年以上やってきて、インターネットに触れたのも恐らくほとんどの日本人よりも早かった僕なんですが」と怒りをぶつけている。

 

ほかにも酷い例はいくらでもある。たばこの小売販売の許可申請などに使われる財務省の電子申請システムは、2005年から08年までの4年間で10億円近いコストをかけて整備運用されてきたが、年間の申請件数約7万件のうち、電子申請が行われたのは毎年50件前後しかない。1件あたりのコストが500万円! 会計検査院の資料(注意:pdf)には「窓口でのリーフレットの配布など申請者に対する周知に取り組んでいるものの、添付書類の別送が必要であるなど手続が完結しないことや、反復、継続性のない手続が多いため電子申請のメリットが少ない」とある。

 

最近では、佐賀県警の電子申請システムが2006年からの2年間の運用で利用者がゼロで、休止の挙げ句に廃止になったことが話題になった。道路使用許可などの申請など20種類の各種届け出ができるシステムで、窓口では年間1万4000件も申請があるのに、ネット経由では「ゼロ」だったのである。

 

なぜこういうことになってしまうのか。発注側の役所が過度にセキュリティを気にするあまりに手続が複雑怪奇になって使いづらいことや、受注側のベンダーがゼネコン化していて丸投げ孫請けでまともなシステムを開発できる態勢になっていないことなどがある。たとえば有名なケースでいえば、国税庁の国税総合管理システム(KSK)が完成まで12年もかかり、4000億円もの国費を食いつぶした話などがある。私は以前、この話を雑誌に書いているので興味のある方はこれを読んでみていただければ大筋は理解できる。

 

 

さらに「ネットは危険」という過剰なネガキャンが・・

 

とにかくこのあたりは業界の既得権益やら何やらが混ざり合い、もう恐ろしく複雑で巨大な利権システムになってしまっている。さらにこの既得権益保守システムに、劣化したマスコミ言論の「ネットは怖い」「ネットを使えない人がかわいそう」といったネガティブキャンペーンがからみあって、まったく他の国とは違うおかしな状態ができあがってしまっている。こうした状態を変えない限り、永遠に「使いやすい生活サービス」はやってこない。そしてここを変えないまま、ブロードバンドの基盤をさらに普及させるなんてことを推し進めても、何の意味もない。

 

海の向こうでは、Web2.0という言葉を考えたティム・オライリーが「Gov2.0」を提唱している。日本語のソースは少ないが、テッククランチのこの記事が詳しい。アメリカのやることは何でも素晴らしいなどということを言う気はさらさらないが、しかしオライリーの言っている政府のIT戦略の方向性は、私はとても素敵だと思う。政府はさまざまな社会基盤に関するデータを持っている。このデータベースをAPIも含めて公開し、そしてその上でさまざまな企業にサービスアプリケーションを開発してもらおうという考え方だ。

 

たとえばサンフランシスコでは、市役所がバスや列車の運行情報のデータを公開していて、これを使っていまバスがどこにいるのかを確認することができる使いやすいアプリが民間企業によって開発されている。路上のパーキングメーターの公共データを使って、空いてる場所を地図上で検索し、さらに自分の駐車利用がいつ時間切れになるのかをメールで連絡してくれるようなサービスもある。

 

道路に穴が空いているのを見つけたり、ゴミが不法投棄されているのに気づいたら、iPhoneのようなスマートフォンでその箇所の写真を撮影し、ジオタグをつけて送信すれば自動的に市役所の担当部署に連絡できるようなサービスまである。いずれもプラットフォームは役所が提供し、そのプラットフォームを外部のウェブベンチャー企業がAPI経由で利用して独自のアプリを開発しているのだ。

 

政府・自治体が提供する大きなデータシステムと、それを利用してさまざまな使いやすいサービスを展開する小規模なベンチャー企業群。ITの生活分野への応用としては、非常に魅力的だ。日本のように、政府・自治体の各部署が独自にそれぞれ無関係の電子政府サービスを次々と立ち上げて林立し、まったくそれらの間に連携はなく、おまけにどれもこれもが使いづらくて誰も使わない、というような状態を放置しておくべきではない。

 

 

今こそテクノロジーの活用方法を再構築すべき時だ

 

「国民の生活を豊かに」ということを第一目標にするのであれば、こうした生活分野でのITを活用したサービスが登場してくるような条件整備をきちんと進めるべきだし、そこで政府と民間がどういう関係性を持てるのか、Gov2.0のようにプラットフォームモデルを持ち込むのか、といった議論を今こそ始めるべきである。下位レイヤーのインフラの話ばかりしているのではなく、上位レイヤーであるサービスアプリケーションをどう高度化して国民生活サービスを便利なものにしていくのか、そのためには政府がなにができるのか、どのようなレイヤー構造を構築していくのか。考えるべきこと、検討すべきことは山ほどある。インフラの話が不要なわけではないが、インフラの話ばかりしているのは不毛というしかない。

 

もちろん財政が潤沢ならば、そうした議論と同時にブロードバンドの100%普及を進めることは、国民にとってはよい結果を招くだろう。地方でブロードバンドが使えなくて困っている人は少なくない。しかしこの財政破綻直前の状況の中で、しかもまったく電子政府も電子カルテも進んでいない現状で、しかもなぜそんな状況になっているのかがある程度は明確になっている中では、優先順位は明白なのではないか。

 

この状況を打破するには、過去のしがらみのない民主党政権の今だからこそ絶好のチャンスだと思うのだが、せっかくのその時期にいまさらブロードバンドの普及とか、なぜ2周遅れのわけのわからない議論になってしまっているのか。原口大臣は孫正義社長の甘いアジテーションから一歩引いて、客観的にいまの状況を見てほしいと切に思う。

 

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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